第338話 無毀なる巨王アーデン・グラクシア①

 ディスコルドの大地、木々茂る森の中。


「ここは、どこでござるか? イリアたちや英雄どのが見当たらぬ」

 魔神アーシェ・アートグラフによって強制的に転移させられた場所でシロナが困惑していた。

 

「どこかは知らないけどアタシたちだけ飛ばされたって感じじゃない? まさかこんな簡単に戦力分散されるなんてね、リノンなにやってんのさ」

 シロナと同じ魔素の球体に入っていたエミルとリノンも同様に同じ場所へと転移させられており、エミルは冷静に自分たちのおかれた状況を分析する。


「僕に責任を問うかいエミルくん。まさか圧倒的に強さでまさる相手が突然からめ手を使うなんて思わないじゃないか。それにさっきも言ったけどこっちの世界じゃ僕は全知にはほど遠い、色々と後手に回るのは勘弁して欲しいな」

 リノンも今の状況は想定外であったのか、申し訳なさそうに苦笑いをしている。


「ま、リノンにグチってもしょうがないのはわかってるけどさ、どうやってイリアたちのとこに帰ろうかね。それに、このも偶然ここにいるわけじゃないだろうし」

 エミルは鬱陶しそうに空を見上げる。

 いや、正確には天を見上げなければ全容を把握できないほどに巨大なその男を見た。


「ん? 何やら先ほどから虫が騒いでいると思ったが、もしやコレが俺様の相手なのか? ふざけおってあの小娘。ディスコルドの至宝、無毀なる巨王アーデン・グラクシア様をこんな害虫駆除に駆り出すとは」

 男は本当に辟易へきえきした表情で足元にいるエミルたちを見て嘆息する。

 彼は巨漢という言葉どころか、巨木や山で大きさを表現した方が適切なほどとても大きな身体をしていた。


「おお、先日のアゼルの父君も大きかったが、この男はさらに巨大でござるな。もしかすると手を伸ばせば雲に手が届くのではないか?」

 巨王アーデンを名乗る男の大きさに、シロナは素直に驚いて感嘆の声をあげる。


「いやぁ、さすがにそこまではないだろうけど、それにしたって大きいね。そして状況的に考えるとどうやら彼が僕らに刺客らしい。ふむ、どうやら魔神アーシェは彼の転送に巻き込む形で僕らをここまで飛ばしたっぽいね」


「ああ、するとこのデカブツが転移のくさびになってるってわけ? じゃあコイツを倒せばまたイリアたちの所に戻れるんじゃない?」

 リノンの考察を受けて、エミルもすかさずに現状の解決策へと最速で辿り着く。


「誰がデカブツであるかこの虫娘。虫けらのような貴様たちにもわざわざ我が名を示してやったというのに、その不敬なる態度は。もう一度だけ言ってやろう、我が名はアーデン・グラクシア、このディスコルドに生まれ落ちたたった一つの至宝である」

 エミルの発言が気に障ったのか、巨大な男アーデンは再び自身の名前を告げると同時に満足そうに胸を張る。


「む、自らを至宝とは、なにやら随分と自己肯定感が高い様子。その1割でいいから拙者にも分けて欲しいでござるな」

 アーデンの尊大なる態度にシロナはあさっての方向ではあるが驚き感動していた。


「なんであれ自分に自信があるのはいいことさ。僕だって常日頃実践していることだしそれを否定したりはしないよ。そしてどうだろうアーデン・グラクシア。無毀なる巨王を名乗るキミはかの三大魔王に違いない。僕たちが敵対しているのは今のところ魔神アーシェ・アートグラフだけなんだ。話し合いで戦いを回避できると嬉しいのだけれど」

 巨大な男アーデン・グラクシアが会話可能であると確認したリノンは、すかさず交渉を試みる。


「ほうお前たち、あの魔神の小娘を相手取るとはなかなかの気概。だが残念であったな、俺様の前に敵として現れた以上はもう二度と魔神のところには辿り着くことはない。ガハハハッ」

 森の木々を揺らすようなアーデンの哄笑が響く。


「おや、話が通じなかったかな? 僕たちはキミ個人に敵対する意志はないと告げたつもりだったのだけどね」


「同じことである。あの小娘の命令があろうとなかろうと、俺様の前に現れた者は平伏するか叩き潰されるかの二択のみ。俺様を気軽に見上げて対等に話をしようとする貴様らに生きている価値などない。それとも今からでも態度で示してみるか? 地面に埋まるほどに頭を下げることができたのなら、俺様も慈悲を見せてやらんこともない」

