第310話 燃える最期
「はぁぁぁぁぁ!!!」
元魔王軍四天王カッサンドーラ・アンブレラは瀕死のエミル・ハルカゼに対しても容赦なく魔剣を叩きつける。
だが、
「────ふっ!」
その太刀筋を初見にして完全に見切ったエミルは強化した拳をカウンターで合わせてそれこそ完膚なきまで粉々に魔剣を打ち砕いた。
「がはっ、この、化け物が!」
魔剣を破壊されたフィードバックによる精神的ダメージがカッサンドーラを襲う。
しかし彼女はそれをエミルへの憎しみで塗りつぶして、何の武器も持たない拳をそのまま彼女の顔面へと叩きつけた。
「ぐっ、結構いいパンチ持ってんじゃん、アンタ」
格闘術などを会得しているわけでもないカッサンドーラの攻撃をやすやすとエミルは喰らう。
それも当然、彼女はここまで不眠不休で飛行による移動を繰り返しており、さらには腹部を貫く致命傷、村全体への広域魔法の行使もあり肉体的にも精神的にもギリギリの状態。カッサンドーラの初撃こそ潰したものの、今はもはや立っていることさえ奇蹟だった。
「お前さえ、お前さえいなければ、奴は、トリアエスは死ななかったのに!!」
さらに続けてカッサンドーラの拳がエミルの顔を殴打する。
彼女の悲鳴のような連撃は、容赦なくエミルに残された体力を削っていく。
「……そう、かもね。アタシがいなきゃ、幸せだったヤツらは、いっぱいいたのかもしんない。けどさ」
途切れそうな意識の中、それでもここまで鍛え上げたエミルの身体が、無意識の中でもカッサンドーラの拳を受け止めた。
「生きるって、そういうことじゃないの? 自分の『良し』とする道を進んだとしても、結局誰かを傷つけてる。この世界から追い出してる。それを知ってるか、知らないかだけのことじゃん」
疲労で顔すらあげられない状態でなお、エミルはその言葉を吐きだした。
「っ!! 何をお前は、お前はそれでもあの男を殺したんだ! だから謝れ、死んで謝れ!!」
エミルの言葉に、涙さえ浮かべてカッサンドーラは空いている拳でさらなる一撃を打ち込む。
その拳を、エミルは避けることなく顔面で受け止めていた。
鼻の骨が折れたのか、タラタラと鼻血が流れ出す。
「いいや、謝らない。それはアンタ達が人間にとっての悪だからじゃない。アタシはアタシが信じる自分の為に、今までたくさんの人を傷つけ、アンタの恋人も殺した。……でも絶対に謝らない。もしかける言葉があるとすればたった一つ」
エミルは憎しみなき瞳を見開き、ただ純粋に敵としてカッサンドーラを捉える。
そして輝かんばかりの拳の一撃がカッサンドーラの顔面を打ち抜いた。
「『ありがとう』、アタシはそれしか言えない。それが人として道を踏み外していて、誰も理解できない領域の話だったとしても、アタシにはそれしか言えない」
心身ともにズタボロの状態で、砕かれた鼻から血を垂れ流しながらもエミル・ハルカゼは堂々と言い切った。
「は、ふざ、けるな。ありがとう? なんだよありがとうって。なんで、なんで
エミルの言葉に涙を流しながら怒り狂うカッサンドーラ。
「ああ、そうだ。アイツの最期の言葉もそうだった。私の前で、これが最後って時に、トリアエスはお前に感謝をしていた。最高の強者と戦えたって、笑ってアイツは死んでいったんだ!」
泣きながら言葉を吐きだす彼女に対しエミルは、
「……そう」
ただ静かに答えるのみ。
「ふざけるな、ふざけるな!! お前に分かるかこの気持ちが!! 私の惨めさが!! 私よりもトリアエスを理解していた、お前への嫉妬が!!!!」
カッサンドーラは激昂とともに自身が壊れんばかりの力を込めてエミルに殴りかかる。
「…………っ」
その拳をエミルは左手で受け止め、自身の腕全体から骨が軋みをあげる音を聞く。彼女の口もとは、笑っていた。
