第342話 無毀なる巨王アーデン・グラクシア②

「グハハハハハハ! 何度やっても無駄なのである虫けらども。俺様の硬貴こうきなる肉体にお前たちの攻撃など通らんわ。ガハハハ、かゆくすらないのである」

 無毀なる巨王アーデン・グラクシアの哄笑があたり一帯に響き渡る。

 先ほどからエミルとシロナが幾度となくアーデンに攻撃を仕掛けているが、彼にはまったく効いた様子はなかった。


「まさかとは思ったけど二人がこれだけ攻め込んで無傷なんて、本当に彼が言う世界最高の硬度と強度ってやつは嘘じゃないらしいね。それにしたってあの魔神さえも彼に傷つけられなかったなんて頭の痛い話だ」

 エミルたちとアーデンの戦いを傍観、もとい分析していたリノンが苦笑いしながらつぶやく。


「リノンの頭が痛いのは結構だけど少しは対策とか思いつかないわけ? 本当にただ突っ立てるだけならコイツよりも先にアンタの方に魔法をぶちかますからね」

 巨王アーデンの周りを縦横無尽に飛び回り数えきれないほどの魔法を繰り出しながら、エミルは視界の端に見えるリノンへと喝を飛ばす。


「そう言われてもねエミルくん、僕だって困ってるのさ。何せ彼の言い分に何ひとつ虚偽がない。実はかすり傷くらいつきますっていうんだったら、そこを拡大解釈してキミたちの攻撃が通るくらいはしてあげるさ。だけどね、どうやらこのアーデン・グラクシアには本当に一切の傷がつけられない。それじゃ僕の焦点化リアル・フォーカスも役に立たないのさ」

 まさにお手上げと、リノンが両手を挙げてうなだれる。


「む、リノンがそこまで言うとは困った話であるが、そもそもが矛盾しているでござる。もしそうであったのなら、なぜこの巨王どのは魔神どのに敗北したのか?」

 エミルと同様に高速の移動を繰り返しながらアーデンを斬りつけるシロナが根本的な矛盾を指摘した。


「なんと、こたびの虫は俺様の敗北のメモリアルが知りたいのか? ううむ、どうしたものか。輝かしい我が戦歴を一から語るのもやぶさかではないが、あの小娘に負けたくだりはどうもなぁ」

 シロナの発言が聞こえたのか、巨王アーデンは腕組みしながら考えこむように首をひねる。


「そこをどうにか教えてくれないかな巨王アーデン・グラクシア。偉大なる王、三大魔王の中でもひときわ輝く絶対の男たるキミの話はたとえ敗北であろうとも後世に語り継ぐ価値があるとも」

 話をするかどうか迷っているアーデンに、リノンはここぞとばかりに美辞麗句を並べ立ててあからさまに彼の機嫌をとりにいく。


「おう、おおう。三大魔王の中でも俺様が一番だと? わかっているではないか! そこなるミジンコは虫の中でも見どころのある虫と見た。よかろう気分が良い、魔神に一度は負けた記憶とはいえこれから勝てばよいだけの話だしな。そうだなしばし待て、今思い出す。え~とだな、俺様はあの時…………なんか負けたのだ」

 巨王アーデンが頭をうんうんと悩ませ、ひねり出した答えがそれだった。


「なんか負けた、とはどういうことでござろう巨王どの?」

 さすがのシロナも攻撃の手が止まり、アーデンへ普通に聞き返す。


「どういうことと言われても、気づいたら負けていたのだから仕方ないではないか。確かにあの魔神は俺様に一切の傷をつけられなかった、それは間違いない。だが、なぜか負けていた。俺様が圧勝していたはずなのだがなぜだったのか?」

 右に左に頭をひねらせながらアーデンは頑張って考えを巡らせる。


「ホント、なんの役にも立たない情報じゃん。とりあえずアンタの頭が足りなくて負けたのだけはよくわかったし」

 シロナと同じく攻撃の手を休めて大気の魔素を体内に吸い込んで魔力へと変換、補充していたエミルからも呆れた声が出る。


「なにぃ!? 言うにもことかいて俺様の頭が悪いとはどういことだこの虫娘。本当にどいつもこいつも、ファーヴニルといいグリモワールといい、俺様と顔を合わせるたびに馬鹿にしてきおって」