 巨王アーデンは腕組みをしながら値踏みをするような視線でリノンたちの返答を待つ。


「なるほど、であれば拙者たちの答えは決まったでござるな」


「残念だけどそのようだねシロナ。なにせここにエミルくんがいる以上」


「いい態度じゃんデクノボウ。アタシもここに来てから気分が悪くてね、何かを殴り飛ばしてスッキリしたいとこだったんだ。こっちの答えも二択、アタシたちが潰れるか、アンタの顔面が潰れるかだ。さあ、やろうじゃん」

 エミルは先ほどまでの不機嫌そうな顔が嘘のように、活き活きとしたすごみのある笑顔で巨王アーデン・グラクシアを見上げた。


「俺様、虫に啖呵を切られたのは初めてである。ふむ、それだけで貴様たちの命には価値があった、では死ぬがよい」

 アーデンはその巨大な足を漫然と上げ、エミルたちを無造作に踏みつぶす。

 超巨大な岩塊が降り落ちてきたのと同等の衝撃が地面を強く揺らした。


「ああ、申し訳ない巨王アーデン・グラクシア。さすがに僕らもそんなノロマな一撃を喰らうほど間抜けでもなくてね」

 アーデンが踏みつけた場所、いやそのつま先の先端部分から大賢者リノンの声が響く。

 彼はほんの紙一重、1ミリでもずれていれば顔面が削り取れていたであろう距離で余裕そうに巨王アーデンを見上げている。


「なんと、器用にかわしたものである。ぬ、他の2匹の虫はどこに行った?」

 足元にいるのがリノンだけと気づき、巨王アーデンは辺りをキョロキョロと見回す。


「あとエミルくんやシロナに言ってもしょうがないだろうけど、安全圏は僕の周りだけだからね。キミたちみたいにあちこち飛び回られるとフォローできないから気をつけてくれよ~」

 リノンは消えた二人に向けて忠告を入れる。


「別に、元々アタシたちはセーフティーエリアでのんびりする趣味はないっての。せっかく戦いの場があるんだから、ギリギリのやりとりがしたいに決まってるじゃん」

 アーデンの攻撃と同時に飛び上がっていたのか、エミルの声が中空から響く。


「ギリギリのやりとりはともかくとして、リノンの立ち回りに付き合っていてはまともに攻撃できないでござるからな。エミル、巨大な相手ではあるがまずは上と下、同時に攻める」

 上空に飛んだエミルとは別に、アーデンの背後へと高速移動していたシロナがエミルへとコンビネーションを持ち掛けた。


「それじゃあ顔面はまかせてシロナ。破天なる雷穹、穿て我が盟敵を『グングニル・エンデ』」

 エミルの詠唱と同時に上空で暗雲が立ち込めて、そこから巨大な雷の槍が巨王アーデンの顔を狙い撃つ。


「では拙者は右ひざを。『直心一刀』」

 シロナはエミルの魔法の発動と同じタイミングで、消え入るように加速してアーデンのひざ裏を神速の太刀筋で斬り抜いた。


「うん、そしてそれをのんびりと眺める僕も加えて完璧なコンビネーションだね。幸いなことにこっちの大魔王からは魔神ほどの死の予感は感じない。これは意外とあっさり倒せちゃうかもしれないね」

 すでにはるか後方へと退避していたリノンが実に楽観的な感想を口にする。


 だが、


「グハハハハハ、まさか飛んだり跳ねたりする虫のたぐいだったとは、俺様も驚きを隠せない。だがお前たち、その技に何か意味があったのか?」

 エミルの大魔法を、シロナの神速の剣撃を受け、当然のように巨王アーデンは無傷であった。


「いや、シロナの技でダメージがないのはともかく、エミルくんの魔法もまったく効いてないのかい?」

 まったくノーダメージのアーデンの様子に、さすがのリノンも驚きを隠せない。


「フハハハハハ、言ったであろう我はこのディスコルドの至宝だと。世界最高の硬度と強度、あのすら傷一つ付けられなかったこの肉体こそが我が誉れである」

 豪快に笑い声をあげながらアーデンは告げる。

 無毀なる巨王、その二つ名に一切の偽りなしと。

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