第14話 新国王夫妻の苦悩
「これが義姉様?」
報告を読みながら、大声を出していたのは、新国王妃アナフィエラだった。それをニヤニヤしていた見ているのは、新国王ミカエルことセラフィム16世をはじめとする騎士、行政官、侍女達だった。
あの婚約破棄事件後の数ヶ月後、王太子ミカエルは結婚、そして、事件後1年を過ぎた頃、父親から国王の座を譲位され、それからも1年少しがたっていた。
手紙というか、報告書というかを読むアナフィエラの脇には、赤ん坊を抱いた侍女の姿があった。
「義姉様は、お幸せそうですね。」
彼女の表情には邪気は全くなく、本当にそのことが嬉しいと思っているようだった。
“う~ん。ドタバタラブコメディのようにも思えるけど。”
「僕達と同じくらいに幸せそうだね。」
国王も、邪気のない顔で王妃に語りかけた。それに頷く王妃を見て、“あのラグエラが…、ラグエラらしいかな?ラミエルは、本当に上手くやっているな。”“ラミエル様は、義姉様を本当に愛しておられたのですね。”少し、2人とも嫉妬に似た感情も浮かんだが大したことはなかった。
国王は、この瞬間、日々の苦悩を忘れていた。
その数年前から、国政に疲れきっていた父国王から、丸投げに近い形で国政をまかされていたから、新国王に即位したからといっても、特に変わることはないと高をくくっていたのが、とんだ勘違いだと、しばらくしてから、ミカエルは気づくことになった。
“父上が、それでも疲れがひどい、と言っていたのも分かるよ。”とあらためて思ったものだった。
全ての案件がダイレクトに彼にくるし、自分が判断を下すというのは、考えていた以上にかなりの重圧だった。何のかんのと言いながら、最後は父国王が判断するから、ということで自分は気楽だった、と思い当たった。
長い隣国との戦争が終わり、数年がたったが、財政難は、相変わらずである。完全に国政を放り投げた父を恨まないわけではなかったが、その戦争を反対の嵐の中で何とか終わらせて、平和条約を締結するまで頑張ってくれたことには感謝していたし、父の気持ちもわかるような気もする今日この頃だったし、譲位前までよりずっと顔色もよく、快活になっている父親の姿をホットして見られるようにもなっていた。。"父上の気持ちもわかるよ。"
問題は財政難だけではなかった。商工鉱農業、諸産業、交通通信、技術の発達は、新興市民の台頭というだけでなく、それに乗る貴族や農民とそうでない者達との対立や共闘、新興市民間での対立も激しくさせ、これに加えて自由と平等、権利を求める社会の動き、これもまた複雑な形で展開していた。それに対して、王家、というより王国政府は、少なくとも、ここ三代、ミカエルも含めて、にわたって、前向きな、一応進歩的な方向で、微温的ながら一環として進めてきた。
それには、保守的な貴族階級、逆の急進的な進歩主義者、新興市民、その左右とは別に小規模化な自作農、小作農、小規模化手工業者、既存のギルド…から激しい反発、抵抗にあっていたのだ。
対立する議会での対応、かなりの部分は首相、大臣、行政官に任せるけれども、国王も出なければならないことも多いから、疲れることは多い。
公開食事、訴えに耳を傾ける、閣議、諮問会議、地方視察、外国使節・大使達の拝謁、多くのイベントへの出席等々休む暇なく政務をこなしているが、それが順調ならよいが、上手くいくことの方が少ないと徒労感、失望感で疲労がたまってしまう。アナフィエラ、彼の妻である王妃の元に戻って来る時が、彼の唯一の癒しの時間だった。
「相変わらずですね、陛下は。」
と言ったのは、国王とラミエルの共通の友人であるミシャ伯爵家ドラ達だった。彼らから見ると、羨ましい限り、彼は純情だった。だから、冷酷に自分、王国のために切ること、割りきることができないのだ。
"実際、簡単にそんな事は出来ないからな。"とも、ドラは思った。少し前にミシャ伯爵家を継いだ彼は、世の趨勢はわかるし、そのために領地経営などもそれに合わせて改めてきたし、王国政府の微温的改革を積極的に容認はしてきたが、高位貴族であることの既得権を守らざるを得ない立場でもあり、実際できるだけ守りたいと思っているし、そのように行動してきた、政府の微温的な改革に抵抗し、譲歩を勝ち得たことは一度や二度ではない。ミカエルに悪いな、と心の底では思いながらも。同じように自分の家を継いでいるマリウスやアンだが、彼らもまた、立場は微妙だった。同じ伯爵家とはいえはるかに小さいことと彼自身の性格、彼が軍人として順調に昇進していることもあり、マリウスは、世の趨勢に家をより合わせる方向により進んでいる。だから、あまり既得権を守ろうとする勢力とは関係していない。法服貴族であり、もともと商人、起業家である家のアンは、よくその性格を受け継いでいるから、世の趨勢には肯定的であり、改革派、進歩派と深く交流している。その二人でも、身分、財産制限のある現在の議会から、普通選挙制の議会の設立を目指すという主張には反対であった。
その色々な立場が複雑に対立、これがまだ"姦しい"段階だからいいが、苦労する国王ミカエルの苦悩をよそに、ベリアル公の声望は何故かあらゆる勢力で高まっている。
"行動力への期待からだけど。"
"俺たちも、頼もしさを感じるからな。"
"何でもできそうなお方だから・・・。"
と思う3人だったが、
"もう既に敵になってしまったしな。"
"ラミエルの一味だと思われているだろうな。"
"セーレ大公を選んでしまったんだよな、いつの間にか。"
とも思っていた。敵としての目で見ると、彼の声望の半ばは、彼の巧な宣伝によるものだと見えるようになっていたのだが。
アナフィエラは、
「私は陛下のご苦労を誰よりも知っていますから。」
とミカエルを慰め、癒し、愛することで彼を支えようとし、彼の周囲の者達には、彼が常に評価していると告げて安心させ、質素ながら、品の良いサロンを頻繁に開きながら、市民の思想家、芸術家、技術者から保守派貴族、宗教関係者も招き、よく耳を傾けて、二人に好印象を与えようと奮闘もしていた。常に絶やさない微笑みの下で、"この女、ぺリアル大公の手の者ね。"と厳しく選別することもしていた。その情報は、頻繁に義姉ラグエラへ手紙で知らせていた。
「ぺリアル大公は、陛下とお義姉様夫妻を陥れるつもりだわ。」
と確信していた、素知らぬ振りをして、その笑顔の下で。そのことを、その、選別された男女達は知るよしはなかった。
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