 だがエミルの発言が巨王アーデンにとっての逆鱗だったのか、先ほどまでご機嫌だった彼が突然怒り出す。


「ちょっとちょっとエミルくん、的確に相手の逆鱗を刺激しないでくれよ。今の会話だってそれなりの情報があったんだからさ。ダメージを負っていないのに敗北した、これはあの魔神アーシェが一般的な戦闘以外の方法で大魔王である彼に勝利する手段を持っていることを示している。逆を言えば通常の戦闘では本当に彼に傷をつけられないということ。そして気づいたら負けていた、これこそつまり………………彼は本当に頭が悪いんだね」

 これ以上ないほどのニッコリとした笑顔で、大賢者リノンは目の前の大魔王への評価をそう結論づけた。


「っ!!!!!!!!」

 リノンの言葉を聞いて、声にならぬ怒りの声をあげて憤死するのではないかというほどにアーデンは顔を真っ赤にさせる。


「きっちり狙って怒らせるのだから無自覚なエミルよりも数倍リノンの方が質が悪いでござる。だがこれで少しでもつけいる隙ができればよいが」

 シロナは淡い期待を抱きながらアーデンを見上げるが。


「コロス、コロス、殺すっ!! この虫けらどもっ!! ちょこまかと動くだけが貴様らの能なら、動く範囲全て叩き潰すまで。出でよ俺様の魔剣、スターグラクシア」

 巨王アーデンが天に掲げた両手に魔剣が顕現する。剣と呼ぶにはあまりにも無骨で、もはや斬ることすら叶わず叩き潰すだけしか機能をもたないような平たい刀身。ただ、それはあまりにも大きすぎた。


「あ、やばっ。あんなの振りぬかれたら回避どころの話じゃないじゃん」


「まったく、エミルくんも少しは反省したまえよ。相手を怒らせることがいつだってプラスになるとは限らないのだからね」


「どうしてリノンは人を怒らせることがそもそもプラスの発想になってるでござるか。少しは自分の人間関係を見直すといい」

 エミルたちは三者三様に言い合いながら、逃げるのを諦めて一カ所に集合する。


「ええい、ごちゃごちゃとうるさい! もろともに潰れるがいいのだ!!」

 無毀なる巨王アーデン・グラクシアは自身の眼前にいるエミルたち、とはいっても周囲数百メートルを含む広範囲にむけて彼の魔剣をハエたたきのように叩きつけた。

 あまたの木々が砕け、圧壊される音が幾重にも重なって響きわたる。


「ふうっ、これで虫に悩まされることはなくなったのである」

 アーデンは不愉快の元凶がつぶれる手ごたえをを感じ、少しずつ溜飲が下がるのを自覚する。


 だが、

「ほら言ったろ、僕から離れるなって。今回こそは僕の有用性をキミたちにも理解してもらえたと思うね」

「拙者たちはリノンが有能であることは前々から知っているでござるよ」

「ホントね、だけどそれ以上に癇に障ることが多いからあまり頼りたくないだけ。……でも今回は確かに、ありがとリノン」

 魔剣スターグラクシアの向こうから、叩き潰されたはずのエミルたちの会話が当然のように聞こえてくる。


「なんと!? まだ生きていたのかしぶとい虫め、ならば何度でも潰してくれるわ!」

 エミルたちがまだ健在であることを知り、アーデンは再び大きく魔剣を振りかぶった。


「あいにく、アタシたちも同じのを何度も喰らうほどアホじゃないっての。シロナっ」


「あいわかった、エミル任せたでござる」

 阿吽の呼吸でシロナは自身の双刀に乗ったエミルを弾丸のように弾き飛ばす。

 狙った先は振りかぶりの頂点にある魔剣の先端。


「“風纏ふうてん”“武蓮金剛ぶれんこんごう”、別に速く硬くってのはアンタだけの取柄じゃないっての」

 自身を、極限までに加速した弾丸と化したエミルは一切減速することなくアーデンの魔剣の先に激突する。


「なにっ、うおっ!?」

 振りかぶりのエネルギーを振り下ろしに変換する直前にさらなる振り上げの力を加えられたことで、アーデンはその巨体ごと後ろに倒れて無様に尻もちをつき、その余波で彼の後方にあった森の木々が無残にも破壊されていった。


