第340話 魔天統べし邪王グリモワール・ペンテレジア①
魔天統べし邪王グリモワール・ペンテレジア①
「クソッ、さっきのはなんだ!? アルト、いるか!?」
「安心するのじゃルシア、妾はここにいる。…………いえ、私しかいないと言った方が正解かもね」
他の仲間たちと同様にルシアとアルトの二人もディスコルドの大地のどことも知れぬ場所に飛ばされていた。この場にルシアしかいないことでアルトの言葉遣いも素の口調に戻る。
「他の連中はどこに行った?」
「さあ、それにどこかに飛ばされたのは私たちの方みたい。さっきの魔神はもういないし、それに────」
「余が、ここにおるからな」
アルトの言葉を継いで、空高くから男の声が響く。
「誰だテメェ!?」
ルシアが見上げた先には黒衣のマントをたなびかせる長身の男がいた。
「なんだそこの小僧は狂犬か? まあいい、余は魔天統べし邪王グリモワール・ペンテレジア。この世界ディスコルドの真なる支配者である」
両腕を広げ、天に座すその姿は確かに支配する者の名にふさわしい確かな風格を醸し出していた。
「グリモワール、かつての三大魔王の一人と同じ名じゃな。三大魔王は皆あの魔神に殺されたのではなかったのか?」
ルシア以外の人物が現れたことでアルトの口調もまた変化する。しかし、
「ふむ、まずは身の丈にあった言葉を話すがいい娘。自身の力不足を虚飾で隠すのも結構だが、真に力ある者の前で自らを大きく偽るのはただただ滑稽でしかない」
グリモワール・ペンテレジアは力ある声でアルトの在り方を看破し、否定する。
「……あらそう、随分なことを言ってくれるわね邪王グリモワール。ならわかりました、私も等身大のアルト・ヴァーミリオンとして貴方と向き合いましょう。それで、さっきの質問には答えてくれるのかしら?」
アルトはスカートの両端を持ち上げ、礼儀正しく一礼する。もちろん一切の敵意を隠そうともせずに。
「殊勝な心がけだ、なおも自らを偽るようなら思わず殺していた。さて、娘の問いはなんだったか。ああ、我らが殺されのかどうかだな、それは真でもあり、偽でもある」
「わけのわからねえことを言うな。死んでいたならオレたちの目の前にいるわけがないだろうが!」
「うるさいな狂犬、だがお前の言葉は本質をついているので今は不問とする。そうなのだ、余たちは事実上死んでいた、だが実際にはお前たちの前にこうして現れている。この矛盾こそが余にとってもっとも憂慮すべきこと」
邪王グリモワールは人差し指を額に当てて真剣に悩みこむように眉間にしわをよせる。
「魔神に殺されたはずなのに生きている、いえ違うわ。殺しきれなかったからこそ、一時的に取り込んでいた精神と肉体を吐き出した。持て余していた力を今こうやって再利用しているのね」
一度魔神アーシェと相対し、そして邪王グリモワールと対峙した今、アルトは散らばったパズルのピースを組み合わせるようにしてもっともらしい仮説へと辿り着く。
「ふむ、脆弱な力しか持たぬわりに理解が早いな娘。余もちょうどそこに思い至っていたところだ。あの魔神、アーシェ・アートグラフはついぞ余を殺しきることができなかった。ただし余そのものを取り込み、保管することで完全に封殺していた。こんなところであろう」
「だったらその三大魔王ってのが生き返ったってことじゃねえのか? 他にも二人いるんだろ」
そう口にしつつも邪王グリモワールへの警戒を続けるルシアは自然アルトの前に移動している。
「ああ、確かにあの愚物二人の魔素の波動を感じる。だが、残念なことに我らが生き返ったというのは正確ではないな。余の心臓ともいうべき魔素炉心、コアを胸の内に感じない」
心底残念そうにグリモワールは自身の左胸に手を当てる。
「は? なんで心臓がないのに平気な顔して喋ってんだよテメェ」
「可能よルシア、貴方と初めて会った時のお父様も聖剣の中に魂を封印された状態で普通に戦ってた。魔王ともなれば疑似的に魔素炉心を作りだすこともできる。私は、できないけどね」
自分の力不足に歯噛みしながらも、アルトは正確に状況を理解し始めていた。
「その通りだ娘。とはいえだ、それでは本来の10分の1の力も出せぬがな。まあ結論から言えば今の余は不完全な復活を遂げているといったところ。一応だが礼を告げておこう、貴様たちのおかげで余の思考も捗った」
グリモワールは額に当てた人差し指を外しアルトたちに頭を下げる、ようなことはなく視線だけで彼なりの礼を告げていた。
「礼を言われる筋合いはねえ。こっちの話は終わってないんだからな。答えろ、オレたちがイリアたちのところに戻るにはどうしたらいい?」
「無意味な問いだな。なぜ無意味かといえば、お前たちがあの魔神のところに戻るには余を倒すしかないからだ」
グリモワールは呆れながらも、先ほどの礼とばかりに一応の答えを示す。
「だったら私たちの出す答えも一つよ。邪王グリモワール・ペンテレジア、貴方を打倒してイリアたちの元に戻るわ。今の貴方は本来の10分の1の力しか出せないみたいだけど、卑怯とは言わないわよね?」
「?? 驚きだな、そんな発想が出てくるとは予想していなかった。娘よ、お前は本当に魔族か? この余を前に逆転の目があると本気で思っているとでも?」
アルトの発言にグリモワールは本当に困惑した顔になる。
「さあわからない、だけどここで頑張らなきゃ色々と失っちゃうでしょ? 魔剣グラニア!」
