電子戦争

Self Secret

第1話



ピー…ピー…という機械音が聞こえる。

その警告音は、私の心にじっとりと染みていく。

金属製の床の、人工的な冷たさ。

そしてその上にある人の熱さ。

「どれを…どれを外すべきだ…?」

暗い部屋の中私は目の前の青、赤、黄と色が変わり続けるモニターと光る無数の黒い塊を見ながらそう呟いた。

「所長、どうしましょう!?」

後ろで職員が叫ぶ。

「少し待ってろ、考えるから。」

私は叫び返す。

ここは某国首都、総合コンピュータ管理所。

この国のあらゆるコンピュータはここで管理されている。

その所長である私は朝から深刻な問題にぶつかっていた。

「今日午前6時に隣国に宣戦布告するから防衛用コンピュータを起動しておくように」という旨の通達が、今朝の3時に内閣府から来たのだ。

防衛用コンピュータは、つい先日内閣府からこちらに渡されたばかりの戦闘用コンピュータで、データ登録が済んでいない。

朝3時である。

大半の職員はスヤスヤと寝ていて、昼夜逆転しているから唯一起きていて作業していた火風がそれを発見した。

そして彼の絶叫が目覚ましとなって我々職員は数十分前にコンピュータルームに集まったところだった。

「何でもっと前に通告しないんだよ!」と副所長の水嶋が叫んでいたが、意味がない。

特別所員の風見根は沈黙したまま何かを考えていた。

彼の表情が少し気になったが、そんなことは一瞬でどうでも良くなった。

政府高官達はコンピュータの起動などボタンをポチッと押すだけでいいとでも思っているのだろう。

だが、違う。全てのコンピュータを統括し、演算やその他処理を担当する中央コンピュータの容量はもう一杯なのだ。

つまり、今まで起動していたコンピュータをどれかをオフにしなければいけない。

しかし、中央コンピュータに入っているコンピュータは全てこの国の運用に必須なコンピュータばかり。どれをオフにしても人々の生活に支障が出るものなのだ。

しかも悲劇はこれでは終わらない。

その会議をやろうと思ったら、中央コンピュータが不正アクセスを検知して鳴り始めた。

調べると隣国からのハッキングだった。

私は絶望のあまり吐きそうになった。

とにかく総力を上げてハッキングを防がなければいけない。

もし中央コンピュータをハッキングされ、破壊されたらこの国の全員が死ぬからだ。

(何で…何でこんなことに…)

私は悶々と考える。

私たちは頼りすぎてしまったようだ。このコンピュータ、そしてインターネットというもはや一種の知的生命体に。

非常に便利なものだ。何でも検索できる。本も読める。動画も見れる。音楽も、ゲームも、通話も…。まるで人類の文明の集大成のようだ。

だが、負の側面を見るとどうだ。

電気がなくなれば動かない。個人情報流出や窃盗など犯罪の温床になる。一定の技術があれば赤の他人も見ることができる。そして壊せる。

国の根幹を、数億の命を任せるには欠点が多すぎるような気がする。

だが、そんなことを考えている暇は無い。

朝っぱらから必死にパソコンのキーボードを連打して、パッチを適用したり、機密データをサブコンピュータに移したりで息を吐く暇もない。

そんな中、どのコンピュータをオフにしたら良いかを全員が考えている。

私は自動ワゴンが運んできたコーヒーを一瞬で飲み干した。

一度内閣府に判断を伺おうかと思ったが、やめた。

どうせ自分の命さえ守れればいいと思っている連中だ。

時間の浪費になるだけで、大して期待できない。

…そもそも、戦争なんてする必要があるのか?

隣国との戦争はおそらく領土、資源の問題だろう。

だが、今のところ両国で共同統治という形でうまく収まっている。

今のままでも構わないだろうに、欲を出したせいでいくつもの人命が失われてしまう…

と考えて、私は自分の頬を叩いた。

(しっかりしろ!宣戦布告まであと10分。宣戦布告したらすぐに攻撃が飛んでくるぞ!余計なことを考えるな!この国の国民の命を守っているコンピュータを指揮するのは誰だ!?私だろ!?)

