誰もいないのに、明るかった
祖母の家からの帰り道。電車に揺られていた。車両の中は人一人いなかった。それなのに、笑ってしまうくらいに車両の中は明るくて、反対に窓の外は家の窓から漏れる光すら見えないほど真っ暗だった。窓に映る自分が見えた。これは、どんな顔だろう。どんなことを考えているんだろう。目が合って、首をかしげてみた。相手も同じように首を傾げた。長く、段々小さくなっていく車両の路を見た。本当に、誰もいない。病院の廊下みたいだと思った。ただただ、電車に揺られて、誰もいないのに明るいことに少しの神秘的な印象を抱きながら、また窓に映る自分を見た。
誰かが電車に乗ってきた。スーツを着た女性だった。この電車の中には人が二人になった。この場所は、どこでもない場所だと思った。どこにも向かっていないし、どこかに帰ろうともしていない。ただ、僕ら二人ためのだけに明るすぎるくらい明るい電車はどこかへ行くふりをして、ガタガタと揺れてくれている。
昔のことを思い出した。十数年前くらい。現在21歳の僕がまだ、小学校低学年やら、もっと小さいとき。あの頃は誰かがいてくれる代わりに、あまりにも暗かった。色々なことが変わってしまった。両親は離婚して、祖父は他界、僕は毎日ひげをそるようになった。
まだ小さい頃、祖母と祖父の家に行く交通手段は必ず車だった。たった三十分という移動時間があの頃は地獄のように長かった。そしてその帰り道。父と母と妹。みんながいて、とびきり暗かった。隣の人の顔すら見えなかった。でも僕はその帰り道が大好きだった。どうしてかはわからないけれど、どうしようもないほどにワクワクしたのだ。何かが始まる予感がそこにはあって、ただ家に着くだけの道のりはいつだって変わらないのに、いつも車から降りるときはどこかへ冒険してきたような気分になった。その冒険は毎回違うもので、それぞれがものすごくワクワクする何かで、とびっきり暗くて明るかった。なにか、いろんなものが混在していて、それがたまらなく美味しかった。全部一緒くたにして、それを自分なりの自由な型に嵌めて、ただひたすらに走っていた。乱暴に振り回していた。
今は、一つのことしか楽しめない。そんなような気がした。ごちゃまぜにしたものを味わうことが難しくなった。周りを見ると、いつの間にか僕はまた一人になっていた。誰もいないのに明るい車両の中を見る。細くなりながら伸びる四角を見る。やっぱり、誰もいない。運転手はいるか、とそう思った。運転手と僕。互いに自分は一人だと思いながら、レールを進む。そんな光景を想像するとどこかおかしくて、幸せな気分になった。
今と過去を比べてみる。例えば、これが電車ではなく車だったら。きっとそこは真っ暗で、運転しているのは酒が飲めるようになった僕で、父と母と妹は静かに車に乗っている。僕は暗い道路が随分と質素なものになってしまったことにがっかりして、ひどく退屈で、居心地が悪い思いをしているんじゃないかと思う。でも、家について、狭い駐車場にピッタリと車を止めて明るい光を発するマンションを見てこう思うんだ。ものすごく楽しい冒険だった。爆発しそうなほどの興奮の余韻で、まだ胸がわくわくしてる。そして家族の話し声を聞いてまた現実に戻されて、味のしないガムを噛んでいるような気分になるんだ。家の扉を開いて、真っ暗な空間に明かりをつければ、僕の冒険はもう本当に終わり。つまらないなあ、なんて呟く。ただスマートフォンのブルーライトに目がひたすらに走らされて、つぶれるように眠るんだ。
ある駅に着くと、外にはたくさんの人がいた。ぞろぞろと人が車両に入ってくる。さっきまで僕が乗っていた電車はどこに行ったんだろう。人であふれた車両の中を見てそう思った。あーあ。冒険の終わり。でもとてもわくわくした。とても楽しかった。でもやっぱり、僕はもう一つのことしか楽しめない。人であふれた車両の中を思い出したように眺めるたびに、味のしない固くなったガムを噛まされているような気分になるんだ。
なんてつまらないんだ。
辺りは真っ暗だ。
誰もいないから、そこは明るかった。誰かがいるから、ここは暗かった。
見慣れた駅に着く。自宅の最寄りの駅。本当の冒険の終わりの場所。どこをどう見ても冒険の香りはしない。あーあ。つまらないな。
だからまた、どこかへ行こう。誰もいない場所に行こう。明るい場所に行こう。暗い場所は、うんざりだ。
やがて灰になる。 yukisaki koko @TOWA1922569
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