第23話 その前夜④

「ヒエ~ん。」

 添い寝状態で泣き止まないラグエラを優しく抱きしめながら、ラミエルは、

「すまんな。皆のおかげで助かったよ。油断してしまった。いや、そもそも行くべきではなかったな、敵の真っただ中に。私が甘すぎた、すまなかった。。」

と言うと、

「いえ、私も十中八九、毒殺などはないと思っておりましたから…。北方の毒薬にも精通していたつもりでしたが、これほどのものが…。何とかぎりぎり効いて…閣下の対応もよかったので…大事にいたらなくて…。私の方こそ、申し訳ありません。」

 彼の秀吉が頭を深々と下げた。

「全ては、私の責任だ。だが、あいつが私を毒殺しようとは…。私をさほど高く評価していないと思っていたが…。」

「本来、高く評価すべきところなのに、わからないというのが…。まあ、結局、奴は謀略家ということですな。邪魔者は、それなりに潰そうということしか頭が働かないのですよ。」

「ふん。そうか。」

といったん、枕に頭を落としたラミエルだったが、

「先方は、このことで次の策に出るかと思うが、どんな状態だ?こちらは、どうした?」

「ご心配いりません。」

 彼の秀吉ことアルフスは、邪気のなさそうに見える笑顔を浮かべた。

「今回は、確かに、まずはこのような姑息な手を使おうとは十中八九ないと思っていましたし、私も慌ててしまい出遅れてしまいましたが、しっかりと閣下と奥様を毒殺しようとしたことを知らしめる措置はいたしました。あちらの側の宣伝の効果をかなり薄れさせられるでしょう。」

"駆逐は出来ないということか。俺のミスだからな。"

「なんですのこれは?あいつと私を旦那様が毒殺しようとして、旦那様は誤って自ら飲んでしまい、私があいつに嫁すには身が汚れているからと、敢えて毒薬を飲んで自害したですって?あの~熊女ー!」

 やはり具合が悪いからと言って、彼の横に添い寝のようにしていたラグエラが、ぺリアル大公側から出された文書を読んで怒りの声を上げた。

「は~?もう死んだことになっているのか?」

"やはり、あいつらはラグエラを殺しかねない本性が見えた・・・ということか?"

「もう、どんな恥ずかしいことを書いてもいいですから、こんな文書が忘れ去られるようになさい!」

とラグエラはアルフスに命じた。

"熊女、グッジョブだ。悪役令嬢は、俺とともに戦うことになった。これで一つ、勝ち目ができた。"心の中で思い込もうとしていたラミエルだった。そう思わねば、不安でしかたがなかったからだが、ここで彼女を失うことを恐れ、それがなくなったことにホットもしていた、全ての点で。


「全く悪運の強い奴だ。お前の父上の策を失敗させてしまったな、悪いことをした。私がもっと・・・。」

「陛下、何を・・・。私の失策です。」

 ベリアル大公の屋敷では、そんなやり取りがされていた。

「とにかく、進むだけだ。お前の宣伝文がもう広がっている。あれを読んで、セーレの悪行を信じない者はいないだろう。策はお前のおかげで、ほぼ達成された。」

「そうですよ、あの尻軽女の慌てようといったら・・・。」

「淫乱女の醜態でしたね。」

と愛人二人は珍しく和して笑いあっていた、しかも彼女を慰めることを言った。

 それに反して、ぺリアル大公達は難しい顔をしていた。

「とにかく予定通りだ。お前には、後のことはまかす。」

「はい。速やかにすませ、追いつきます。」

「無事にな。」

「お前達。すぐに出発するぞ。」

「は?」

 笑い顔は、戸惑いの顔となった。


「義姉様。大丈夫ですか?」

「義姉様、ご無事で何よりです。」

「お前達、実の兄のことをまず心配しないか?酷い奴らだ。」

 慌てて、我先には彼の寝る部屋に入ってきた彼の弟妹達に、ラミエルは苦笑して、文句を言った。

 アミ―侯爵家に嫁入りした妹とオセ侯爵家に婿入りした弟は、彼と同様に王都にいたため、急を聞いて駆けつけたのであるが。

"また、俺の勝ち目の二つある、というわけだ。"

 アミ―侯爵家は国内での勢力は強い上に、ヨートゥン帝国と縁戚があり影響力があった。この国は原作では、ぺリアル大公側に立っている。アミ―侯爵家も同様に国内有数の大貴族であるとともに、ぺリアル大公に真っ先にはせ参じ、その軍の先頭に立っている。ラミエルの冤罪に連座させられたのだろう。その結果、二人の配偶者はかなり二人を愛しているから、王室に強い恨みを抱いていたのだろう。それが、二人は健在である。つまり、両家はラミエルの側、すなわち王家側、ヨートゥン帝国もぺリアル大公側に立つかもしれないが、それほど積極的にはならないだろう。それがぺリアル大公側に加わる他国に影響を及ぼすだろう、大なり小なり。

「焼きもちやかないの!」

とラミエルを抱きしめて窘めるラグエラだったが、

「セーレ大公殿、ご無事で安心しました。」

「知らせを聞いて驚き、心配しましたよ。」

 彼女の母親の実家、ファーレ大公長子夫妻が駆け付けて、そんなそんなセリフを口にして不満顔になった。彼は、彼女の母の兄で、当然伯父にあたる。爺さんが元気過ぎて、まだ現役で頑張っていることから、かなり任されているものの、いまだに次期大公なのである、それでも、気のいい、この夫婦は特に不満を漏らしていない。

「もう、伯父様も、義伯母様も・・・。」

 ちなみに現ファーレ大公は、領地の城にいた。

 国王夫妻の見舞いの使者も来た。二人とも、本当に心配してくれているらしい。王妃は元婚約者より、義姉のことを心配しておろおろしていたという。満足そうに、その話に頷くラグエラを見て、ホッとしながら、"彼女は純情だからな。それでいて、冷静、冷徹なくらい・・・国王をちゃんと引っ張っていってくれるだろうな。それに、自分の大好きな義姉が無事でいられるにはどうしたらいいか、よくわかっているはずだから。"

 さらに、悪友達も駆けつけてきた。彼らは、可哀想にラミエルのシンパということになっていたから、当然のことでもあった。悪友の情が真にあるのではあるが。

"ファーレ大公の爺さんもわかってくれるだろう。ラグエラにもう一押ししてもらうか。ファーレ大公家を味方にできただけでなく波及効果がこちらにもあるからな・・・。何とかなる・・・なるよな?"そう思っても不安だった。思わずラグエラを抱きしめる力が強くなった。それに不安が伝染して、不安を感じたラグエラが抱きしめ返した。

「これは、熱系の毒薬だったようですな?」

「いやいや、解毒剤が効いてきたせいでは?」

「でも、これでは私達が熱でやられませんかしら?」

 一段落して、二人をゆっくり休ませた方がいいと部屋を出た面々は、部屋を出るなりそんなことを囁きだした。

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