第42話 悪役令嬢を妻にできなかった辺境大公は

 根拠地についた時には僅かに従う者は数えるほどという朝倉義景や従う僅かな家臣に惨殺されるアケメネス朝ペルシャの王とは違い、それに比べれば、ベリアル大公は、彼とその軍は整然と退却、撤退したということができたであろうし、ロシア遠征に失敗し、50万人の大陸軍の大半を失ってパリに戻ったナポレオン一世に比べればずっと多くの将兵とともに帰還できたと言える。


「ええい、狼狽えている場合ですか。落ち着きなさい。国王陛下の盾になって、銃弾をいつでも受ける覚悟はできています。」

と周囲を叱咤激励した彼の一番年長の、年上の、妻は、実際、彼を庇って銃弾を受けて絶命したのだった。他の妻達も、見苦しい姿は演じることはなかった。皆勇敢に行動し、時には陣頭指揮までした、僅かな兵士達を率いた。中には、部隊を率いて激戦を演じた者もいた。

「は、離しなさいよ。あなたまで死んじゃうわよ。」

「あんたなんか、死んだらせいせいするけど、あの方が泣く姿を見たくないの!」

「そこまで言うならしっかり歩きなさいよ。」

「それは、私のセリフよ。」 

 撃退され、護衛の兵もなく、負傷した二人の妻が、肩を貸しあって歩く姿もあったという。その後、彼女らを探す部隊に収容されたという。この二人の無茶な突撃も、退却の時間を稼げたということは確実だった。


 そして、公都にぺリアル大公が無事到着し、そのしばらく後に最後の殿軍の役割を見事に果たした、彼の軍師が到着した時には、ぺリアル大公は独身となっていた、つまり全ての妻が死んだのである。彼の軍師の、帰還後の最初の仕事は5人の女を、王妃としての待遇で葬ることであった。


“え~と、そいつとは嫉妬しあったけど、結局は直ぐに共感しあって、あいつはお前の方が相応しいと身を引き、お前は奴を評価して親友にしたんだけど…。そんな図、お前にもそいつにも無理だよな…。”

と顔には出さずに、ラミエルは、罵りあうラグエラと黒髪の女達騎士、とらわれた北方遊牧民部族長、を見ながら、無言で思っていた。

“時期的には登場は今頃か…相手は外国軍だったけと…。”

 北方で自治権を有する遊牧民の、実質的には騎馬隊を主とした傭兵化していた、部族長である。王位についてぺリアル大公と外国軍との戦いの中、ぺリアル大公軍にはせ参じて、勝利の原動力となったのである。彼女は、ぺリアル大公、もう国王であるが彼の魅力に惹かれ、ラグエラに嫉妬交りの感情を向けた。ラグエラはというと、夫の側に近づきたがる彼女に腹をたてていたものの、そこはおおらかに構えて、それでいて彼女とはぺリアル大公を挟んで火花を散らしていた。

 しかし、見事に各国を説得し和平を締結、しかも一歩の譲歩もすることもなく、成立させ、ぺリアル大公の目指す聖人の政治の理念を滔々と説明するラグエラに感銘を受け、

「あなたには負けましたよ。」

と遊牧民の女族長は潔く身を引き、ラグエラは、

「これからも共に陛下をお助けしましょう。」

と言い、笑いあって握手をするという、美しい、感動的な光景が原作小説では描かれている。

"ここで見ると単なる傭兵軍の美人司令官さんでしかないけどな。"とラミエルには彼女は見えた。彼女とラグエラが握手している図は、二人とも女性としてはかなり身長が高いし、少し着痩せしてスマートで、少なくとも表面はきりりとしているからだ。ただし、今は最後のところはない。"しかも、義経の方に目がいきがちだしな。"彼女は彼の義経に敗れて囚われたのだ。


 ぺリアル大公領への侵攻は、セーレ大公が総司令官となった。それは、彼の今までの戦歴から当然のことであったし、国軍幹部からもファーレ大公からも支持されてのことだった。名声を持ってしまった彼を王都から取り合えず離したいということもあるが、時を置かずに追撃するためには、彼と彼の軍を中核にせざるを得なかったからでもある。


 事実上の大敗、それでもぺリアル大公領の動揺は少なかった。ぺリアル大公サマエルと彼の軍師にして宰相、そして最後の愛人、アムドゥの力が大きかったといえる。

 しかし、侵攻する国軍。セーレ大公を総司令官とする軍団の侵攻に、多くの優秀な将軍、指揮官、豪傑達を失っていたぺリアル大公軍にあっては、サムエルの傍らで軍配を軍師としてアムドゥが振るうという光景はあり得なかった。別々の戦線に二人は分かれざるを得なかった。つまり片肺状態、片翼状態となったのである。

 アムドゥは、クロムバッハ、ヴァイツェン、キメり率いる部隊と遭遇、陣地戦で持ちこたえたものの、身動きがとれない状態になってしまった。彼女の采配が悪かったわけではない。火力の量、質とでクロムバッハ達を押し返せるほどではなかったためである・・・それがなくても、この3人を破るには至らなかっただろう。

 ぺリアル大公軍主力を率いたサムエルは、頼みの北方騎馬民族族長ウィネ率いる騎馬軍団がララウロスの銃砲、歩兵と一体の騎兵隊に阻止され、アルフスの野戦陣地網に、その軍団に吞み込まれ、攻めあぐね、じりじりと包囲される中、ウィネ決死の突撃で何とか切り抜けて撤退ができた始末だった。ウィネは追撃と、いつの間にか逃げる先に築かれたララウロスの野戦陣地に挟撃され、部隊は壊滅、自身は捕虜の身となった。


 アムドゥが何とかまとまった兵で撤収し、公都にたどり着き、守りを固めていた中にサムエルは僅か数百名の親衛隊とともに、負傷してたどり着いた。防備を固めて、再起を期そうとするアムドゥが陣頭指揮で防備の強化を図っている中、サムエルの容体が急変したとの報が届いた。

 結局、ぺリアル大公サムエルは、何とか間に合ったアムドゥに抱かれ、彼女に後事を任せることを詫び天上に旅たった。彼女は盛大な、国王の葬儀を行い、彼の遺児の命を守り、公都の維持を図り、その安全の保障を得る交渉を、先遣隊として現れたクロムバッハとヴァイツェンと行うこととなった。


「ラグエラ・デカラビア!お前が、お前さえ、サムエル陛下の下にはせ参じていれば、理想の政治が行われていたのだ。こ、この淫乱、尻軽女!」

とセーレ大公が公都に入城、全ての手続きが終わった時、彼女はラグエラに向かった叫んだ。それに、何か言おうとするラグエラを制して、ラミレスが、

「彼女とデカラビア公爵家、ファーレ大公家は、私同様に粛清したのだろう?彼女の子供を王位につけたか?」

と彼女の前に立って問い詰めた。間ができてしまった。ラミエルは、

「そうなのだな。」

と言って、部下に彼女を連れていくように命じた。そのまま彼女は、降将への礼に基づいたやり方で連行されていった。




 

 

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