「あ~あ、結局アタシもリノンのことは言えないほどの非人間だね。これだけ里をボロボロにされても、やっぱり出てくる言葉はありがとう。うん、嬉しいよカッサンドーラ、
エミルはそう口にして、渾身の右の拳打をカッサンドーラへ放つ。
「ぐはっ、何が、何が嬉しいよだこの戦闘狂!! 私は、お前が、お前たちみたいな馬鹿が一番嫌いなんだ!」
対するカッサンドーラも、エミルの拳を受けながらもなおさらなる一撃を打ち返す。
自身の損壊を恐れぬほどに力を込めた拳は、エミルの肉体だけでなくカッサンドーラ自身の身体をも崩壊させていく。
こうして、エミルとカッサンドーラの二人はお互いの拳を避けることなく打ち合い続ける。
本来はまともな打撃にすらならないはずのカッサンドーラの拳も、自壊を前提とすることで彼女の限界を超えた威力となってエミルを襲う。
だがそれは、魔族である彼女の回復能力をはるかに上回る行為でもあった。
「……はあ、はあ。なんで、もう」
カッサンドーラは、破損しボロボロになって挙がらない腕を見て悔しそうに呟く。
「どう、さ。限界まで殴り合った気分は? 最高、じゃない?」
そう口にするエミルは失血で掠れた瞳を向けてなお笑う。
「ふざ、けるな、戦闘狂。本当に、本当に最低の、気分だよ!」
もはや腕が上がらなくなったカッサンドーラは、渾身の力を込めた頭突きをエミルに叩きこんだ。
岩が砕けるような轟音が響く中、それでもエミルは崩れない。
「この、化け物が。私は、もう、限界、なのに、お前たち馬鹿は平気でそんなものを越えていく。こんな、ヒドイ世界があったなんて、知らなきゃ、よかった」
最後の力を使い果たしたのか、カッサンドーラは崩れ落ちるように地面へと倒れた。
「こんだけ人を殴っておいて、ヒドイ言い草じゃん」
いまだ立ち続けるエミルは、おぼつかない足取りでカッサンドーラのもとへと歩いていく。
「……一応聞くけど、何か言い残すこと、ある?」
もはや身動きの取れない彼女に対し、エミルは屈んで彼女の胸に手を当てる。
それはエミルにとっての強者に対する最大限の礼儀でもあり、カッサンドーラという女に対するせめてもの情けだった。
「本当に、馬鹿は楽で、気持ちがいいな。だけどやっぱり、それは私にはムリだ。もしも生まれ変わりがあるのなら、私は
そう不敵に笑い、カッサンドーラはこの世になんの未練もないと口にした。
「そう、その願いが届くといいね。それじゃ、送ってあげる」
エミルの言葉とともに、カッサンドーラに触れていた手から業火が溢れ出す。
その炎はカッサンドーラの魔素そのものを燃料として一気に燃え上がり、瞬く間に空へと舞い上がって消えていく。
そうして、たくさんの他人を傷つけ、その因果として恋人を失った女は、これまでの全てを清算してこの世界に別れを告げた。
「あ~、もう、疲れた~」
カッサンドーラの最期を見届けたエミルは、疲労困ぱいの様相で雨でぬかるんだ地面へと背中から倒れ込む。その彼女の右手は、カッサンドーラを送った際の炎で黒く焼け焦げていた。
「しまったなぁ、また血が出てきちゃった。次は止まんなそう、てかさっきので魔力全部使っちゃったし」
残念そうに呟き、いまだ降りつづける雨空を見上げるエミル。
「さすがにこれはもう、無理かな。イリアたちに、ちゃんとお別れ言っとくんだった」
彼女の胸の内に残る悔いはそれだけであるかのように、誰も聞くことのない独り言をつぶやく。
それは、自身の命運の限界を悟った者の言葉であり、彼女ほどの力を持つ者の言葉を覆せる存在がいるはずもない。
もはや残り数分で、エミル・ハルカゼの命の残り火が消えようというその時、
「やっほ~エミルちゃん。やっと見つけたよ~、元気してる~?」
最強の魔法使い以上に最強な英雄の声が、雨雲を晴らすかのように響き渡るのだった。
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