第331話 ディスコルドへ

「驚嘆、と言わざるを得ないね。本当に彼は、アグニカ・ヴァーミリオンはその生涯をもってかの魔神を撃退した。大賢者リノン・W・Wがここに敬意をもって認めよう、貴方こそがたった一人の偉大なる魔王、真の意味での大魔王であったと」

 大魔王アグニカの偉業を見届け、確かな尊敬の念を込めてリノンが告げる。


「……ありがとう、リノン。そうだ親父が、親父こそが真の大魔王だ。そう呼ばれるヤツはたった一人でいい」

 アゼルはこらえていた涙を一筋ながし、これから自分がすべきことへと目を向ける。


 調和世界ハルモニアと不協世界ディスコルドを隔てる門、そのはるか彼方にて彼らが打倒すべき魔神が待っている。


「イリア、ついてきてくれるか?」


「大丈夫だよアゼル。ここで立ち上がらなきゃ、アミスアテナに笑われるから」

 イリアはもう一人でに話し出すことのなくなった聖剣を手に、アゼルと同じ場所を見つめていた。


「?? あれ、シロナ。もしかしてアミスアテナって」

 湖の乙女アミスの消滅に立ち会わなかったエミルが今のやりとりで全てを察する。


「立派な最期だったでござる。アミスアテナは誇らしげに消えていった」


「そっか、ならよかった」


「シロナ、リノン、それにエミルも頼む。お前たちがいないと、俺はきっと親父を越えられない」


「珍しい、アゼルが頭を下げるなんて。でもいいよ、ラクスのあのクソマズい薬のおかげで調子も戻ってきたし、魔神を倒すくらいでいいんならアタシも付き合うよ」


「倒すくらいとは大きく出たでござるなエミル。だが拙者も同様、いずれ星を斬らねばならぬ身、魔神ごときで立ち止まるわけにはいかない」


「まったく、相変わらず二人とも覚悟が決まってるねぇ。僕は逃げてもいいんだったら逃げ出したいところだけど、うん、ここで頑張らなければ僕の望みは叶わなさそうだ。いいよ魔王アゼル、微力ではあるけどこの大賢者リノン・W・Wが全てを出し尽くそう」

 リノンはアゼルを、そして隣にいるイリアを見て告げる。


「ちょっと~、もちろん私にも声をかけてくれるんでしょアゼルくん」


「お前も来てくれるのかラクス? さっきお前じゃ魔神を倒せないって言ってたが」


「ぶっぶ~、倒せないと戦わないは別のことです。本当だったら君のお父さんとも戦ってみたかったけどそこは空気を読んで黙ります。でも放っておけばその魔神とやらがみんなを殺してしまうんなら私はやっぱり戦うよ。これでも『英雄』だからね」


「は、そりゃありがたい。一度殺されかけた身としてはお前ほど味方で嬉しいヤツもいねえよ」


「ありがと、それに私も久しぶりにパーティーが組めるのなら、ちょっとだけ嬉しいしね」


「それとアルト、お前は」


「ここに残れとは言わないですよねお父様。これでも次の魔王となるべき存在です。国の、そして世界の未曾有の危機だと言うのなら私は一緒に向かいます」


「いや、だがお前にもしものことがあれば」


「それは誰だって同じですお父様。死んでいい命などない、欠けてよい命などない、それでも世界から命はこぼれ落ちる。お祖父様や、聖剣に宿っていた乙女のように。仮に私が命果てたとしても、きっと誰かが代わりになります。ですからお父様、私たちも一緒に行かせてください」


「頼む魔王、アルトはこう言っているがコイツが死んでこの国が大いに困るのはオレにだってわかる。だが行かせてやってくれ。コイツは守られて待ってるだけの女じゃないからだ。コイツの命は俺が絶対に守る、だから、頼む」

 アルトの隣で、魔人ルシアは真剣な顔でアゼルに頭を下げていた。


「お前たち、気持ちはわかるが、だがアルトお前まで連れて行ったらエリスになんて言われるか」


「アゼル様!!」

 そこで再び大魔王の間の扉が開かれ、必死に息を切らした女性が現れる。


「エリス、どうしてここに?」


「どうしても何も、あれだけ恐ろしい魔素の波動を感じれば誰だって異常に気付きます。何か、大変なことがあったのですね」


「ああ、大魔王アグニカ・ヴァーミリオンはたった今、ディスコルドから来る魔神を追い返すために消滅した。俺たちはこれからそのディスコルドへと向かい、そこで魔神を倒す」


