インド政府の依頼でヘイト画像を作る

浅賀ソルト

インド政府の依頼でヘイト画像を作る

今度の顧客はインド政府で、イスラム教徒による犯罪のフェイク動画を作って欲しいというものだった。

こういうのは簡単で、過去の災害や暴動の映像に適当な字幕を付けるだけで完成する。

なんなら動画はまったくいじらないで——看板が英語だったりスペイン語だったりする——それに、『暴徒となって暴れるイスラム教徒』とか付けるだけでいい。

デマが指摘される頃には拡散されている。なんならその過程で看板の文字が直されていたりする。

仕事のクオリティは低いが、依頼主の隠匿というのは俺がビビるというか、ぶっちゃけ、そこには触れないようにしているくらい高い。

インド政府はイスラム教徒への弾圧を強めているから、依頼としてはさっき言った通りで筋が通っているけど、実際の顧客がインド政府だということはまずない。

間に何個もの会社が存在していて、本当の依頼主は俺には分からないようになっている。

その上で、今回の顧客はインド政府だと言われるわけだからこっちとしても話半分に聞いている。金がもらえれば余計な詮索は不要だ。

スパイとかではないのでやばくなったときに暗殺されるとかいうことはない。

たぶんない。少なくとも界隈でそういう話は聞いたことがない。依頼主はインド政府ですぅとか素直に自白しても始末されたりしないのだ。

ただ作ったことの責任を取ってもらえるわけじゃないので、扇動とか殺人教唆とかヘイト拡散とか、そんなこんなですぐに関係を切られる。自分の身は自分で守らないといけないということだ。

そもそもこの仕事も、実はパキスタンやイランといったイスラム側からの依頼である可能性もあるし、中国やロシアからの依頼である可能性もあるし、アメリカやイギリスである可能性だってあるだろう。繰り返すが詮索は不要だ。金のみが真実で、あとは何が真実か分からない世界だ。

そういう真実とは別に、大量の依頼をこなしているうちに別の真実に気づいたことがある。

まず俺の動画をパクっている奴のことだ。極秘入手とかいって拡散しているが、ソースがほぼ100%俺。逆に俺の知らない動画は無いくらいで、俺はフォロワーと呼んでいる。ファンといってもいいだろう。

俺ももちろんパクりで動画作成しているのだけど、1人から限定してコピーするなんてことはしない。暇があれば使えるニュース映像はないかなと探しまわっている。そういう探す努力さえしてない奴がけっこういて、完全にカスだと思っている。そんなに大変なことじゃないのに、その手間すら惜しむとかどんな手抜きだよ。

そして同業。これがだんだん、映像の切り取り方とか字幕の入れ方とかでクセが分かってくると、「ああ、これはあいつの仕事だな」というのが分かるようになる。で、こういう仕事をしている奴って実は世界に十人くらいしかいないんだなと分かる。

新人もどんどん出てくるけど大抵はすぐに消える。業として日々大量の仕事をこなしているプロというとそんなもんだ。

で、これは俺も相手も同じなんだが、デマとか捏造といった雑なレベルとは別に、保身という利益のためもあって、同業のクセも盗んで、自分の仕事じゃないっぽく動画を仕上げることも増えた。こちらは妙に高度だ。

この世界、個性とか要らんのだ。依頼主も分からなければ本当の目的も不明なら、制作者も不明な方がいい。で、他人の制作っぽく偽装するのである。

同業の相手の仕事は俺に似てきて、俺の仕事は相手に似せていく。

俺はアイディアを思いついた。そして実行した。

依頼を受けて、まったく仕事をしなかった。

そしてネットで拡散したデマ画像を自分の仕事ということにして報告した。

成功した。俺は何もしてないのに口座に小遣いが振り込まれたのだ。

これはいい。いままでより大量の仕事をこなせる。単価のいい仕事ではないので数をこなす必要があった。

俺は検索して見つかるものについては自分では手を動かさずに済ませた。

さらに検索して見つからないものについても、中抜きして外注に出すことが増えた。

どんなに仕事を安くしてもそれを受ける奴がいる。

そういう奴らの仕事はものすごく雑で、インド政府の依頼だっていうのに看板が英語でスペイン語の字幕で、しかも翻訳すると意味すら不明といった仕上がりになっているものさえあった。ヒンズー語要素がまったくないのにインド人が釣れるか。俺はそんなんでも修正せずにバンバン納品した。直すくらいなら外注してない。

最終的に、できましたーといって寄越してくる動画が俺の過去作だったりして、もうさすがにそういう奴には二度と仕事はまわさない。

ナメてるといっても最低限の仕事のプライドくらいは持てよと思う。

まあ、この業界なので、実際に痛めつけるとかそういうことまではしないけど。

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