第314話 大魔王の間、その扉

「あれ、てっきり上に行くものだと思ってたけど、アゼルのお父さんがいるのってこの城の下の方なの?」

 セスナの案内に付き従っていくなかで、イリアが意外そうな声をあげた。


「確かにそうだねイリア。普通に考えれば、魔族という一大勢力の真の頂点である大魔王がいるのは城の頂上って思うよね。だけどセスナ殿が案内してくださっているのはどう見たって地下の方向だ。……その辺りどうなんだい魔王アゼル?」


「俺に聞くな大賢者。それについちゃ俺だって知りてえよ。俺が物心ついた時には親父、大魔王の間はこの城の地下の最奥だったよ。子供心に何度かセスナに理由を聞いたことはあるが、結局教えてもらえなかったしな」

 アゼルは不満げな視線をセスナへと向ける。


「…………」

 しかしアゼルが明らかに話題を振ったにも関わらず、セスナはそれに回答しようともしないで沈黙を貫いたままだった。


「なんにせよ方向はあってるのでござろう。明らかに魔素の濃度が上昇しているのが拙者にもわかる」

 言葉にかすかな緊張を乗せて、シロナはいつでも聖刀を抜けるように手の平をわずかに開く。


「安心しなさいシロナ。これが罠ってことはないわ。私たちが向かっているのは間違いなく大魔王のいる場所よ」

 だがアミスアテナの言葉がシロナを制する。


「そうだったそうだった、アミスアテナは一度この場所に来たことがあるんだったね。今考えればよくもまあたった一人で乗り込んだものだと思うけど、それも若気の至りと言うのかな?」


「うるさいですねリノン様。あの時は、ああしなければいけないと思ったんです。……そうしなければ、気が済まなかった」

 アミスアテナの声には後悔と屈辱と、今もなお冷めない熱がこもっていた。


「……そうか、その勇者の聖剣の中にいるのはあの時の女か。湖の乙女と言うのだったか? 実にはた迷惑なやつだった。アグニカ様が止めさえしなければ、私がお前の息を止めておいたものを」

 さきほどまで確かな沈黙を貫いていたセスナは、突然アミスアテナの声に反応して喋り出す。


「あ~ら、だったら私に斬りかかってきたらよかったのに。そうすれば私が貴女を塵も残さずに消してあげたわよ」

 セスナの売り言葉をアミスアテナも真正面から買いにいく。


「ちょっとアミスアテナ、ここにきて急にセスナさんと喧嘩しないでよ」


「だってイリア、今あからさまにあの女の方がつっかかってきたでしょ!?」


「確かにな。セスナ、お前らしくないぞ。どうかしたのか?」


「…………別に、どうもない。ただ耳障りな声が聞こえたから、ついな」


「こいつの声が耳障りなのはいつものことだ。気にしてたら始まらねえよ」


「ちょっと魔王! それこそ聞き捨てならないんですけど!?」


「まあまあ落ち着きなよアミスアテナ。キミの気持ちはわからなくないし、セスナ殿の気持ちもなんとなくわかるよ。でもまあ、それはいずれにしても詮無きことだ。それは二人ともわかっているんだろ」


「…………」

「…………」

 二人の何かを察したリノンの仲裁に思わず黙り込むアミスアテナとセスナ。


「黙りこくってしまったでござるな。リノンは何か知っているのか?」


「知っているというかわかってしまうというか。まあそういうところは大魔王も魔王も、血は争えないってことかな」


「勝手に一人納得してるんじゃねえよダメ賢者。って、下りの階段は終わったみたいだな。というかこの構造ってよく考えればハルジアの地下と同じじゃねえかよ」


「ああ、今さら気付いたのかい? その通りだよ魔王アゼル、ということは当然」


「この先に、ハルジアと同じ魔界ディスコルドへの門があるってこと?」


「その通りだよイリア。そしてそこに大魔王がいるということが何を意味しているか、少し考えを巡らせれば誰だって答えに辿り着くさ」

 そう言って大賢者リノンは意味深に両手を広げる。だがその一方で、


「────はあ、はあ。コイツら、何でこんなに平気な顔して話してられるんだ? この魔素の量、尋常じゃねえよ」

 イリアやリノンたちが話を続ける中、後方についてきている魔人ルシアは呼吸を荒くしていた。


「無理をするな、とは言わん。それを承知で妾はお前を連れてきているのだからな。だが自分の魔素を体内で上手く循環させろ、お前はそれが得意だろう? あと、妾の手を握っておけ、気休めくらいにはなる」

 苦しそうなルシアの側でアルトは彼に小声でささやく。普段ならそれを突っぱねるであろうルシアも、素直にその言葉に従ってアルトの手を握っていた。


 そうして彼らは再び巨大な扉の前に辿り着く。


「ここが、この扉の先に大魔王アグニカ・ヴァーミリオン様がいらっしゃる。一応確認するぞ、いいんだなお前たち」

 大魔王の近衛騎士セスナは緊張した面持ちでアゼルたちに確認する。


「扉を開けば、真実を知ってしまえば、もう戻ることはできない。お前たちが何も知らずに笑い合える日は、二度と来ないかもしれないぞ」

 彼女の言葉に嘘偽りなどなく、セスナは心から真剣にアゼルたちの身を案じていた。


「今さら確認することじゃねえよセスナ。それに勘違いするな、俺たちは自分の無知を承知でのんきに笑うような恥知らずでいたくないんだ。だからここに来た、全てを知って、それでもみんなで笑い合える明日を手に入れるために。……俺はその可能性を信じて今ここにいる」


「そうか、変わったなアゼル。───強く、なったな」

 アゼルの信念に満ちた顔を見てセスナは少しだけ微笑み、ついにその扉を開いた。

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