「なるほど、いわゆる合気ってやつだね。相手の力、相手の質量すら利用する合理性を極めた技。これほどの規模でやってのけるのはさすがエミルくんと言わざるを得ないけど」


「お褒めの言葉ありがとリノン、でもさ今のも全然ダメージになってない。正直このままだと……」

 アーデンを見事に転倒させたエミルはそのまま風の魔法を使って上空に浮遊を続けている。


「ああ、エミルくんの考えが正しいよ。僕らは幸いなことにこのアーデン・グラクシアを相手に負けないことは可能だ。だけどね、」


「勝ち筋が、まったく見えないでござるな」


「その通りだねシロナ。魔神すら傷ひとつつけられなかった彼を相手に勝利するビジョンがまったく見えてこない。僕らではアーデン・グラクシアの存在全てを取り込んで無力化するなんてことはできないからね」


「ぐぬぬ、なんだかよくわからぬが、今さらながら俺様の偉大さに気づいたのか虫けらども」


「そんなわけないじゃんデクノボウ。アンタくらいアタシたちが揃ってれば時間をかけていくらでも料理できる。でもさ、にはそんな時間ないんだよ。きっとイリアは命を削って魔神と戦ってる。たとえ何ひとつ自分に返ってくるモノがなかったとしてもあの子は必ずそうする」

 風に吹かれながら、エミルはここにはいない大切な誰かを想う。


「人の生き死になんて風の流れと一緒、意味なんてないし意味を求めてもしょうがない。でもね、でもさ、あの子はアタシたちの仲間だから。何の意味もない終わり方だけは絶対にさせない」

 決意のこもったエミルの言葉とともに、彼女自身の肉体、魔奏紋が灼銀に輝きだす。


「オーバー・イグジスト。問答無用の自己存在強化魔法、アタシは納得のいかない結末なんて絶対にイヤだから、命も、未来も、自分自身の存在全部を懸けて、アンタを今ここで倒す」


「ちょっと待つんだエミル君。その魔法はもう使うなって言ったじゃないか。この前は運よく魔奏紋の一部の破損で済んだけど、今回はそれじゃすまないかもしれない。キミは、もう二度と戦えなくなるかもしれないよ!」

 リノンの焦る声が空に向かって響く。エミルにとって戦えなくなることは鳥が翼をもぎ取られることと同じ、それを理解しているがゆえのリノンの焦燥だった。


「うん、そうかもね。でもそうしないと切り開けない未来なら、アタシはいつだってそうするよ」

 一切の迷いなくエミルはまだ転倒から立ち上がれないでいるアーデンの腹部へと降り立つ。


「ぐぬぬぬ、不敬にも我が腹を足場にするとは。何をしたところで無駄だというのに」


「無駄かどうかはアタシが決める。地面を背中にしてる今じゃ、力の逃げ場所だってないでしょ」

 エミルは拳を静かにアーデンの硬く、堅固な肉体へと当てた。

 そして全体重と全魔力を拳の先、アーデンの硬質な肌のさらに奥へと集中させる。


「“震腕”」

 彼女がつぶやいたと同時にアーデンの肉体の内側で激しい炸裂音が反響した。


「ぐおっ、ぐおおおお、なんだこれは、痛い、痛い、痛いぞぉ!!」

 同時にアーデンが痛みに耐えかねて子供のようにのたうち回り始めた。

 その余波に巻き込まれぬようにエミルは再び風の魔法で飛び上がっている。


「いくら外側が硬くたって、衝撃だけなら内側にも伝えられる。アタシはこれからアンタを倒すまでこれを続ける。ギブアップなら早くしてね、こっちも後がつかえてるんだからさ」

 冷たい灼銀の瞳が、これから行われる一切の容赦ない暴力を予告していた。

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