第341話 勇者&魔王VS魔神①
不協世界ディスコルドにて朱銀と黒銀、二つの色が何度もぶつかり合って光が明滅する。
「本当に不思議な存在だな、無音の乙女。我の攻撃を防ぐ波動に我の身体に傷をつける剣。これが、痛みか。なんとも鮮烈だぞっ!」
魔神アーシェは不敵に笑いながらイリアの聖剣によって打ち付けられた箇所を見るとそこにはほんの微かな傷ができていた。だがそれも次の瞬間には塞がり始める。
「はぁ、はぁ。これでも、勇者ですから」
対するイリアは肩で息をしながら答える。本来であれば魔族への聖剣の一撃は致命的なもの、しかし魔神であるアーシェにはまともなダメージにすらなっていないことがイリアの精神力を削っていた。
「前に、アゼルと戦った時よりもひどい。全然聖剣が通らない」
息を上げながらイリアはひとり呟く。
「そこのカスと比べるな乙女よ。魔王を名乗るだけの男と魔神たる我、魔素の生成量、密度からしてそもそも生まれ持ったものが違うのだ」
イリアの言葉が聞こえていたのか、魔神アーシェはアゼルへと侮蔑するような視線を送る。
「そんなことないっ! アゼルは、アゼルはもっと凄いんだから。貴女なんかがわかったようなこと言わないでっ。
彼女の叫びとともに現れた赤く濡れた純白の衣をイリアが纏う。
同時にアーシェの振るった五指から生じた五つの魔爪がイリアを襲うが、血濡れの衣を身にまとうイリアには一切の傷がつかない。
イリアは絶対防御礼装である白き衣レーネス・ヴァイスを聖剣アミスアテナと同様に鮮血化させ、魔神すら傷つけえぬ防御性を引き出していた。
「綺麗で、そして哀しいな勇者よ。残り少ない命をさらに削ってまで我に迫るか」
「憐れみは、結構です。貴女を倒すまで、私は倒れるわけにはいきませんから」
大量の血液を使用して蒼白になりつつある顔で、イリアは毅然と魔神と向き合う。
「理解できぬな。自身を懸けてまで戦う価値が、そこの男にも、有象無象がはびこる世界にもあるとは思わんが。無音の貴様だけであれば我が眠りにも妨げにならんゆえ、別に見逃しても構わんぞ?」
魔神アーシェが見せたイリアへの慈悲とも敬意とともとれる譲歩を、
「みんなを守るために、私は生まれてきました。そして大切な誰かを守りたくて、私は今を生きています。その二つが同じモノである今、私は命を懸けて戦うことになんのためらいもありません」
イリアは迷うことなく正面から断った。
その言葉を聞いていたのは、無論魔神だけではない。
「だから、お前はいつも
魔神を前に啖呵を切るイリアの隣にアゼルが舞い立つ。
その両手には二振りの魔剣。アゼル自身の魔剣シグムントと、彼の父アグニカの魔剣シグルド、その二つが臨界に達して解放を今や遅しと待っている。
「俺自身の力が拙いってんなら上乗せするまでだよクソ魔神! アルス・ノワール・ツヴァイ!!」
アゼルが眼前でクロスさせるように振るった双剣から、極限までに圧縮された魔素の奔流が螺旋を描きながら魔神アーシェに直撃する。
「ほお、確かに先ほどよりは密度が増したな。だがそれでどうした、結局のところ魔素を介した攻撃が我に通じるはずもないだろう」
アゼルから放たれた奥義を、アーシェは苦もなく片手で打ち払う。
しかし、その時にはすでにアゼルの姿は彼女の視界から消えていた。
「??」
「そうだよな、自分が強いからって他人を弱いと決めつけるから油断するんだよな魔神アーシェ。俺も、イリアたちに会うまではそうだったからよくわかるぜ。
いつの間にかアーシェの背後に移動していたアゼルが二振りの魔剣をもっての3連切りを彼女にあびせかける。それは間違いなく人形剣士シロナの技だった。
「かはっ! なんだ、何をした貴様」
背中からの連撃に驚きと
「何って純粋な剣技だよ。見様見真似だがな、超一流の技を何度もこの身で受けたんだ、嫌でも覚えるさ。技術を向上させる必要のなかったお前に、見切れるほどヤワな技じゃねえぞっ」
「技術、なんだそれは? 弱者ならおとなしく頭を低くして生きていろ。強者のフリをしてわざわざ死ににくることもなかろう」
アーシェは振り向きざまに先ほどイリアに放った五爪の斬撃をアゼルへと打ち込む。
だが、
