第39話 俺のワーテムロー

 絶望していたイギリス軍は、フランス、ナポレオン軍の後方に打ち漏らしたプロイセン軍が現れて救われ、逆にナポレオンは、本来は砲兵を守る陣形に守られ、皇帝を守るため死をいとわない兵士の犠牲で無事脱出できた。まあ、結局セントヘレナに流されたのだから、ここで死ななかったことが幸運だったのかどうかは分からない。ただ、セントヘレナで己が文才を発揮して生み出した自叙伝で、自らの英雄神話を作り上げたのだから、ワーテムローで死ななかったことは幸運と言えるかもしれない。

 俺の場合は、絶対ここで死にたくはない。いや、ぺリアル大公軍に敗れて死にたくはない。俺がやってきたことが、全て無駄になるからだ。


 もし、ワーテムローのプロイセン軍のようであれば、俺の死は確実だろう。だが、状況は違う。

「あ~あ、来ちゃったわね。大丈夫よね?」

 震えながらも、不安そうではあるが、落ち着いて質問できるラグエラ、

「まあ、予想はしていたし、備えはしてあるからね。そちらにまかせて、ぺリアル大公軍の本陣に向けて進むだけだ、今は。」

と答える俺がいるのには、ちゃんと理由があるからだ。


 周囲に索敵部隊をいくつも配していたが、彼らが確認する、かなり前から把握していた。王宮を囲んだ軍の一部が移動したのだ。かなり隠密裏に進撃し、こちらの索敵部隊の近くで一気に目立つ行動に出た。軍旗などを多数かかげ、激しい土煙を立てたのだ。見た目には、数万、いや10万人の大軍に見えただろう。しかし、実数は一万強だった。多数の軍旗はみせかけに過ぎず、土煙は馬に丸太多数を曳かせて発生させたものだった。望遠鏡で索敵隊がそれを見れば、大軍と誤認しただろう。しかも、それがすぐにわかるほどの近くには接近できないように、伏兵を配していた。

 しかしだ、まず、彼らの後ろから用心深く追尾していた部隊から、俺に急報が刻々と届けられた。移動するのを見て、王宮の守備軍が追撃しようとしたら、返り討ちにする陣を敷かせていたが、このような追撃隊は考えていなかった。俺の武市半平太は、そんな陣にはひっかからず、よい仕事をしてくれた。

 そして、伏兵は俺の紫式部と清少納言率いる部隊に壊滅してくれていた。


 相手方も忍者のような?特殊部隊のような連中だったが、2人はもちろん、彼女達につけた部隊は我が家の精鋭であり、特殊部隊のような連中を選抜したものだ。激しい戦いになったようだが、しょせん、巧みに火薬を使う、道具を使う程度であり、銃砲、各種道具も体系だてて、俺のカラクリ儀右衛門達が開発し、その使用法、戦術を俺の義経や秀吉達と熟考した、あ、それには紫式部らも加わっていたか、のだから、結局はこちらの圧勝だった。あの2人は、文武ともに恐ろしいくらい才覚のある女達だとつくづく感心したし、俺の下にいて良かったと思った。

 この後は、俺の中岡慎太郎率いる一隊が、防御陣地で奴らの侵攻を押しとどめた。完全に状況を把握している方が、確実に有利だからね。

 とはいえ、中岡慎太郎と彼の部隊の実力は分かってはいたけど、どうなるかは、いや、その前の段階で上手くいくかは、どうなるかは分からない。不安で仕方なかったが、思った以上に彼らはやってくれたし、秀吉が巴に兵をつけて慎太郎に助力させた。義経は、予想以上に早く、当面の敵を相当し、そちらの後方遮断に回り込むことができた。


 ペリアル大公軍は、全戦線で後退を余儀なくされ、特に左翼では完全に我が軍に追撃され、崩れかけている。それに動揺したこともあって、中央、右翼も腰砕けになりかかっていた。プロイセン軍も、攻めあぐねているだけでなく、包囲されかかって、動揺して、崩れかけている。


 俺のワーテルローの戦いは勝利…には、まだ時間がかかっていた。


 イギリス軍もプロイセン軍も、まだ敗走はしていないからだった。つまり、ぺリアル大公軍は外国軍も含めて、本陣は今だ動揺している状態ではなかったからだ、司令官と参謀他幹部達の心の中、やり取りは別にして。王都からの来援軍の一部、数千名が後詰に入ったことが大きかったらしい、戦力的には大きくはなかったが。あの熊女だろうな、大した女だ。それを信じ、動揺していないぺリアル大公もさすがと言える。やはり、ヒロインの夫役、本来の、俺とは役者が、やはり格が違い過ぎるか。

 しかし、奴は所詮は時代から遅れて専制君主でしかないし、俺は死にたくないし、ラグエラを手放したくないし、殺させたくはない

「大公様。もう退却を準備しているようですな。同時に、追撃する我が軍に大きな打撃を与えるつもりで準備しているようですな。」

 俺の秀吉が報告に来た。彼は、自信たっぷり微笑んでいた。こいつ、そこまで見ていたか、と心強く思ったね。


「中央と左翼はどうだ。」

 追撃だ、と命じようと思ったが、ふと気になって、ハムスター顔に尋ねた。ラグエラが、

「?」

という顔。我が意を得たりと満足顔のハムスター。

「さすが閣下。両部隊への備えもありますし、かく乱のための伏兵も用意していますな。しかし、既に、そちらにも対策はとっております、予定通り。」

 彼は、簡単明瞭にその概要を説明した。それから、ふっ、とため息をついて、

「大公閣下は、事前にここまで考えておられるとは。さすがに、必要ないか思っていましたが、ご心配の通りになりました。」

 感心したような顔を向けてきやがった。ただ、心配になっただけです、この間。後の全てはお前がやったことだし、おれが心配したのは諸葛孔明の撤退の備えや、クロムウェルの戦いやら、賤ケ岳の佐々成正軍の前田軍撤退まで持ちこたえていて、そのままだったら柴田軍が反撃できたとかという知識が脈絡なくでてきただけだったんだよ。

「我が軍の追撃とともに、それも動くか?追撃開始、中央、左翼への後詰、支援。そして、両隊、総司令官のファーゴ老大公にも連絡、伝令だ。」

「は!」

 ばねのように立ち上がり、彼は駆け出し、命令を出しまくった。我が軍は、すぐに動き出した。

 多分、熊女はぺリアル大公の満足そうな顔を背にして、諸葛孔明のように大軍配をかざして、号令を発しているだろう。その顔を絶望に変えてやる。

「熊女が絶望して、恐怖でちびるだろうよ。」

とラグエラに囁いてやった。途端に彼女の顔は、諧謔的な笑みが浮かんだ。こういう顔の彼女もまた美しいし、続々する。俺って変態かもな。




 

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