私は中央コンピュータに接続されているコンピュータを全て確認した。

「電気系統制御コンピュータ、オフにできない。

防災コンピュータ、ダメだ。

医療コンピュータ、絶対に消せない。

海流、気流制御コンピュータも消せないだろ?

機械制御コンピュータ…消してもいいか?」

私は所員に提案する。

「ダメです所長!機械制御コンピュータをオフにすると各地の工場や医療用機械が暴走して動かなくなってしまいます!」

水嶋が反論する。風見根も頷く。

「じゃあ、何をオフにすればいいんだよ!?」

私は半分怒りながら言った。

早く、早く…と気ばかりが焦る。汗がほおを伝う。責任感が私の一挙手一投足を重くする。

宣戦布告まであと数分。攻撃が来ればここも無事では済まない。

「地方の通信制御コンピュータと、交通制御コンピュータを切断しましょう!」

水嶋がいう。

「しかし…いや、やむを得ないな。」

1人を除く全所員が頷いた。

頷かなかったのは風見根だけだった。彼は何やらコンピュータを弄り始めた。

それなら地方と中央との通信、交通ができなくなるだけで、そこまで支障は出ないだろう。水道、電気、ガスは通っているのだ。地方の人々は不便で気の毒だが、やむを得ない。ふと、私の妻と子も地方に住んでいることが気に掛かった。だが何とか我慢してもらうしかない。

私は地方通信制御コンピュータ、地方交通制御コンピュータを切断した。

ブツっという音と共に、ディスプレイが一瞬真っ暗になり、二つの大きな黒いハコは沈黙した。

そして私はすぐに防衛コンピュータを中央コンピュータに接続した。

キイイン…という音がして、防衛コンピュータの作動を確認する。

正常に作動してくれたらしい。

私達は束の間の休息を取ることができた。

ふう、と息を吐く。

その時、「ドドドドドドドドドド」という凄まじい音がした。

外を見ると、青い空に白い煙がいくつも浮かんでいる。

やがて、ニュースが流れた。

「緊急ニュースです。某国政府は、隣国政府に対し本日午前6時、宣戦布告を行いました。

これに対し、隣国は非常事態宣言を行い、某国全土へ数百発のミサイルを発射しましたが、我が国の防衛システムにより少なくとも都市部への影響は全くありませんでした。

また、原因不明の障害により地方と中央との通信及び交通が全て断たれており、これを政府は敵国によるハッキングとして対応中です…。よって地方の様子を見ることは現在出来ません…。」

私達はほっと胸を撫で下ろした。

何とかこの国を守れたのだ。

目の前に広がる青い空。ああ、綺麗だ。

私は少し寝ようと思って、部屋を出た。

その時だった。

「…あの、所長。」

防衛コンピュータを弄っていた風見根が私に話しかけた。

「何だ?」

「…おかしいです。」

「何が?」

「防衛コンピュータを入れるための必要データが軽すぎます。」

「何?十分重いだろ?」

「いえ…本来この国全ての防衛システムを発動させるにはあの4倍の重さになるはずです。」

私はハッとした。全身が冷えていく。

しまった。何ということだ。私としたことが…思い込んでいた…

「まさか、あの防衛コンピュータには…」

「はい…今確認しました。都市部の防衛を担当する防衛機構のデータしか入っていませんでした。これでは、地方の人々は隣国の攻撃を直接的に食らってしまいます。」

私はすぐに防衛コンピュータのコネクタを引っこ抜いて、地方通信制御コンピュータを接続した。

キイイン…という音がして、コンピュータが起動する。

私は直ちに妻に電話をかけた。

が、誰も出なかった。

沈黙が続く電話を、私はずっと持っていた。

「防衛コンピュータを接続した時点で、きっとこうなることは決まっていたんだろう。

内閣府も、それを見越していたんだろうな。」

彼は先ほどまで光っていた、今は暗く沈黙している真っ黒な物体を眺めながらそう呟いた。


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