第26話 和解だって?
「セーレ大公から和解の申し入れをすることはできないのでしょうか?あなたから、セーレ大公にぺリアル大公に謝罪し、和解をお願いするように説得できないのですか?」
「は?何を言っているんだ?」
ラミエルの悪友であり、ミシャ伯爵ドラは、妻の言葉に戸惑ったというか理解できなかった。いよいよ内戦であるということで、領内から国軍への兵士の徴兵の要請に対する対応から、家族や使用人の避難や領内の諸々のことで忙しく立ち回っている中での妻の言葉である。金髪で小柄だが美しい、二児の母親であり、おとなしい性格だが、賢明な妻から、そのような言葉が、その可愛らしい口から出てくるとは思いもよらなかったからである。
「お前は何を言っているかわかっているのかい?」
「だって、セーレ大公がベリアル大公の怒りを買うようなことをなさったことが、今回の・・・セーレ大公さえ・・・ことは平穏にと・・・。」
「一体誰が、そのようなことを言ったのかい?」
「みな、そのように申していると・・・。」
「それを君は誰から聞いたんだ?」
彼は努めて優しく尋ねた。妻の口から出た女の名前を聞いて、大きなため息をつき、周囲を見回してから、やにわに妻を抱きしめ、耳元で小声で、
「彼女は、ぺリアル大公の手先だとして、近く逮捕されることになっているんだ。」
真っ青になった彼の妻は、それでも、
「で、でも・・・ラグエラ様がぺリアル大公のもとにいかれれば・・・何事もなく・・・。」
「いいかい、もし、お前をベリアル公に与えれば平和になるからと言われて、私がお前を手放していいのかい?」
ようやく気が付いたのか、首を大きく振って彼に抱き着いて、許しを乞い、泣き始めた。
"こりゃ暫く、領地に子供たちとだけでいかせられないな・・・。ラミエルは、最初からぺリアル大公のことを敵視はしていたが、敢えて敵対するような行動はしなかったのになあ。全ては、あちらが自ら動いたことなんだがな。妻までこう思わせるとはな・・・。そんな相手と敵対しているなんて怖気が・・・。頼むぜ、セーレ大公ご夫妻よ。まあ、ここまでやるとは・・・ラミエルの気持ちがわかるな。"
彼は、優しく妻を抱きしめながら、思った。
「和解?それはぺリアル大公が申し出ることでしょう?白旗をあげて、土下座・・・まではしなくてもいいから、跪いて懇願すればいいのよ。そうすれば赦してあげるわよ。え?なんで、私が私を溺愛している夫と離婚して、愛人が何人もいる男の嫁にならなければならないのよ?何を言っているのかしら?私達は、正式に結婚式も挙げたでしょう?」
ラグエラは、王都の実家の屋敷に久しぶりにやってきたところに、親戚の女性が付きまとうように、しきりにぺリアル大公との和解をすることの必要性を説き、セーレ大公 を諫めるために、彼と離婚し、ぺリアル大公のもとに嫁にいくことがよいとまで言いだした。怒り狂いかけたラグエラの前に、二人の共通の侍女長のゴモリが背を彼女に向けて、彼女を守るように割って入った。彼女の部下である侍女達がラグエラの周りを固めた。
「あなたは誰です?ご実家の親戚の方ではありませんね。微かに、北方のアクセントを感じます。それに、ぺリアル大公殿下ですって?そのような言葉、北方辺境しかありませんよ。化けて入れ替わった別人ですね。」
冷たいほどに落ち着いた声で、ゴモリが詰問した。
「は?なにを?」
「そうすると、このへんに別の奴が隠れているのが、定石ですね。」
彼女付き書記のオロバスが、壁に短剣を突き刺した。そこから、真っ赤なものが広がっていった。
「ドンピシャ。」
彼女は笑った。
「外にも居るはず。」
「私にまかせろ。」
とムルが、薙刀を手にして窓から飛び出した。
「それで、なにか言う事がある?」
ラグエラが短剣と短銃を構えて、残酷そうな笑みを浮かべていた。
「北方辺境の大公閣下は、私を迎えられて、どうなさるおつもりなのかしら?」
完全に挑発するような、いたぶるような表情だった、ラグエラは。
「殿下こそが、あなたにふさわしいのです。それがお分りにならないのですか?」
「それで。セーレ大公をどうするつもり?」
「そ、それは・・・寛大な心で、寛容なご措置を・・・。」
「それで和解?あまりに一方的ね。そうね、愛しています、どのような代償を支払っても妻にしたい、というなら、国のため考えてあげてもいいけれど?」
彼女は完全に、嘲るような笑みを浮かべて言い放った。ゴモリ以下、油断なく身構えていたが、主のそれに同調、同感したという表情だった。
「セーレ大公は、神罰を受けて惨めな死を、敗北を期すのですよ!」
「王家の近衛としての役割に殉じられるのであれば、本望だと我が夫は思っています。妻として、その夫に殉じるのが正しい道です。」
彼女の言葉は凛としていた。ゴモリ以下、感銘を受けたという顔だった。だが、
「なんという、軽薄な・・・やはり淫乱な尻軽女・・・ここで死ね。」
器用にも、複数の手裏剣を放ち、同時に紙吹雪を散らした。その紙吹雪は、蜂の姿となり、向かってきた。さすがにラグエラ以下硬直してしまったが、ゴモリとオロバスは平然と手裏剣を短剣で叩き落とし、彼女らの短剣の一閃で蜂は元の紙吹雪に戻って、次第に床に落ち始めた。煙幕玉が二か所で炸裂した。一方は、刺客の女達が、もう一つはゴモリのだった。ラグエラたちの視界等を遮ろうとしたが、同時に同様なことをゴモリが仕掛けたのだ。相手が仕掛けてくることを予想していないかいなかで、勝敗が決まった。わずかに五感を奪われて狼狽えた刺客達がゴモリ達の短剣で斬られ、銃弾を受けて倒れた。
「男でした。」
主の親戚の女に化けていた者を検分したゴモリが報告した。ムルは、どこから侵入したのかと思うような巨漢の男と素早い小柄な女達を相手にしていた。彼女は優勢に闘いを進め、追いつめていた。そこにオロバスが参入、二人は瞬く間に制圧してしまった。
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