「ただ強い力を押し付けるだけが強さじゃねえってことだよ。考えて、工夫して、届かないはずの場所に足を踏み込んで手を伸ばす、そういう強さもあるって、俺は知ってるからなっ。葵八連!!」
アゼルは命すら刈り取られそうな五つの斬爪を八連撃のうちの五連で打ち払い、残る三連で再びアーシェの肉体を切りつけた。
「また、うっとうしい! 何故だ、お前程度の力でどうして我の攻撃を打ち払える?」
魔神アーシェが抱いた困惑。明らかな出力差があるアゼルとアーシェの攻撃が、何故こうも拮抗するのか。
「言っただろ、考えて工夫するって。ただ魔素を集めて敵に放つだけが俺の、俺と親父の魔剣の力じゃねえってことだよ!」
アゼルは手にする二振りの魔剣に魔素を収束、加速させ、それを相手とは
「俺の技量じゃ鍛錬を重ねてきたシロナの剣技には遠く及ばねえ、だったら俺だけにしかできないことを加えて足りない部分を補うまでだよっ、
魔神アーシェに肉薄して放たれた幾重にも重なるアゼルの斬撃。
シロナの極技である錬心万虹を模したものの本家の美しい虹色の斬光には程遠い鈍色の重撃。
だがアゼルは無尽ともいえる魔素と体力を担保にアーシェに息をつかせる暇もないほどの連撃を続けていく。
「ち、貴様、いい加減に、くっ」
痛みにもならない痛みの蓄積に、ただ苛立ちだけをつのらせる魔神。
相手の挙動に自由を許せば致命的な反撃が来るとわかっているアゼルは決して手を緩めることなく、際限のない重い斬撃を繰り返し続ける。
そこに、
「アゼル、避けて!」
十分に力を溜める時間をもらったイリアからの掛け声が響く。
「頼んだぞ、イリア」
アゼルはイリアの声に応えるように両手の魔剣を逆噴射させて瞬く間に魔神アーシェから距離を取っていた。
「うん、絶対に外さないから。
イリアが振りぬいた聖剣から放たれる朱銀の極光。
魔神アーシェの黒星すら打ち砕いたそれが、無防備な彼女に向けて直撃する。
「ぐぁあああああ!!」
イリアたちが初めて聞く魔神アーシェの悲鳴。
魔素で構成された彼女の肉体を無垢結晶から生み出された波動が浄化していく。
アーシェはイリアの
「ナイスだイリア。あの威力、間違って俺に当たってたら死んでたな」
イリアの放った極技を目の当たりにしてアゼルの顔に冷や汗が流れる。
「だからちゃんと声をかけたでしょ。アゼルに死なれたら、私が困るんだからね」
そんなアゼルの反応が気に入らなかったのか、イリアは少しむくれたように彼に肩をぶつける。
「わかってる、お前へのプレゼントもまだだしな。……それに、」
「……うん、このくらいで倒れてくれるなら、アゼルのお父さんは苦労してないよね」
イリアとアゼル、二人は当然のように立ち上がった魔神へと視線を向ける。
その肉体は既に損傷箇所など見当たらないほどの再生が終わっていた。
「俺の五倍、いや十倍の回復速度だな」
「もっと高い威力で攻め切らなきゃダメってことだよね。でも私だけじゃ今の威力で精一杯、やっぱりエミルさんたちの合流を待つしかないのかな」
「そう、だな。だができることを重ねるしかない。イリア、長期戦になるかもしれん。さっきの技はもうあまり打つなよ」
「…………うん」
「痛みに次いで、瞬間的とはいえ肉体の不自由さも味わうとは、今日は本当に驚きと新鮮さに満ちあふれているな。先ほどの貴様たちの演目、なかなかに悪くなかった。良い、次を聴かせるがいい楽士ども。間違っても命を出し惜しみなどしないようにな、聞くに堪えない駄音になった瞬間がお前たちの終幕だ」
魔神アーシェの赤雷の瞳が煌めき、彼女から生み出される莫大な魔素がさらに勢いを増して周囲に広がっていく。本来であれば高濃度の魔素に耐性があるはずのディスコルドの木々すら、彼女の魔素にあてられて枯れ果てていった。
「今からが本番かよ、ふざけやがって。……頼む、誰でもいい。早くここに戻ってきてくれ」
より一層の脅威を増した魔神アーシェを前に、アゼルは無意識の内にその心を吐露していた。
それほどまでに絶望的な力の差が彼女とアゼルの間にあり、それ以上に、イリアの時間が残り少ないことを彼は肌で感じ取ってしまったからこそ。
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