第322話 アゼルとエリス
「イリア、エリス!!」
アゼルはアルトに連れられて、イリアとエリスが衝突しているという現場に到着する。
そこではエリスがイリアに馬乗りになっていた。
お互いの頬は殴り合った後なのか赤く腫れている。
「お前たち、どうしてこんなことに! っ、とにかくエリス、イリアから離れるんだ」
アゼルは動揺しながらもエリスの手をとって彼女を立ち上がらせる。
「す、すみません、アゼル様」
「謝る必要はないよ、エリスさん。……アゼル大丈夫、私は自分で立てるから」
アゼルは床に倒れているイリアにも手を伸ばすが、イリアはそれを掴むことなく自身で立ち上がった。
「これは、やっぱり俺のせいか?」
アゼルは目の前のイリアとエリスを見て困惑した様子だった。
「何を今さら、お父様のせいに決まってるでしょ! むしろ今までこうならなかったのがおかしいの。本妻と不倫相手が1対1になったら普通こうなるの。少しは反省してください!」
「アルト、そこまで言われると結構ヘコむぞ」
「そうですアルト、魔王であるアゼル様に対しての口の利き方は弁えなさい。それに、何か二人とも誤解をしているようですけど、私はイリア様とお話しをしていただけです。ですよね、イリア様?」
「──そうですね、エリスさんの言う通りです。だから私たちは何も悪いことをしていないので責められるいわれはありません。つまり今悪いのはアゼル一人だね、べー!」
毅然とした態度のエリスに同調するようにイリアも何事もなかったかのような雰囲気を出す。そして最後にアゼルを責めるように舌を出していた。
「お前ら、流石にそれは無理がないか? 明らかに顔を殴り合ってたろ」
「アゼル様、私は暴力を好みません。ただ、イリア様の頬に目に見えないほど小さな虫がいたので慌てて叩いてしまっただけですの」
「……目に見えない虫ならエリスにも見えてないだろうし、虫を叩きつぶすのも十分暴力だよ」
「──はて、アゼル様が何をおっしゃっているのかさっぱりわかりません。ただ私が一方的にイリア様を叩いたような形になったのは申し訳なかったので、イリア様にも私に一発強いのをお願いしただけですわ」
「ちょっとエリスさん、なんかそれだと私の方が意図的に暴力を働いたみたいに聞こえますよ~」
「──さて、イリア様が何をおっしゃっているのかもさっぱりわかりませんが、とにかくアゼル様やアルトが慌てるようなことは何も起こりませんでした」
「…………はい、わかりましたお母様。お母様が意外と面の皮が厚くてアルトは安心しました。でも二人でこれ以上話すこともないと思います。イリアは私の部屋に連れて行きますが、いいですか?」
「───イリア様が、よろしいのなら」
「そうだね、アルトの部屋に招待してもらおうかな」
イリアは少しだけ迷うそぶりを見せ、しかしすぐにアルトの手を取った。
「イリア、あのな」
そんなイリアにアゼルは声をかけるが、
「アゼル、今はエリスさんとお話してあげて。ずっと、アゼルのこと待ってたんだよ」
イリアはアゼルの言葉を遮って、エリスの方へと促した。
「それじゃ私、アルトの部屋に行ってるから。─────バカ」
部屋を出る直前、イリアは小さくどうしようもない気持ちを付け足していた。
「イリア待ってよ、一人じゃ私の部屋がどこかわかんないでしょ。もうとにかく、お父様はお母様に優しい言葉をかけること! イリアは私がどうにかしとくから」
そう慌てて言い残してアルトもイリアを追っていった。
残されたのは部屋の主である妃エリスと、城の主である魔王アゼルのみ。
「…………エリス、今さらかもしれないが。─────ただいま」
アゼルは時間をかけて言葉を選んだあげく、10年以上の時を経て帰宅の挨拶を告げた。
「…………お帰りなさい、アゼル様。随分と、遠くに行かれていたのですね。お帰りが遅いので少しだけ、心配しておりました」
エリスはアゼルの服の裾を掴み、その瞳には涙が溢れていた。
「エリス、色々と、話すことがある。話さなきゃいけないことが、たくさんできてしまった」
「ええ、わかっています。でも私もいっぱい話さなきゃいけないことがあります。ごめんなさいっ、アゼル様」
そう言ってエリスはアゼルの胸にしがみついて泣いた。
「エリス?」
「ずっと、私は貴方の孤独に気付かなかったのですね。貴方がどんなに重いモノを背負っているか知ろうとしなかった。私は魔王であるアゼル様しか知らなかった、知ろうとしなかった! 魔王である前に貴方が一人のアゼル・ヴァーミリオンであるということに気づこうともしなかった」
「それは、違うエリス。俺が悪かったんだ、もっと話せばよかった。俺を選んでくれたお前を信じて、もっと話せばよかっただけなんだ」
「ううん、それじゃあダメなんです。それじゃあ私はもっと甘えてしまう。貴方の強さに、ずっと頼ってしまう。そうじゃないんです、私も本当は貴方が甘えられるくらいに強くなくちゃいけなかったの。アゼル様に手を引いてもらうばかりじゃなくて、貴方の手を引っ張っていけるくらい。────そう、あの子みたいに」
エリスの頬を涙が再びつたう。
「ねえ、私も、あの子のように貴方を『アゼル』と呼べていたら、何かが変わっていたのでしょうか?」
アゼルの胸の内で泣き続けるエリス、そんな彼女にかける言葉もなく、アゼルはただ彼女を抱きしめていた。
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