第311話 踏み穢しし理想郷

「ようやく、ここまで来たか」

 アゼルが感慨深そうに呟く。

 エミルと別れてから約2週間の道のりを経て、イリアたちはついに魔族の主城であるギルトアーヴァロンに辿りついていた。


「これが、ギルトアーヴァロン。ここが、魔族の本拠地」

 アゼルの隣でイリアは荘厳にして巨大な威容を誇るその城に息を飲む。


「緊張するかいイリア? まあそれも当然かな、キミの旅の終着は元々ここのはずだったんだ。もちろん今のキミの目的が魔族の壊滅ではないとしてもだね、何か感じ入るモノがあっても不思議じゃない」


「意地の悪い物言いはやめるでござるリノン」


「そんなに意地が悪かったかな? 結構大事なことだと思ったけど。目的や立場ってのは結構大事だよ。とくにイリアは魔族にとっての猛毒だ、それがどんな意味でここにいるのか彼らには死活問題だからね」


「そうだとしてもイリアを変に刺激しないでと言ってるんですリノン様。どんなカタチであれイリアはここに辿り着いた。それをまず褒めるべきでしょう?」


「そりゃアミスアテナにとっちゃいくらでも褒めてあげたいことだろうさ。なにしろここに来ること自体がキミの目的だったんだからね」


「ええい、ごちゃごちゃとうるさいぞお前ら」


「いやいや、そう思うのならさっさと扉を開いてくれよ魔王アゼル。僕たちはキミが覚悟を決めるのをずっと待ってるんだよ?」

 リノンはアゼルに呆れ顔を向けていた。


「それこそうるせえよ。……ほら、俺にだって色々とあんだよ。10年以上も城を空けたこととか、親父に言わなきゃいけないことがあることとか、それに、ほら」


「私のこととか、ね。アゼル?」

 アゼルの手をイリアが少し強く握る。そんな彼女の表情が、何故かアゼルには上手く読み取れなかった。


「う、まあそういうことだよ。─────よし決めた、行くぞ!」

 アゼルはようやく覚悟を決め、ギルトアーヴァロンの城門の扉の前に立つ。


 すると、まるで主の帰還に呼応するように巨大な扉が開き始める。


「おお、すんなりと開くものだね。逆にその辺のセキュリティは大丈夫なのかい?」

 城門を越え、その中の広大な外庭の中をリノンたちは進んでいく。


「今のは俺が開いたわけじゃねえよ。まあ、つまりはアルトだかセスナだか知らないが俺たちがここにいることは既に筒抜けってことだろ」

 アゼルは苦々しい顔をしながらリノンの問いに答える。


「なるほど、それでどこにも魔族の兵士たちが見当たらぬのでござるな」


「まあ確かに、ここでシロナやイリアとまかり間違って戦闘になろうものなら魔族側に多大な被害が出るものね。もしそうなってしまえばこの先の友好的な話はできなくなる」


「ちょっとアミスアテナ、私とシロナを戦闘狂みたいに言わないでよ。今はエミルさんがいないからそんなことにならないし」


「いや、さすがにエミルくんがここにいたとしてもサーチアンドデストロイみたいなことはしないだろうさ、多分。それよりシロナこそ大丈夫かい? 魔族に反応して斬りつけてしまう心配があるのはむしろキミだろ」


「そうで、ござるな。だが不思議と今は落ち着いている。ここまでも戦闘時以外にそのような衝動に襲われることはなかった」


「そいつを聞いて俺も安心だ。この城の中には非戦闘員もそれなりにいる。そいつらにも聖刀を向けられちゃたまらないからな。だがそれはそれで、シロナの剣が完成に向かってるってことじゃねえのか?」


「さて、拙者の剣の道がそう簡単なモノだとは思っていない。星を斬る道のりでござる、一歩進んだとて傍目には何も変わらんだろうよ」

 少しだけ寂し気にシロナは答えた。


「そういうもんか。まあいい、とりあえずこの外庭の道を真っ直ぐ抜ければすぐに城の中だ。アルトの性格ならそこで俺たちを待ち構えてるだろうさ」


「確かにアルトならそういうことしそう。人を手のひらの上で動かすのとか好きそうだもん」

 イリアはアルトのサディスティックな表情を思い浮かべながら嘆息する。


「それなら魔王アゼルには良い後継者がいるということさ。支配者なんてものは他人を動かしてこそだよ。普通は自身が大きな戦力として働いたりしないし、ましてや突然に自国を飛び出してよそに引きこもるヤツがいるわけがないさ」

 リノンは実にいい笑顔でアゼルの肩をポンポンと叩く。


「っ、本当にうるさいな大賢者! お前だけ城を出禁にするぞ」


「おや、それは困るなぁ、なら言葉を訂正しよう。……王とは決断してこその存在だ。キミの決断を見せてくれよ、僕たちだけじゃなくキミが関わってきた全てに対してね」

 リノン突然改まって賢者らしい威厳ある言葉をアゼルにかけた。

 それと同時に彼らは城の内門の前に辿り着く。


 アゼルはためらうことなくその扉へと手をかけていた。


「───ああ、わかっている。それじゃ、開けるぞ」

 今度は自らの意志でアゼルは扉を開く。


 扉の先にあったのは巨大な大広間。

 アゼルの魔城のそれよりもさらに広大な空間の先に、上階に向けての階段が続く。


 そこに、


「お待ちしておりました、お父様。遠路はるばる足を運んでくださり感謝いたしますわ」


「魔王アゼル様、長き旅路からのご帰還を臣下としてこのセスナ、非常に喜ばしく思っております」


 アゼルの予想通り、アゼルの娘にして次代の魔王であるアルト・ヴァーミリオンと大魔王の近衛騎士にして魔王にも並ぶ実力とされる大貴族セスナ・アルビオンが恭しく頭を下げて待っていた。


 だが、そこにはアゼルの予想になかった者がもう一人いた。

 白と淡いピンクで彩られた高貴なドレスを身にまとう淑女、彼女はただ一人顔をあげ、涙で潤んだ瞳でアゼルを見つめている。


「な、エ、エリス?」


「魔王様、このエリス、貴方様のお帰りを心よりお待ちしておりました」


 そう、彼女こそが魔王の妃、アゼル・ヴァーミリオンの妻エリスであった。

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