第315話 対面
セスナの手によって大魔王の間の扉が開かれた。
「おい、なんだコレは!? これが、魔素だっていうのか?」
その内側を覗いたアゼルの第一声がこれだった。
魔王であるアゼルすら驚愕するほどの濃密な魔素の霧。視覚すら完全に遮ってしまうほどの魔素で大魔王の間は満たされていた。
「いやぁ、これにはまいったね。一応僕にはノーダメージとは言っても、これは結構視覚的にこたえるものがあるよ」
「?? そうなのリノン。私は全然なんともないし、シロナも大丈夫そうだけど」
「うむ、イリアと同様に拙者もとくに不調は感じないでござる」
飄々とした表情をわずかにしかめるリノンに対し、この光景に対してもイリアとシロナは平然としていた。
「この、怪物どもが。マジかよ、こっちはただ呼吸するだけでキツイってのに」
「さっきもいったじゃろ、妾から離れるな。妾の展開する魔素でキサマを覆えば少しは楽になるはずじゃ」
対して魔人であるルシアは大魔王の間の空気を一息吸っただけで毒を口にしたような険しい表情となり、それをアルトが側で支えていた。
「お前たちはさっきからペチャクチャと騒々しい、もう既に大魔王アグニカ様の御前であることを知れ」
セスナのその言葉とともに、アゼルたちの眼前の濃密な魔素の霧がわずかに晴れていく。
「──────、」
その先にいたのは、彼らの到来をひたすらに座して待つ一人の男の姿だった。
男はこの場に現れたアゼルたちのことに気付いていないのか、目を閉じたまま石像のように身じろぎすらしない。
「え、この人が、アゼルのお父さん?」
イリアの口から思わずもれ出た言葉。
その反応も当然、今まさに目にする大魔王の姿はあまりにも巨大だった。
「うむ、魔族というよりは巨人と評するのが相応しいほどでござるな。大魔王と呼ばれるからにはさもありなんと言ったところだが」
シロナも目の前の巨大な男をまじまじと見て感想をもらす。
長身であるアゼルのさらに5倍以上はある巨躯。その姿はまさに大魔王と呼ぶにふさわしい威容だった。
「…………」
だがそんなイリアとシロナの反応に思わず悔しそうにセスナは大魔王から顔をそむける。
「う、嘘だろ?」
「え、そんな、なんで?」
そして、アゼルとアミスアテナは目の前の大魔王の姿を見て明らかに動揺していた。
「なんで、なんでだよ。セスナ、親父は、父上はどうしてこんな姿になっている!? 俺が最後に会った時は、まだ、まだまともな大きさだったじゃないか!」
アゼルはまるでかんしゃくを起こす子供のようにその疑問をセスナにぶつけた。
「私にも、聞かせて。本当に、この人が大魔王アグニカなの? 少なくとも、200年前に私と戦った時は大魔王アグニカの姿は魔王アゼルとそんなに変わらなかったはずだわ」
アミスアテナもアゼルと同様の疑問を抱く。
「私は、お前たちに、知る覚悟をしろと言ったはずだ。知ってしまえば、もう笑ってなどいられなくなると。ここが、どういう場所か、今まさに身を持って体験しているだろ。ディスコルドと直接繋がる門の眼前、そして今もなおその門は開かれ続けている」
セスナの視線が促した先、巨大な大魔王の背後に控えるのはさらに大きな開かれた門だった。
「ああ、なるほど。つまりは魔界ディスコルド側の魔素がこちらの門を通じてハルモニア世界に流れ込んでいるわけだ。ハルモニアの半分を侵食するほどの魔素がこの比較的小さな規模の門から、そりゃまあ当然、門の周囲はとんでもない魔素の密度になってしまうよね」
「だから、それがどうしったってんだよ大賢者!」
「察しが悪いねえ魔王アゼル。少しは想像してみなよ、人間だって暴飲暴食を続ければ肉体は肥大し続け、いずれは本来の設計図の枠を超えて巨大化、そして果てには破綻をきたす。魔族だって同じだろ? 高密度の魔素に常にさらされ続ければ受け皿はすぐにいっぱいになってあふれ出す。むしろ驚くべきはここまで巨大になってもまだ破綻していない、この大魔王の肉体の上限値だろうさ」
「アゼル、そこの賢者の言葉通りだ。大魔王アグニカ様はお前に魔王の位を譲って以降、ずっとこの場所で高密度の魔素に耐え続けていた。肉体は徐々に巨大化し、その苦痛は常にこのお方の精神を蝕んでいる」
「そんなの、わかるわよ。そんなの見ればわかるじゃない! 私が知りたいのは、どうして、どうしてこの人がそんな苦痛に耐え続けないといけないの? こんなの、逃げ出したって誰も責めたりはしないのに」
セスナの言葉に噛みつくようにアミスアテナ糾弾する。彼女の言葉は、怒りと悲しみで震えていた。
「……何も知らないヤツがよくも言ってくれる。それはな、それはっ!」
アミスアテナの糾弾に、セスナも怒りをもって応えようとしたその時、
「─────久しい、声が聞こえた」
巨大な石像のような男から、低く重々しい声が響く。
「そうか、ようやく、この時が来たのか」
大魔王、アグニカ・ヴァーミリオンが、その瞳を開いた。
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