第326話 決断、漆黒の未来の先へ

 アグニカ・ヴァーミリオンから真実が語られた翌朝、大魔王の間へと続く地下階段の前に既に近衛騎士であるセスナ・アルビオンが控えており、そこにアゼル、イリア、シロナ、リノンの面々が揃う。 


「さてさて、どうやら何かを決断した顔に見えるよ魔王アゼル」


「ああ、そうだ。だからこれから大魔王アグニカに会う前にお前たちに話しておきたい。お願いを、しておきたい」

 アゼルは改まった顔で集まった面々に向き合う。


「願い? それはなんでござるか?」


「俺は決めた、魔神を倒す。それを為すことで全ての問題は解決するはずだ」

 覚悟のこもったアゼルの言葉。しかし、


「何を馬鹿なことを言っているアゼル!? そのようなことが可能であれば私が、アグニカ様がとっくの昔にそうしている!」

 当然のように近衛騎士セスナが反応する。


「わかっているよセスナ。だがもうその手段しかないだろ? 親父をこれ以上あの場所で、猛毒のような魔素に晒しておくわけにはいかない。だからといって俺がそれを引き継げば、それをこれからの世代にもずっと押し付けることになる」


「それは、そうかもしれないが、だがそれでもそもそも勝ち目がないだろうが」

 かつて見た魔神の姿を思いだし、セスナはその身を震わせていた。


「ここにいるのが俺たち魔族だけならそうだったろうな。だけど俺は知っている、魔族の強さの基準じゃ測れない連中がいるってことを。俺は今の魔族において誰よりも強いという自信がある、誇りも。だがそんな俺がここに帰ってくるまでにどれだけボコボコにされたと思ってるんだ」

 アゼルはこれまでの日々を思いだし、少年のように笑ってみせた。


「確かに、アゼルをなます切りにした日もあったでござるな」

 その言葉にシロナもしみじみと共感していた。


「そこまではされてねえよ。せいぜいが首を落とされたくらいだろうが」


「いや、そっちの方が重傷でしょアゼル」

 謎の強がりを見せるアゼルを、イリアはしょうがなさそうにたしなめる。


「しかしなるほど、いい視点だと思うよ魔王アゼル。ディスコルドにおいて三大魔王や魔神が絶対的な脅威であるのはあくまであちらのルールに則った場合の話。つまりは魔族に対して特化した勇者や聖剣、魔法や聖刀の概念が想定に入っていない」


「まあそういうことだよ大賢者。今はエミルがまだこっちに来てないが、大魔王アグニカと話を付けた後にアイツの到着を待って万全の状態でディスコルドに乗り込む。今回は力比べじゃねえんだ、いくらでも卑怯な手段を考えていいぞリノン」

 アゼルは珍しく、頼りにしているような仕草でリノンの肩を叩いた。


「おや、僕へのイメージに何やら誤解があるようだけど、確かに格上の存在に対して真正面からことを構えるのは愚の骨頂だ。魔王アゼルのせっかくのご指名でもあることだし、とっておきのエグイ方法でも考えておいてあげるさ」

 リノンも上機嫌にアゼルの提案を受け入れた。そこへ、


「まったく、勝手に話を進めるでないヘボ賢者に父上。妾は別に大魔王アグニカや魔王アゼルの責務を引き継ぐことになんの迷いもない。そうしなければ越えられない壁だというのなら、妾は全身全霊をもってあなたたちを越えていく。…………だが、妾の後に続く者へもそれを強制するのはいささか酷でもある」

 王の威風を漂わせながら、アルト・ヴァーミリオンも魔人ルシアを連れて現れた。


「アルト、遅かったな。何かあったのか?」


「いいえ別にお父様。ただ私の駄犬が朝から行方不明だったものでさっきまで探し回っていただけですわ」

 アルトはまるで本当に子犬を捕まえた母犬のようにルシアの首根っこを掴まえて引き連れて、いや引きずってきていた。


「誰が駄犬だアルト、いい加減に離せ。俺は昨日用事を済ませるって部屋を出ただろうが。ガキみたいな扱いをするな」

 ルシアはなんとか強引にアルトの手を振り払ってアルトに抗議の視線を向ける。


「だとしても朝までには帰ってきなさいよ。野垂れ死んだかと思って心配したでしょうが!」


「そんな死に方を誰がするか。俺が死ぬ時はお前の側で死んでやる、それでいいだろ」


「え、まあ、うん。それが分かってるならいいのよ」

 ルシアの返答に満足したのか、アルトはまんざらでもない態度で引き下がった。


「う~ん、何を見せられてるんだろうね僕らは。まあ何はともあれこれでメンツは揃ったんだ、そろそろ大魔王のもとへと向かう時間じゃないかなセスナ殿」


「……そうだな。だがアゼルお前たちの指針は理解した、覚悟も感じる。しかしそれでも、それらすべてを越えてくる絶望を常に想定しておけ」

 そう口にしてセスナは大魔王の間への階段を降り始める。


「あ、あの! エリスさんは、一緒に行かないんですか?」


「勇者イリアよ、あの方はヴァーミリオンの一族には含まれない。アグニカ様のいる大魔王の間への同席が許されるのは魔王の一族とその従者のみだ。……いずれにしても、あの場所の高密度の魔素はエリス様にとって苦しい場所でもある」


「そう、ですか。すみません、余計なことを言って」


「理解したのならいい。では行くぞ」

 そうして大魔王近衛騎士セスナに連れられてアゼルたちは長い地下階段を降り、昨日訪れた大魔王の間の扉の前へと到着した。


 セスナはそこで一度目を閉じて呼吸を整え、覚悟を決めた瞳で扉を開く。

 扉を開いてまず溢れ出したのは視覚すら奪ってしまうほどの超高密度の魔素の激流。


 それらの勢いが収まり彼らの視界が徐々に晴れていく。

 そしてアゼルたちの視線の先には昨日目にした大魔王アグニカ・ヴァーミリオンの巨体が、存在しなかった。


「え、親父?」

 あまりにも予想外な状況にアゼルの理解は追い付かず、それは他の者も同様だった。


 いやただ一人、大賢者リノン・W・Wだけが何かを理解したかのように痛ましそうに視線を逸らしている。


「ア、アグニカ様!?」

 次にセスナ・アルビオンがに気づいて大声をあげていた。

 彼女の視線の先、大魔王アグニカが座していたはずの場所に、は存在した。


 昨日の巨人のような姿からは想像しようもない、まるで限界まで膨れ上がった風船が萎みきった後を思い浮かばせる、しわくしゃの老人のような何かが虚ろな瞳でそこに座っていた。

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