第309話 武人トリアエス・トリアス

「……アンタ、里の子じゃないね。誰?」

 謎の子供に禍々しい剣で自身の身体を背中から貫かれながらも、エミルは気丈な声で己の敵を確認する。


「アハ、アハハハ!! まさかこんな手段が通用するとは、さすがのお前も子供を前にしては隙だらけなんだな! アハ! なんだソレは? お前みたいな怪物がまともな人間のフリか? 笑わせてくれる。アハハハハハハ!!!!」

 だが彼女を刺し貫いた子供はエミルの質問にも答えず、狂ったような笑い声をあげ続けていた。


「その声、どっかで聞いたことあるけど、まあいいや。……アンタ以外のガキは普通みたいだね。みんな、さっさとここから逃げな」

 口元から血をこぼしながらもエミルは集まっていた子供たちに離れることを促す。それにより突然の出来事に驚きと恐怖で動けなかった子供らは大慌てでその場から去っていった。


 この場に残っているのはエミルと、彼女を刺し貫いた少女のみ。


「アンタが元凶で間違いないね、くっ」

 エミルは自らを刺し貫く剣を強引に押し抜くように少女から距離をとる。当然ながら剣が抜けたことにより激しい出血が彼女の服を急速に赤く染め上げていった。


「アハ! 可笑しくてたまらない! その傷、結構いいところに入ったねぇ。まさかこんな小細工程度でお前に致命傷を与えられるなんて、私にも運が回ってきたよ」

 剣を持った少女はエミルの様子を見て本当に嬉しそうに微笑む。


「これだけのことをやっといて、小細工とは言ってくれるじゃん。それに、アタシはアンタと、どこかであったことある?」

 エミルは出血の止まらない腹部を押さえつけながらも気丈に相手の正体を確かめる。


「くく、確かにこの姿じゃわからないか。それじゃあ幻覚を解いてやるよ」

 少女がそう口にした次の瞬間には、エミルの前に妖艶なる女性が立っていた。


「やっぱり、アンタか。……魔王軍四天王カッサンドーラ・アンブレラ。他人に幻を見せるのがアンタの得意技だったね」

 ここまで不確かであった敵の正体が判明したことで、エミルの瞳に確かな戦う意志が灯る。


「そうともさエミル・ハルカゼ。私はお前の姿でこの里に入り、そして里の長老を斬り、その後は里の連中にお互いを殺し合う幻を見せた。たったそれだけのことでこのありさまさ。まったく、人間ってのはどうしてこうも脆いのかねぇ。アハハハハハハ!!」

 本当に面白くてたまらないと、カッサンドーラは両手を広げて哄笑をあげる。


「別に、人の弱さを否定する気はないけどさ、その元凶が笑っていいことでもないでしょ。…………結局さ、アンタはアタシに殺されたくてこんなことをしたって理解でいいんだよね?」

 ゲスな笑い声をあげるカッサンドーラを前に、エミルは普段彼女が見せることのない怒りの表情を向けていた。


「殺す? 私を、お前が? アハハハハハハ! その姿でよく言えたものさ。失血であと何分かしたら死ぬような奴がさ」


「血? まあ確かに、キツイところを刺してくれたしねアンタ。一応、止めないとマズいか。『燃ゆる紅蓮よ、焼き焦がせ』」

 エミルが傷に手を当てたまま短く詠唱すると彼女の傷が一瞬だけ赤く燃え上がり、火が消えると同時に出血も止まっていた。


「なんだいそりゃ、自分の致命傷を焼きつぶしたのかい? そりゃ血は止まるだろうけどさ、傷が治ったわけでもないのにまともに戦えるわけないだろうが」

 カッサンドーラはエミルの行動を嘲るように笑う。


「ホントその通り、さっきの一撃はそれだけ効いたからね。でもおかげで1時間くらいは寿命が延びた。あとは、この状況を解決しないと」

 そう言ってエミルは目の前のカッサンドーラを無視して里を見渡す。

 そこでは今もなおカッサンドーラの幻覚によって里の者たちが同士討ちを続けている。

 それを見て、エミルは両手を天にかざして魔法の詠唱を始めた。


「大いなる天の恵み、偉大なる空の裁き、等しき怒りと施しを我らに降りそそがん。雨纏う空震ショック・スコール

 彼女の詠唱が終わると同時に空には暗雲が立ち込め、そこから大量の雨とともに巨大な衝撃波が隠れ里へと放たれた。


 エミルの魔法が作りだした瞬間的な大豪雨によって炎上していた里は一瞬で鎮火し、さらには先ほどまで魔法使い同士で争っていた者たちの意識も強力な衝撃を受けたことで同時に断ち切られていた。


「お前、エミル・ハルカゼ! これは何のつもりだ!!」

 エミルの行為に対して、これまで嘲るばかりであったカッサンドーラが怒りをのぞかせる。まるで、残り少ない命を何故自身との対峙ではなく、どうでもいい里の連中のために使うのかと怒るように。


「何って、里がこれ以上燃えても困るし、知らないとこで同士討ちを続けられても止めようがないからね。みんな一斉に失神してもらったんだけど、何か悪かった?」


「……いや、そうだったな。お前はそういう奴だ。さっき逃がした子供らが魔法に巻き込まれたとしても気にしないような女だったな」

 カッサンドーラの言葉通り、先ほどこの場から逃げ離れた子どもたちも草むらの中で気絶している。


「ま、仕方ないでしょ。アンタの魔剣の幻を封じるにはこれが一番手っ取り早いんだから。1対1ならその力は役に立たない。味方を全部潰した以上、この場で襲ってくる者は全てアタシの敵ってことだからね」

 そう口にしてエミルは鋭い眼光をカッサンドーラへと向けていた。

 その瞳の威圧にカッサンドーラは一瞬だけ飲み込まれる。しかし、


「ハ、それで私の魔剣を封じたと? まあそうだね、確かにこれでお前に同士討ちを仕掛けることはできなくなった。でもいいんだよ、最初からお前だけは私の手で殺すつもりだったんだから。我が恋人、トリアエス・トリアスを殺したお前への復讐を、今日ここで果たす」

 カッサンドーラは確かな憎悪を瞳に込めてエミルを睨み返していた。


「トリアエス? 随分と懐かしい名前を出すじゃん。……そっか、アンタたち恋人だったんだ。にしても意外、アイツがアンタみたいな姑息なヤツと恋仲だったとか。トリアエスは魔族の中でも飛び抜けた力を持つ武人、アンタたちの中では唯一敬意を払うに値する立派な男だったよ」


「何をふざけたことを! そのトリアエスを殺したのはお前だろうがっ!!」


「殺したよ、他の選択肢がないほどにトリアエスは強かったから。それにお互いの命に気遣うような戦いをあの男は望んでなかった」

 エミルは静かに、事実として告げた。

 だがそれがカッサンドーラの逆鱗に触れる。


「やめろ! ふざけるな! お前が、お前のような女が! 私よりもアイツをわかったようなことを口にするなぁ!!」


 彼女の、痛烈な悲鳴のような心の叫びを皮切りに、瀕死の魔法使いと決死の元四天王との戦いが、幕をあけた。

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