第17話 富民強国 国民皆が笑い顔を絶やさない国を

「クシュン!」

とラグエラが怒り狂い、ラミエルが狂喜して、2人とも、顔には出さずに心の中でだが、していた頃、クシャミをしたのはペリアル大公だった。その時彼は、5人の愛人達と軽く酒を酌み交わしていた。愛人達は全員、年齢も民族も、出身地も、身分も境遇もバラバラだった。その彼女らが一斉に表情を曇らせた。

「父君は、元気だったか?」

 それは、彼が部屋に入ってきた、軍服の女性に声をかけた時だった、しかも親し気な、優しい感じで。

「𠮟られたか?まあ、気にするな。もともと宰相殿は、先があまりにも見えすぎて、目の前の苦労がわからないのだ。」

 彼女の父親は、先代のペリアル大公の代から仕えていた、というより支えてきたのである。数年前に、無理が祟って、一応引退し、病気がちな日々をおくっているのである。だが、ペリアル大公の施策を国全体に…といい意欲はまだまだ盛んだった。そのため、自分の構想に中々追いつかぬ現状に、自分の娘に不満をぶつけ、譴責し、発破をかけるのが常だった。

「はあ、その通りと言えば、その通りですが…。」

 彼女は、いつになく落ち込んでいた。“はっきり、いつものように、全く何をやっておるのだ!と怒鳴られていたら…。”

 彼女の父の昨日の言葉は、

「あの日以来…。お前は、まだ若い、経験が足りないということだ。」

とため息混じりに、彼女の最近の状況をまとめた報告書をざっと読んだ後にしんみりと言っただけだった。

 先代大公に見いだされ、引き上げられた彼は、その優れた頭脳と采配で、主君と二人三脚で富民強国化を推進し、成功させていた。その先代大公亡き後、まだ幼かった現大公を支えて、前大公の夢、いやそれは歴代大公の夢、の実現のために邁進してきたのである。

「初代大公陛下の再来、優れたお方だ。」

と現大公サマエルを評価していた。その上、サマエルには前大公にはなかった、より先を見通す目と豪放磊落、気さくな面とともに伝統的優雅さも同時に持っていた。

「この方こそ!」

と彼女の父は思っていたし、彼女もそれは同感だった。だからこそ、父親の叱責すら、彼女の才が働きが主君に不足しているとの叱責だが、主君に真に貢献できる高みに登ろうとする糧としてきたのである、彼女は。父親は、彼女を高く評価し、期待していたからこそ、厳しい言葉をかけてきたのである。それが…、彼女は父親が自分に失望し、あきらめたと思ったと感じていた。

 現ペリアル大公サマエルは、敢えて聞かなかった。その代わり、

「私は、お前を頼りにしているし、信じている。」

とニッコリと笑って、静に言った。それは、彼女にとって天上からの荘厳な声のように聞こえた。

“陛下こそ、国王になられるべき、国民を幸福にできるお方だ。”涙を滲ませた。

「北辺の熊女が、落ち込むなぞ、似合わないぞ。」

「もう…陛下、そのような名で呼ばないでいただけますか?」

 その顔は、愛らしい乙女の顔になっていた。大公は立ち上がり、彼女のそばに歩み寄り、彼女を抱きしめた。

 彼女の父親が、サマエルの父親と出会ったのは、彼が生まれた年だった。彼女の父親の手腕で、もちろん彼の父親の変わらぬ信任があってこそだったが、長い隣国との戦争で疲弊した本国を尻目に経済は発展し、人口は増え、社会は安定し、財政は豊かになり、領民の生活も豊かになった。本国と隣国との戦争にも協力して少なからぬ兵力を提供し、兵の実戦経験を得させることもあったが、の上で達成されたのだ。不正を排除し、能力のある者は身分に関係なく引き上げ、能力のないものは高位の貴族であろうと身分も領地も剥奪した。文化は質実剛健、荘厳、清楚、正統なものを維持し、自らの役割を心得て、議会、司法は大公に奉仕する、時には諌言もする、本国のような騒がしい政治、文化を排除し、その悪影響から守ってきた。その彼の最後の事業は、不毛で広大な東北部を雪解け水などを利用した一大灌漑施設を、作り上げ豊かな農業生産を達成させることと軍の質量ともにした整備だった。

 その完成前に、彼は倒れてしまった。そのため、完成を担うことになったのは、若干18歳の彼女だった。稀に見る俊才で、父親が期待し、誰もが一目置く存在感だった。

 彼女を認めない者達の抵抗は、かなりあったが、サマエルは彼女を信任し、彼女はそれによく応え、この二つの事業を完成前にさせたのだ。

 ただ、前者は水が、そのままでは、将来的には足りなくなる可能性が出てきた。そのため、全体計画を若干縮小、さらに一部を水分が少なくても問題ない穀物、雑穀である、の栽培と牧畜で対応したのである。

 後者は、銃砲の進歩に従い、その装備数の増加を急ぎ図ることだったが、中々進んでいなかったために、ここ数年間、急ぎ購入、生産施設の設置、職人の雇用、引き抜きを図ってきた。多種多様な火器、大抵は彼女の父親が工夫したものだ、いくつかは彼女が付け加えた。それが多種多様なもので、生産効率が悪かったことが、計画の遅れとなっていた。

 父親は、水の適正管理を十分していれば問題なかった、どうして、事前に先手、先手をとれなかったということを指摘した。彼は、自分ならという気持ちが強かったから、叱責した・・・いや、叱責されたのであれば彼女は奮起した、今までもそうだった。公爵令嬢ラグエラの件では、彼女は父親から、一大チャンスを逃した不備を大いに怒った、叱責した。彼女は、その時も悔しく思った以上に奮起した。父親は、彼女により高みを期待している、信じている、その期待に応えるのだと思ってきた。しかし、今日は、あきらめたのだと思えてしかたがなかった、彼女は。

 全ては、彼女が行なってきたのだ、この数年間で。そのことは、ペリアル大公はよく分かっていた。

「お前が父親に劣っていないのはよくわかっているさ。」

と彼女の耳元で囁いた。彼女は嬉しそうに頷いた。そして、

「あの田舎の猿と尻軽女に報いを与えてやります。」

 その言葉に半分は、彼に苦笑された。


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