第324話 イリアとアルト
「ごめんねイリア、待たせちゃって。って、ルシア帰ってたの? というかイリア泣いてるじゃない。ルシア、まさかアンタ」
アルトがリノンとの話を終えて自室に戻るとソファで涙を流すイリアと、その対面に立つルシアという構図を目にする。
「勘違いするなアルト、オレがイリアを泣かせたわけじゃない。原因はお前の親父だよ」
「え、ああそうね。そりゃそっか」
ここまでイリアを連れて来たアルトが察せないはずもなく、彼女はルシアの言葉を簡単に納得した。
「というかオレがいると邪魔だな。少し出てくるぞ」
そう言ってルシアはアルトの横を抜けて部屋から出ていこうとする。
「いいけど体調は大丈夫なの? 結構きつそうだったじゃない」
「少しは休めた。それにちょっと用事を思い出したからそれを片付けてくるだけだ」
「あらそう、あなたも気を遣えるようになったのね。あとでご褒美をあげるわよ」
「いらねえ、それよりイリアに付いててやれよ。女の泣き顔はあんまり見たくない」
「随分とイリアに優しいのね。……本当にイリアになにもしてないでしょうね」
「──さあな、本人に聞いてみろよ。オレは行くぞ」
そう口にしてルシアは本当にアルトの部屋から出ていった。
「まったく、無愛想なんだから」
「大丈夫だよアルト、ルシアは話を聞いてくれただけ。初めてあった時と比べたらかなり優しくなったよ彼」
「そう? だったら少しは躾けた甲斐があったかしら。まあアイツの内側には元々優しさとかそういうモノがあって、それを上手く出力する機会がなかっただけだと思うけど」
「ふふ、それって最近はルシアにとって優しさを表に出す機会が増えたってことでしょ。大切にしてるんだね、ルシアのこと」
「……そりゃあ大切に使うわよ、貴重な道具、コレクションですもの」
「はいはい、そういうことにしておくね。それで、リノンからの話はなんだったの?」
「ああ、それ? 時間をとったわりには要領を得ない話だったわ」
そう言いながらもアルトは部屋の窓へと歩いていき、その大きな窓を開く。
すると涼しい風とともに、巨大な魔鳥が窓辺に舞い降りた。
「ハリス、あなたに仕事を頼むわ。この手紙を東の最果て、ハルジアの王、グシャ・グロリアスに届けて。……可能な限り最速で」
アルトは使い魔であるハリスにそう告げて、手にした手紙を魔鳥に預けた。
するとハリスはアルトの指令を了承したかのように、再び空へと舞い上がっていく。
「今の手紙って、賢王グシャへの?」
「そうよ、それがあの胡散臭い賢者からの頼まれごと。一応中身は確認したけど、私にはいまいち理解できない内容だった。まるで未来の言葉で書かれてるような歪な文章。あれを読みほどけるヤツがいるんなら、そいつの頭はどうかしてるわね」
アルトの言葉は、その手紙を書いた者と受け取る者の両方へと向けられているようだった。
「あはは、まあ確かに二人ともどうかしてるのかも」
「そんなことよりイリアは大丈夫なの? 涙は、止まったみたいだけど」
「うん、大丈夫だよ。ルシアが話を聞いてくれたし、おかげでグチャグチャだった心の中の言葉も整った。─────うん、私ね、アゼルが好きなの」
「いや、それは知ってるわよ。だからこんなことになってるんでしょ」
「そう、だからそれでいいの。私がアゼルを好きだって気持ちが変えられない以上、それを理由に起きる出来事は全部私が受け止めるべきこと。もう、泣いてなんかいられないね」
「イリアがそう思えるのならその気持ちを否定しないけど、それってどうなの? つらいことじゃないの?」
「そんなこと、聞かないでよアルト」
「ごめんイリア、わかりきった質問だったわね。……ねえ、イリア。どうしてお母様の姓が、私やお父様の同じヴァーミリオンじゃなくイノセントなのか、不思議に思わなかった?」
「それは、思ったけど。理由があるの?」
「あるわ。魔王の血族は特別だから、みだりにその一族を増やすことは許されない。つまり結婚したからと言って魔王の血族に連ねられるわけじゃないの」
「え、それって」
「魔王に並ぶほどの力を持っていない以上、お母様はヴァーミリオンの姓を名乗ることは許されない。セスナなら可能性もあったんでしょうけど、魔族のルール上ではお母様が魔王の血族に加えられることはない」
「そんな」
「ね、おかしいでしょ。力がなければ決して認めてもらえない世界。でもそれを承知でお母様はお父様の隣を目指した。たとえ正式な一族として認められることがないとしても、あの人はアゼル・ヴァーミリオンの側にいたかったの。だからお母様にとって私とお父様の血の繋がりだけが確かな家族の絆。どうしても大切にしたい、ずっと抱きしめていたいものなの」
「そう、なんだ。そう、だよね」
「だ・か・ら、イリアが胸に抱える想いもお母様が大事にしたい想いもどっちが上とか下とかじゃなくて同じところにあるってこと。同じなんだから卑屈になる必要も、相手を見下す必要もないでしょ。自分の想いを大切にするように相手の想いも尊重するだけ、違う?」
「違わない、かな? あ、うん、励まそうとしてくれてるんだよねアルト。あんまりにも強引で気付かなかったけど」
「あれ? そっか、私はイリアを励ましたかったのか。つい言いたいコトを口にしただけだったけど、でもまあ少しは元気出た?」
「少しは、ね」
「あまり元気そうには見えないわよ。やっぱり私のベッドを使って休んだら? 眠れば少しは気分も変わるでしょ」
「ありがと、アルト。…………だけど、う~ん」
イリアは何故かアルトのベッドがある寝室に目を向けて考え込んでいた。
「どうしたのイリア?」
「いや、だってあのベッド、アルトと、ルシアが使ってるんでしょ? なんか、気が引けるというか、使いたくないというか」
「う、なによイリア。あなたそういうこと気にするタイプだったの? それじゃあ、はいコレ。この部屋ならここ最近誰も使ってないから好きにしたらいいわ」
アルトは少しだけ不満そうな表情になるが、とくに反論を用意することもなくイリアに何かを投げ渡した。
「え、コレって鍵?」
「私の部屋を出てすぐの階段を登りきった先の部屋よ。その辺りは貴族とか他の魔族が出入りすることもないからイリアひとりで行っていいわよ。私は今のイリアの発言でちょっと傷ついたから自分のベッドで寝ます~」
そういってアルトは自身のベッドにダイブして、フカフカの寝具に顔をうずめてしまう。
「あ、ごめんアルト。気に障ること言っちゃったかな」
「別に~、私の配慮が足りなかっただけだし~」
アルトは不貞腐れたような声を出してイリアに振り向こうとしない。それどころかクンクンと枕の匂いを嗅ぎ出すしまつである。
「それじゃあアルト、せっかくだしこの部屋を使わせてもらうね。色々気を遣ってくれてありがとう」
半ば自分の世界に入り始めたアルトの背中にイリアは頭を下げ、彼女は渡された鍵の部屋を探すためにアルトの部屋を退出した。
「─────いってらっしゃいイリア、頑張ってね」
そしてイリアが出ていき誰もいなくなった部屋で、アルトは小さく応援するように呟いていた。
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