第22話 その前夜?③
「死なないで、あなた!」
「だ、大丈夫です、奥様!解毒剤が効いていますから。」
苦しそうなうめき声をださなくなったラミエルを寝かしたベッドの脇で、ラグエラや医師や家臣団が大騒ぎとなっていた。ラグエラはパニック状態で、侍女達に慰められていた。それは、大なり小なりセーレ大公家内の誰もが共通していた。
"くっそー、こんな馬鹿な手段をを取るとは。あいつら、こんなに馬鹿だったとは~。ラグエラまで狙いやがって~。"ようやく胃のきりきりする痛みが治まってきたラミエルは、その時には、何とか心の中でそんな考えをし、悪態をつけるようになった。
ベリアル大公の愛人のサロンに招かれ、応じた結果である。
実際、ベリアル大公の、ラミエルが嫌みと皮肉と彼の歴史観を込めてベリアル大公家の諸葛孔明と呼ぶ、心の中で、元宰相の献策だった。"孔明なら、こんな策は取らないと思っていたが・・・孔明はやっぱりこういう策を取る奴だったんだ。 "彼自身の偏見をもった考えで、悪態をつき続けていた、もちろん心の中でだ。
2人は、ペリアル大公のサロン、正確には彼の愛人2人の協同で催されたサロンの宴に招かれ、それに応じて出席したのだった。
ペリアル大公は、王妃のサロンにも、ましてラグエラのサロンにも出たことはなかった。招待されてもである。逆に、王妃も、ラグエラも彼を一応は、招待しているのに、彼は出席したことはなかった。
「小人の考えることは、後先ありません。そのような者の宴に出れば、暗殺されかねません。」
とは、彼の元宰相の言である。彼の愛人のサロンは、互いに張り合いながら開かれていたが、彼が王都を去り、領地に前夜ということで、合体、協力ということになったのである。互いを見る顔は、他人が見ていない、見ていないと思った時のだが、実に憎々しげだった。
サロン自体は、彼の領地のそれと同様、洗練されておらず、彼の賛同者ばかりであり、新進の学者、思想家、哲学者、神学者、芸術家などのいない、美味な菓子も飲み物もない、退屈な、大味なものだった。
悪友達?を引き連れて、2人は堂々と乗りこんだ。
全く面白味のないサロンだった。面白い、軽妙な会話も横で聞いていて面白い論争も、競い合う演奏、詩の朗読も絵画もないのである。料理も量と豪華さだけ、そこまではいえないが、やはりうま味とか洗練さに欠けた。
辺境、北方の素朴なものを全面にだしていれば、もっとよかった、いやかなりよかったのだが、他国の豪華な品々を、絵画も音楽もだが、並べるのが悪趣味にしか見えなかった。"こういう悪趣味が好きなのも多いがな。アナフィエラやラグエラのサロンには、かなわないはずだ。""ふん、熊臭いわ。"二人はそんなことを考えながら、腕をしっかり組んで、サロンの他の客達と会話し、女主人達、ぺリアル大公の愛人達や当のベリアル大公に挨拶し、言葉を交わしたのである。その間、まさかとは思ったが、細心の注意を払っていた・・・はずだった。
"は?既視感?"
紅茶を口に運んで、ごくごく、熱いのでそういうわけではないが、少なくともカップの半ばまで飲んだ時思ったのである。
"ま、まさか・・・ネロの話と逆?"
毒見役のいる政敵を毒殺するため、まず飲めないくらい熱い飲み物をだし、文句を言われてから毒入りの冷水を入れるという手法の話である。
ハーブティーが冷めたからと、新に出されたものをつい口に運ぶ直前まで、ラミエルはぺリアル大公は話をしていた。テーブルを挟んで、ラグエラと並んで。
「私は、国の平安、国民の幸福しか考えていないのだよ。まして、王位への野心など全くないんだよ。信じてほしいんだが。」
「持つ論、信じております。とかくいう者がおりますが、取り合わないことにしています。」
二人は思いっきり、友好的な笑みを浮かべながら言葉の応酬をした。
「国王は、国民の僕であるべきだと思っているよ。」
「ミカエル様は・・・いえ、国王陛下は国民国家への穏やかな道を模索しておられます。閣下のご協力を期待されていると思いますよ。」
「君は軍事に熱心すぎないかね?もちろん、君の国の近衛たるべしという心がけは、大変感心しているが。」
「領地の各議会、総議会とも協力して、まずは領民の生活を豊かにした上で進めています。十分な食事は戦闘力を、お菓子や他の楽しみは士気を高め、教養は兵器の質を高めますからね。」
その傍らで、ラグエラも息巻いていた。こちらは皮肉が互いにはっきりと渦巻いているのがわかった。
「海外から一流の芸術家達が、領地に招かれております。どうお思いですか?」
とは30過ぎの愛人。妖艶な色気ムンムンの愛人の方だった。
「そちらのサロンに出入りしている芸術家の卵さん達を、勉強のためお迎えしてもよろしくてよ。王都の高名な方々も、羨ましがっていますよ。」