自身の魔剣グラニアをアルトは顕現させていよいよ邪王と対峙する姿勢を見せる。
だが、
「わからないだと? ああそれがわからんな、かつては赤子であろうともこの世界の絶対のルールは理解していたものだ。『弱者は強者に勝てない』、その不変のことわりを。それに魔剣も魔城も同様だ、後天的に強者になろうと弱者のあがいた末の産物。お前のそれは他者を支配する魔剣だろう、だが実際はどうだ?」
グリモワールはアルトへ向けて無造作に手を振りおろす。
「きゃあ!」
するとアルトは地面に押し潰されるように強制的に這いつくばらさせれてしまう。
「お前の魔剣でできることなどこの通りだ。絶対の支配者たる余はお前たち凡夫のような魔剣も魔城も必要としない。ただ強者である、それだけであらゆる事象は再現可能となる」
ごく当たり前の事実を突き付けるように、真実つまらなさそうな顔でグリモワールは言った。
「アルト、さっさと起きろ! おいテメエ、すぐにアルトへの拘束を解きやがれ!」
ルシアはアルトに駆け寄りながらもすぐにふところから魔銃ブラックスミスを取り出して銃口をグリモワールへと向ける。
「まあ、待て。少し考え事をしていたところだ。ここでお前たちを殺してしまえば余は再びあの魔神へと取り込まれる。……ならばそこの娘」
「誰が、娘よ。いい加減に名前で呼びなさい。アルト・ヴァーミリオン、それが私の名だと言ったはず」
アルトは謎の力で地面に押さえつけられながらも、グリモワールをにらみつけるように顔をあげる。
「その気概、余の新しい心臓としては十分な活きの良さだ。さて、お互いに利のある提案だが、お前の肉体を余に捧げるがいいアルト・ヴァーミリオン。そうすれば余はあの魔神に屈することなく再び完全な復活を遂げることができる」
たったひとつしかない名案を告げるように邪王グリモワールは言った。
「ふざけた、提案ね。私にとっての、メリットが、ないじゃない」
「ん? それこそ理解できぬ。魔天統べし邪王たる余の心臓として生きるのだ、それ以上の褒美は存在せぬはずだが。ああ、誤解があったのなら訂正しよう。別にお前の心臓を引き抜くというわけではない。そんな脆弱なモノはいらぬしな」
そう余計なひと言を挟んで上でグリモワールは、
「アルト・ヴァーミリオン、お前の肉体ごと余の中に取り込むだけだ。ああ、無論手足は邪魔なので斬り落とすが」
一切の悪意なく、本当にそれが至言だというように平然と告げる。
「お、断り、よ。私、は、アンタみたい、な。いかにも、自分が正しいって、思ってる男が、一番嫌いなの!!」
屈辱から身を起こすようにアルトは立ち上がり、手にしていた魔剣グラニアで自身の手の甲を貫いた。
すると先ほどまでアルトを支配していた圧力が弱まり、彼女は再びグリモワールと対峙することが可能となる。
「ほう、これは面白い。魔剣の支配を自身に施して余から抗うか?」
「決めた、邪王グリモワール。貴方はここで絶対に殺す。私の目指す新しい世界に、アンタみたいなのはいらないんだから」
アルトはグリモワールを単なる障害ではなく、自身が排除すべき敵として認識した。
「どうやら余に本気で歯向かう気のようだな、それは困った。心臓の活きが良いのは結構だがなるべく傷はつけたくない。何せ二人とも殺してしまえば余が強制的に戻される。しかし強引に取り込んだ魔素炉心は正直役に立たん。別のことを考える心臓など邪魔なだけだからな」
ブツブツと呟きながらグリモワールは一人自分の考えを進めていく。まるでアルトの決意など取るに足らないものだと言わんとばかりに。
そして名案を思い付いたように顔をあげ、
「……では、そこの小僧を少しずつ刻むことにしよう。アルト・ヴァーミリオン、何故自身よりも弱い男を連れているかは知らんがそやつが大事なのだろう? 小僧の指の一本一本、手足の一つ一つを少しずつ削りとっていく。お前が余の心臓になりたくなったら教えて欲しい、その時は小僧の手足もカタチだけは元通りに戻してやる。まあ、そうなってからでは二度と動かんだろうが」
アルトに向けて最悪の提案をしてきた。
「ふざけるなよクソヤロウ! コイツをテメエにくれてやるわけがねえだろうが。オレの手足でいいならいくらでも落としてみろ! 代わりにお前の命を打ち砕いてやる」
ルシアをアルトにとっての弱みと決めたグリモワールの言葉が逆鱗に触れたのか、ルシアはかつてない形相でアルトを守るように彼の前に立つ。
その手には魔銃ブラックスミスと魔聖剣オルタグラム、そして賢王グシャから遺伝した青色の瞳がグリモワールの正確な力量を測る。
「うむ、そのくらいの気概がないと困る。なにせ簡単に死んでしまうからな。これほどまでに魔素の弱いモノを殺さずにいたぶるのは難しい、お前たちも素手で蟻の手足をもぐのは大変であろう?」
グリモワールはルシアの激昂を嬉しそうに両手を開く。
同時に彼の疑似的な魔素炉心が本格的に回り始めて周囲に莫大な魔素を撒き散らす。
その光景に、怒りが頂点に達したはずのルシアの額から汗が流れ落ちる。
それほどまでに、我を忘れた彼が思わず冷静になるほどにグリモワールからあふれ出す魔素は尋常ではなかった。
ルシアの蒼い瞳が残酷な事実を映し出す。
「これで本来の10分の1とかウソだろ? この男、あの
本当の絶望が、始まる。
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