第312話 再開

 ギルトアーヴァロンの城の大広間で待っていたのはアルト、セスナ、そしてアゼルの妃であるエリスだった。

 久々の妻との再会に息をのむアゼル、だが、


「そう硬くならずとも結構ですお父様。今この場は人払いをしてあります。他の貴族たちが入って来ることはありません」

 恭しくも厳しい声音でアルトはアゼルに告げる。


「まあ、そういうことだアゼル。魔王たるお前がどんな面を下げて帰ってきたか、それを確認しないことには他の者どもに会わせるわけにはいかないからな」

 そしてセスナも厳しい口調へと変わり顔を上げてアゼルへと向き合った。


「別に、そんな緊張した顔を見せたつもりはねえよ。魔王アゼル・ヴァーミリオン、10年に渡る人間領域での放浪を経て帰還した。お前たちに迷惑をかけたことは百も承知だが、それでも無駄な時間ではなかったと、今は胸を張って言える」

 アゼルは背後に控えるイリアたちに一度視線を向けてセスナへと言い切った。


「ふん、そやつらとは一度会っているし只者ではないことも理解している。だがそれだけがお前のこの10年の価値だったと言うのなら、この場で叩き返すだけだ」

 セスナは冷たくも熱量のこもった視線をアゼルへと向け続ける。


「相変わらず厳しいな、セスナは。だがもちろん、俺なりの答えを持ってきたつもりだ。だから親父に、いや大魔王アグニカ・ヴァーミリオンに会わせてくれセスナ! 魔界と繋がる扉を封印する、そう伝えれば流石にあの人も俺に会ってくれるだろ?」


「お前は、そこまで知ったのか。だがアゼル、扉を封印するということがどういう意味かお前は本当に分かっているのか!?」

 その言葉とともに、セスナの冷たかった瞳は熱い怒りに燃えていく。


「……!? セスナ?」

 彼女の突然の怒りにアゼルは理解が追い付かない。


 そこへ、


「待ちなさいセスナ、あなたほどの人がそう取り乱すものでもないでしょう? 貴方がどう思っていようとおじい様の望みはお父様がここへ戻ってくること。たとえお父様がどんな答えを用意していようと、貴方にはお二人を会わせる以外に選択肢なんてないでしょうに」

 アルトはセスナを薄く笑いながらも父への助け舟を出す。


「それは、だが」


「私にとってむしろ気になるのは、お父様がその後のことをどう考えているかの方です」


「後の、ことだと?」

 娘の意味深な発言にアゼルは戸惑う。


「そうですお父様、仮にお父様の想定する問題が解決したとして、その後はどうするつもりなのですか? またどこかへと旅に出られますか? それともまさか、このまま城に残って魔王として君臨してくださるのですか?」

 アルトは嗜虐的な笑みを浮かべながらアゼルへと問いかける。彼の答えが薄々わかっていても、それをどんな顔で口にするのかを楽しむかのように。


「っ、それは。……残念だが、今はまだはっきりと答えられない。第一、これからの親父との話がすんなりいくとも思ってない。そこでどんな結果になるかわからないのに、答えようがないだろ?」

 


「ふぅ、それはまあ、そうですけど」

 アルトは残念そうな、ともすれば失望したかのような息を吐く。


「だけど、」

 だがそんな彼女へと、アゼルは真っ直ぐに言い放つ。


「どんな結末、どんなカタチになったとしても、俺はイリアの側にいる。イリアがいたから俺はここまでこれた。こいつがいなかったら俺は城の中で一人腐っているままだった。だから、俺に何ができるかわからないとしても、それでも俺は最後までイリアの側にいる」

 それは決して強い言葉ではなかった。彼にとってごく自然の、当たり前のように心の中で決まっていた言葉であったからこそ。


「アゼル、」

 その言葉を彼の後ろで聞き、イリアは思わず涙が流れそうになるのを必死でこらえていた。


「まったくそこまで勇者に肩入れする魔王なんて、本当になんと言ったらいいか。せいぜい私はそうはならないように反面教師にさせてもらいますわ」

 アゼルの言葉に、アルトも呆れ顔となっていた。

 その隣で、セスナも頭が痛そうな表情をして「馬鹿者が」と呟く。


「……あのぅ」


 そして、ここまで会話の加わることなく黙っていた女性、つまりは妃エリスがついに口を開いた。


「そのですね、魔王様。わたくし、先ほどからずっと気になっていたんですが、そのひとはいったいどなたでしょうか?」


 緊張が、走る。

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