第36話 大会戦直前②

 ペリアル大公軍には、外国軍も加わっている。東西南部は戦線で撃退された国々が、別ルートで援軍を多少とも送ってきたのだ。

「ペリアル大公は、外国の支援を受けて、その見返りをどうするか考えているのかしら?」

とラグエラは疑問を口にした。それを解決したのも、お前なんだけどね。


 ミカエル様ご夫妻、国王ご夫妻、ミカエル様とアナフィエラ亡き後、というより処刑と惨殺のすぐ後、何度も固辞したものの民衆の熱い願いに、ついに王位について、国王に即位したベリアルが、まず直面したのはわが国に侵攻し、既にかなりの地域を占領していた隣国の存在だった。彼らは、新王に協力したのだし、しかも自力で戦い勝ち取った新領地を手放したくはなかった。占領地全てとまではいかなくとも、かなりの地域の割譲を要求してきた。

 当然、新王はこれを拒否した。すぐに戦端が開かれたが、新王は勝利した。だが、各国は同盟してあくまでも要求を捨てず、戦いを継続しようとした。

 ここで、ラグエラは高潔な、国民を思っての聖戦であり、前国王夫妻はその家臣達によって殺されたのであるが 、そのことを涙を流し悲しみ、打ち捨てられた遺体を丁重に葬った新王の姿を説明し、侵略、欲にまみれた戦争の非を理路整然、気高く各国王、宰相、有力貴族、有力市民、聖職者、再洗礼派教会を除く、に説いたのである。それに心を打たれ、各国は兵を退き、占領地を放棄し、かえって国土復興に協力 、和平条約を締結したのである。ラグエラは、平和をもたらした、勇気ある女性と語りつがれることになったとされるのである。

 こいつがそれほどの女か?まあ、頭のいい女である。少なくとも、俺よりは上だろう。しかしな・・・、それほどのことができるほどの女ではない。あれは、なんだったんだろうか。あれは本当にこいつだったのだろうか。薬でも飲まされて?いや、おだてられて、踊らされていたのだろうか?そちらの方が可能性がある、あの熊女ならやれるかもしれないか?その挙句に暗殺、用のなくなった上で、するのだろうか?絶対するな、うん。

「何見ているの?」

 ラグエラが不思議な顔をして見つめているのに気が付いた。

「君のように賢い女性が、ここにいてくれて助かったよ、と思っただけだよ。」

「もう~。」

 可愛い顔で、すねている彼女は、そんなことにさせたくはないと思った。


 王都での攻防戦。北方というより中部戦線というべきかは、膠着状態、王都もセーレ家の要塞も、主要拠点は落ちていなかったが、ぺリアル大公軍は占領地を拡大させていたし、こちらより大きい損害を受けていたものの、弱体化にはほど遠かった。全体に見ると、見かけは優勢にすらみえるほどだった。 

 攻城側の軍は、攻城戦が長期になるにつれ、物資の不足、病気の蔓延、士気の低下、脱走兵の増加による兵力の減少等が発生するものであるが、ぺリアル大公軍の攻城陣地ではそのようなことは、それなりにはあったというのが実態ではあったが、それすら致命的なものにはならず、表面化せず、かえって見られないと錯覚するほどだった。全く敵ながら感心させられる。ただし、俺の半平太はその実態を見抜き、報告書に書き連ねている。もちろん、客観的にそれが大きくなっていないこともはっきり把握して報告している。

「王都を捨てて、後退すべきです。ぺリアル大公は、王都からの安全な退去を保障しています。」

「陛下。その者の言葉を信じてはなりません。」

 王妃アナフィエラは叫んだ。いまだに王宮では、攻撃による死傷者の発生に心を砕かれかける国王ミカエルに、そのような進言をしてくる者がいた。

 それは、ペリアル大公軍が王都に突入した時のことだった。それは、王宮の中まで侵入した。特殊部隊と言うべきか、決死隊と言うべきか、そのどちらともいえるかもしれない、の侵入であった。その結果、一部の門が開けられ、さらなる部隊が侵入してきた。だが、何とかそこまでで止めた。門は素早く奪還し、すわ、今がだろう、と言うかのごとく、セーレ家の侍女、使用人も含めた義勇軍も駆けつけた結果、総攻撃を何とか向かいうち、予備の銃砲を据え付け、進撃するペリアル大公軍は、その銃砲の餌食となった。ぺリアル大公軍自慢の重装甲騎兵は、重小銃で狙い撃ちされ、狭い城門前の橋で身動きが取れない時を狙らわれ、大損害を受けてしまった。

 それでも、侵入した部隊は臆することなく戦い続けた。

 ペリアル大公は、彼らを救えず、慟哭したとも伝えられている、外国を通じて流れてきた話では。俺の半平太の報告書には、そのようなことはもちろん、そのような情報は入手していない。

「陛下。国民の命…王妃様、王太子様を死なせたいのですか?」

「それこそ、私達3人は惨殺され、国は、王家は、ペリアル大公に乗っ取られるのですよ!」

 臣下と王妃が競うように、国王に訴えた。国王は迷ったが、その時、彼の悪友であり、近衛騎士団長が入ってきて、

「王宮の敵兵の掃蕩は完了しました。」

と跪いて報告した。

「馬鹿…な。」

 落ちつきを取り戻したかのように見えた国王に慌てて、再考を求めようとした時、

「陛下。この者は、陛下ご夫妻を裏切ろうとしているのです。」

「お、お前は!」

 自分の愛人の登場に焦ってしまって、思考が止まってしまった。

「この者は、ペリアル大公の使者と密会、地位と金貨で陛下を売る約束をし、今回の策を授けられたのです。」

「う、嘘だ。裏切り者ー!」

「わ、私は、あの方の至誠に打たれたのよ。あなたの愛人として、謀反人に心を売る大罪を犯してはならないと分かったのよ。」

「あ、あの方こそ、聖人の世を…、は、離せー!」

 呆然と立ちすくむミカエル国王陛下にアナフィエラ王妃が優しく寄りそった、報告書にはあった。

 何とか、この時も、この後も王都は持ち堪え、補給路、連絡網を維持はしていたが、苦しくはなってきていた。陥落まであと一歩まではいかないが、三歩というところだ。


 ベリアル大公軍の状態が、それほどひどい状態ではないというのと同様、包囲下にあるところでは、それ以上に衛生状態が悪化するものであるが、俺の半平太の手腕のおかけで、何とか我慢できるようになっていた。


 あと、こちらには、あちらにない秘密兵器があった。それは、手当や手術する時は必ず手洗いをして、道具は熱消毒すること、ベットのシーツや病室の床は出来るだけ清潔にしておくことを整備しておいたことだ。いろいろねそれに必要なものややり方は、俺の安藤昌益やからくり義衛門がやってくれた。これで、戦闘での死者の数は断トツで減り、負傷者の復帰は格段に早くなった。王都内での、砦内での病気の発生も抑えられた。ぺリアル大公軍の自慢の名医の神業などは、この足下にも及ばなかった。ただ、安藤昌益その他の方が、ずっと名医だと思えるのだが、俺には。実は地味で、一番大きい強みになっていたのかもしれない。


 だから、俺達は進まなければならなかった。時間を焦るほどではなかったものの。


 だから、この…俺にとっての奉天会戦をやらかさなければならず、勝たなければならなくなったのだ。

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