第335話 破壊

「いやぁ、ダメだねぇ。ここに来てから実はずっと試してたんだけど、どうもこのディスコルドじゃ僕のズルは通じないみたいだ」

 大賢者リノン・W・Wはドヤ顔で改めて言い切った。


「はぁ!? お前のクソみたいなズル技ができないだと? テメエが自分の能力が生命線だとか言い出したんだろうが!」


「まあまあ、そんなに怒らないでくれよ魔王アゼル。誰にだって計算違いくらいあるさ。そもそも僕の異能はハルモニア側のダンジョンから入って手に入れたモノ。その効力はディスコルドでは大きく力を失うみたいだね」

 事の深刻さを感じさせない陽気な笑顔でアハハと笑うリノン。


「ふむ、つまりは今現在のリノンは人の神経を逆なでするだけの役立たずということでござるか?」


「おや言ってくれるじゃないかシロナ。でもおあいにく様、今現在も僕の『不死』と『不老』は機能しているからそこは心配しないでくれ」


「一番うっとしい部分が残ってるじゃねえか。本当に盾にするしか使い道がないぞお前」

 アゼルは心底最悪な表情をリノンへと向ける。


「ああ、ちょっと誤解があったね。正確には僕を中心とした半径5メートル、その範囲内であればであれば僕の焦点化リアル・フォーカスは使えるみたいだ。そして残念なことに未来知アナザー・ビュー深淵解読システム・ブックは機能しない。まあ未来が見えないのはここに来る前には既にそうだったから仕方ないけどさ」


「えーと要するに、賢者のお兄さんの恩恵を受けたければ離れすぎたらいけないってこと?」


「そういうことだねラクス嬢。そして僕はここにきてからずっと『僕たちは死んでいない』という焦点化をしている。こうしておけば突発的な死の危険性はなくなるわけだけど、僕から離れたら効果はない。それだけは覚えておいてくれ」


「離れたら効果ないって、テメエの方から離れていく不安の方がデカいんだが?」


「ああ、そうだね魔王アゼル。──────だから今回、僕は逃げないよ。誰一人として、死んで欲しくはない。僕はどうしようもなく自分に甘いヤツだから、いつだって悲しいお別れはしたくないんだ」

 そう口にして、リノンは誰よりも最前線を歩いていく。

 その行動こそが、今回の彼の覚悟を示していた。


 大魔王アグニカの魔城によって抉られた大地を歩き続けること約1時間。

 アゼルたちはようやくその終着点へと辿り着いた。


「いや、本当にさ、デカいなぁ」

 アゼルは目の前の巨大な城を見上げながら、尊敬と畏怖のこもった笑い顔を浮かべていた。

 大きさにしてアゼルの魔城の5倍以上、それだけのサイズの巨城が天に向かって屹立している。

 自身の城がその大きさに到達するまであとどれくらいかかるのか、それを想像してすぐにアゼルは自分の夢想を首を振って散らした。


「本当に、妾程度の力ではあと数百年経ったところでここまでの城には成長しないじゃろうな」

 アゼルと同様にアルトも偉大なる大魔王の遺した軌跡を思い、震えていた。

 それほどまでにアグニカ・ヴァーミリオンの遺した偉業は大きく、ディスコルドの大地へと突き立っていた。


「つかぬことを伺うが、魔神とやらはこの城の下敷きになっているということでござろう。さすがに、生きてはいないのではないか?」

 同じ光景を見ながらシロナはアゼルやアルトとは違った、ある意味でごく当たり前の感想を口にする。


「私も人形くんの意見に賛成かな。もし仮に息があったとしても、これだけの質量の下敷きなら一生出てこれないでしょ。少なくとも私なら無理」

 英雄ラクス・ハーネットもお手上げといった感じで両手をプラプラと挙げた。


「そんなこと言って、ラクスなら自力で出てきそうな気もするけど。でもさ、リノン、これって。……っ!!」

 エミルはやや疲弊した表情ながらも城に近づきその一部に触れ、すぐさま大きく後方に跳躍して距離を取った。


「ああ、エミルくんの直感が正しいよ。魔神は死んでなどいないし、

 リノンが言葉を発した直後、激しい鳴動がディスコルドの大地に響き渡る。


「え、なにこれリノン、地震?」

 突然の揺れに困惑するイリア。


「いやなに単純な話さ、魔城という巨大な質量が自身の上に乗っかっているのなら、ディスコルドの大地という超巨大な質量を反力にして起き上がろうとしてるだけの話。まあ何よりもおそろしいのは、それだけの質量に挟まれて微塵も歪むことのない魔神の肉体強度の方だろうけどね」


 数十秒に渡る地面の揺れが収まり、わずかな静寂が場を支配する。


 次の瞬間、


 軋む音が、金切り声が、砕ける音、刻まれる振動、割れる音、削岩、軋轢、崩壊、分断、散乱、融解、


 ありとあらゆる破壊の所業をもって、大魔王アグニカの魔城アグニカルカは粉々に打ち砕かれた。


「な、」

 目の前の信じられない光景に、アゼルたちは言葉を失う。


 代わりにひとつの美しい音階が言の葉として流れ出した。


「音が、聞こえるな。うるさい声が、響く。やっと眠れるかと思ったが、やはりダメだった」

 声の主は砕かれた魔城の瓦礫たちの中心から、ゆっくりと地上へと登っていく。



「ああ、いのちが聞こえる。お前たちのいのちが聞こえる」



 美しい、声だった。



「我が眠りを妨げるお前たちの楽器にくたい音楽じんせいは本当にうるさい」



 聞き入るほどの音色だった。



「なら、そのくだらない楽譜かくごともども、この不協世界にてピリオドを打つといい」


 

 魔神が、現れた。

 

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