第十二譚 純白彩加の魔勇譚

第352話 彼女の遺す色

 私は何のために生まれてきたのか。


 彼と出会うまで、そんなことを考えることすらなかった。


 私は何のために生まれてきたのか。


 みんなを守るためだって、昔の私なら簡単に答えられた。


 私は何のために生まれてきたのか。


 彼と出会うためだって、少し前の私なら答えたかもしれない。


 私は何のために生まれてきたのか。


 今の私は、この問いに簡単に答えることができない。


 あたり前だ。


 だって簡単に答えられるモノじゃないんだから。


 簡単に答えることができちゃ、いけないモノなんだから。



 私が守りたかったキャンバス村の人たち。お父さん、お母さん、おじさん、おばさん、ラルク兄さん。


 私が守れなくても、誰かが守ってくれたクレア、リン、オルフェ、サイール、ルカ、ロイ、ミリア。


 守りたくても、守れなくても、ここにいる私は彼らと一緒に築いた時間で形作られている。


 あの確かな幸せがあったから、燃えるようにここまで駆け抜けてこれた。



 私をずっと守ってくれていたアミスアテナ。


 誰かがやらなきゃいけない役を私に押し付けたと、ずっと悔やみながらも側にいてくれた。私のお母さんでお姉さんで、ずっと変わらない親友。


 私のために席をひとつ空けてくれた、優しい共犯者。



 私と一緒にみんなを守ってくれた人たち。


 エミルさん、シロナ、リノン。どうしようもなく世間から外れた人たちで、どうしようもない私をずっと支えてくれた。


 勇者イリア・キャンバスにとっての、最高の仲間。



 生まれて、旅をして、たくさんの出会いがあった。


 真っ白な私に、たくさんの色が付いた。


 その中でもひと際目立つ色がひとつ。



 黒。



 粗雑に塗りたくるような黒じゃない。


 繊細で、遠慮がちで、だけど力強い。


 真っ白な私に、貴方が綺麗なラインを引いてくれた。


 美しい輪郭を、涙するような柔らかい曲線を、胸が裂けるような鋭い直線を。


 貴方が、私に絵を描いていく。


 優しく、暖かな色を増やしていく。


 だから、私の答えはこれでいい。


 私は何のために生まれてきたのか。



 きっと私は、一枚の絵になるために生まれてきたんだ。



 鮮烈で、心を駆け抜けるように。


 純朴で、見た人の足を止めるような。


 どこにでもある、誰かが心を尽くした一枚の絵になるために。



 うん、だから頑張らなきゃ。


 いつまでも描きつづけていたら完成しない。


 いつまでも筆を握っていたら、終わらない。



 綺麗に、これで終わったって胸を張るために。



 ずっとあの人の、みんなの心の中に残る一枚であるために。



 私は、イリア・キャンバスは、世界に最期の色をのこすんだ。

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