「では、また行かれるのですね、アゼル」


「そうだエリス。それに今回はアルトたちも連れていく」


「そう、ですか。アルトがまたワガママを言ったのですね。そうでもなければ貴方は危険な場所にアルトを連れていこうだなんて言わない」


「だが決めたのは俺だ、いくらでも俺をなじってくれていい」


「ええ、もちろんそうしますよ。でもそれは貴方が帰ってきてからでいい。本当は私も一緒に行きたいですが、それでは貴方の邪魔になってしまう。だから、必ず戻って来てください」


「もちろんだ、必ず、戻る」


「エリスさん、アゼルは絶対に生きて返します。だから、ちょっと借りますね」


「ええ、ちょっとだけ貸してあげますイリアさん。だから絶対に返してくださいね。本当、一緒に戦える貴女が羨ましい」


「よし、それじゃセスナ、親父が稼いでくれた時間を無駄にするわけにはいかない。さっそくディスコルドへと、セスナ?」

 アゼルは当然のように戦いに参加すると思っていたセスナが先ほどからひと言も口を開いていないことに気付く。

 いやよく見れば、自身の身体を抱くようにブルブルと震えていた。


「セスナ、お前大丈夫か!?」


「だ、大丈夫だ、アゼル。わ、私は今度こそ、あの魔神と、あの、あの、ま、魔神、とっ」

 そう口にしたところでセスナは言葉に詰まって座り込んでしまう。


「こ、怖い、怖いの、怖いよアゼル。わ、わたし、また、アレを見るの? アレは、怖い。強い弱いじゃ、ないの、魔神は、アレは、ただ、怖いのっ」

 まるで幼児に返ったようなセスナの言動。

 気付けば、床に黄色い波紋が広がり、彼女は失禁していた。


「セスナっ、すまない。お前の、トラウマだったんだな。お前がそれほどになるほどなのか、魔神とは」

 アゼルはすぐさま自身の魔素を黒い布状に変化させてセスナの身を覆う。


「お前は残っていい。俺たちがいない間、アグニカルカを頼む。すまなかったな、セスナ」

 アゼルは布越しにセスナを抱きしめた。


「ごめん、ごめんねアゼル。私、戦わなくきゃ、いけないのに。アゼルの力にならなきゃ、いけないのに」


「十分だ、十分だよセスナ。お前はずっと俺の力になってくれた。お前がいたから、俺はここまで来たんだ。だから、安心して待っててくれ。親父を越えたって、胸を張って戻ってくるから」


「うっ、ごめん、ごめんね」



「ふむ、セスナ嬢に刻まれたトラウマは相当深いようだね。だけど少しだけ安心して欲しい、魔神が絶対的な恐怖であること、それはあくまでディスコルドのルール、魔族のルールに基づいたものでしかない。今回僕たちはそこにハルモニアのルール、つまりは僕たちのルールを持ち込むわけだ」

 周囲の視線を自身に集めるようにリノンが語り出す。


「相手がいかに強大であれ、ルール外のルールをもってすれば勝機も見えてくるだろうさ。よわよわの僕がつよつよのキミたちからのらりくらりと逃げられるようにね」


「そのたとえは正直腹が立つが、今だけは認めてやる。少なくとも今ここにいるのはこのハルモニアでぶっちぎりの連中だ。それが負けるわけがないって、俺は信じてる」


 かくして魔神打倒のメンバーは決定した。


 大魔王アグニカ・ヴァーミリオンの息子、彼の遺志と魔剣を継いだ魔王アゼル・ヴァーミリオン。


 永い時を経てハルモニアに生まれ落ちた白銀の乙女、あらゆる魔を打ち払う聖剣アミスアテナを手にする勇者イリア・キャンバス。


 歩く大災害と呼ばれ、風のように自由に生きる、それなのに弱者を見捨てることができないお人よしの魔法使いエミル・ハルカゼ。


 鍛冶師クロムが生み出した奇蹟のオートマタ。かつての誓い、星を斬ることはいまだその胸に。本当は誰も傷つけたくない優しい人形剣士シロナ。


 遠い記憶、いつかの少女の悲しい死を、せめてもの笑顔にすり替えたい。世界を騙す詐欺師、大賢者リノン。


 強敵上等、難所望郷、規格外に生まれ規格外に生きてきた己の力を思う存分に揮えるなら望むところ。紅き英雄ラクス。


 祖父の人生、父の人生、それぞれがそれぞれに高い頂き。しかしそれを越えることこそ次代の魔王。おいていかれるのは二度とゴメン、魔王の娘アルト・ヴァーミリオン。


 他人に振り回され続けた人生だったが、少なくとも今の居場所は悪くないと思える。だから己の身を賭して守っていく。弱者であろうとも折れない心こそが彼の強さ、魔人ルシア。



 総勢8名の少数精鋭。


 一つの世界を滅ぼした魔神に対してあまりに小さな力。


 しかしその互いの力に絶対の確信をもって、彼らは魔界ディスコルドへの扉を渡っていった。

 

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