美少女を卒業したばかりの愛人の言だった。"ふん。色気だけの年増婆と教養のない小娘が。"とラグリアは心の中で悪態をついたが、持ち前の悪役令嬢の微笑みを浮かべて、
「そうですわね。私や王妃様のサロンの新進気鋭の芸術家や思想家を北方に行ってもらうのもいいかもしれませんわね。彼らは、北方の素朴で、あるいは素晴らしい音楽や文学や絵画に刺激を受けてさらなる飛躍をするでしょうし、彼らに影響されて北方の文化も発展するでしょうしね。ああ、でも、おたくに招かれたはいいけれど、さんざん失望して、どなたかへの不満を言いまくっている哲学者子、詩人の方がおりましたわね。」
声を殺して笑う素振りをして見せた。これには、愛人達だけではなく、ぺリアル大公も嫌な顔をした。
「あの糞野郎が。」
とつぶやいた。"民主主義思想家の右派の総帥みたいなやつなんだが・・・、北方の牢屋主と罵っていたんだよな。王都の伝統芸術家、特に王家や大貴族に雇用されている連中でも、結構新進の連中の後援者でもあるんだがな。"ラグエラのサロンで人気を博している作曲家・演奏家は王宮音楽長が推薦した人物なのだ。本心は、嫉妬もあるが北方に招かれる芸術家達のことを馬鹿にしているのである。
「セーレ大公閣下の領地の畑では、雑草が生えているとか。ベリアル大公殿下の領内では、農地に雑草はありません。皆、雑草を生やすまいと一生懸命です。でも、それは強制ではなく、領民自ら、そして、我が地の進んだ農法、大公殿下への敬愛からなのです。セーレ大公閣下の農民達を、技術習得に受け入れますが、いつでも。どうですか?」
"脇から出たな。熊女裸~。"
「それは、中農のレベですわね。」
「は?」
“う~ん。ラミエルからの受け売りだけど…。”
「下の農民は怠けて雑草をそのままにし、中程度の農民は重労働となっても、とにかく雑草をとりまくる。上の農民は、雑草が少なくなるように事前に整え、労力を節約して、他のことにそれを、労力、時間を使う。さらなる上農は雑草をも利用する…そうよ。」
「父上を愚弄するのですか?」
“おー、真っ赤になった、なったあ~。ざまあみろ。”
しかし、彼女も気を取り直して、
「焼畑農などやらせている領主が、上農の言葉など。」
“あー!この熊女、鼻で笑ったわね、私に対して。”
「適地適作ですわ。焼畑農でも、輪作、休作で地力が衰えないようにしておりますし、それに、その地の農法はそれだけではありませんわよ。無理する方が、よろしくないわよ、一部の収獲は上がってもね。」
そこにラミエルが割って入った。
「考え方、やり方にはイロイロあるものだよ。」
“これ以上激昂させても…だから。でも、グッジョブだよ、奥様。”
「そうだな、田舎のやり方があるのだから、こだわるな、お前たちも。」
と一応、ペリアル大公も彼の女達を窘めた。が、彼自身腹に据えかねたのか、
「今日は、この屋敷の庭園をお見せしたが、どうだね、君のところも参考にしては?節約もほどほどではないか?」
「閣下のところは、庭園の中に木々草花を配していますが、我が家では自然ともども庭園にしています。自然も自由にしながら、管理して。まあ、森の中にぽつんと建物を作り、池を掘り、それで森全体を庭園だと称している方もおられますが。」
4大公家のうち、ペリアル大公に提携している、提携していると思われるサガン大公家の庭園のことに触れる、ラミエルだった。"俺の武蔵が作った庭園に勝てるはずがあるものか。"
「それも、色々あってよいかもな。お~、セーレ大公ご夫妻の茶が冷めておる。代わりを持ってこい。」
そして、運ばれてきたものに口をつけてしまったのだ、それまで自分達に特定してだされそうなもには手も、口もつけていなかったのだが。
“しまった。油断した。あ、ラグエラも口をつけた~。どうする?”
咄嗟によろめいて、ラグエラに寄りかかるラミエルだった。ラグエラは、慌ててカップを落とした。床に落ち、絨毯でカップは割れす、中身だけが流れ出た。
「ど、どうしたのです?」
慌てるラグエラに、ラミエルは、
「い、いかん。酔いが急に回ったようだよ。閣下、失態をお見せして失礼いたしました。これで、失礼いたします。」
ドレスが濡れたにもかかわらず彼を支えようとするラグエラと足をふらつかせるラミエルは、その場をそそくさと立ち去った。
“すぐ、解毒剤を飲まないと…。”
それでも、解毒剤というかをすかさず飲んだ2人だったが、一口だけのラグエラもひどい不快さを感じ、ラミエルにいたってはもがき苦しむことになった。
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