第308話 エミル到着

「打ち砕く時のカナリア、星辰告げる王木の目覚め、正順する理を今このひと時のみ忘却せよ!『刻神の欺瞞クロノシア・クロック』」

 エミルの詠唱によって発動した魔法で彼女の周囲の空間が歪み、通常ではありえないほどの加速を与える。あらかじめ使用していた風の魔法の推力も合わさり、エミルはまるで打ち出された弾丸のように魔族領域の上空を移動していた。


「禁呪まで使ったから、じい様立場は怒るだろうなぁ。ま、別にそれくらいいいけどさっ」

 エミルは禁じられた魔法を使用したことによる肉体への反動を歯を食いしばって無視して、目的地である魔法使いの隠れ里の方角を強く睨む。


「リノンが何を見たかは知んないけど、間に、合えっ」

 彼女は魔族領域を満たす魔素を常時取り込みながら不足する魔力を生成して魔法を行使し続ける。

 それは通常の魔法使いにはとても不可能な離れ業であり、本来なら10日以上はかかる道のりをたったの2日に短縮していた。

 逆を言えばその二日間、彼女は一睡もしていないということでもあるが。


「あと5秒で着く、………………って、なにこれ」

 エミルはようやく魔法使いの隠れ里に辿り着いた。だが彼女が目にしたのは上空からでもわかるほどに燃え上がり、狂乱の声が響き渡る里の姿だった。


「っ、」

 唇を噛み締めながらも覚悟を決めてエミルは里へと降り立つ。


「え、なんで? なにをやってんのさ! !!」

 彼女が降り立った先では、里の住人たちのお互いへの怒号との轟音が鳴り響いていた。

 

「やめろ、やめろ、俺は死にたくねえ。燃え盛る業火に身を捧げよ、イモータルフレア!」

「ちっ、今度はお前が狂ったか! 大地の怒りをもって傲り高ぶる者を打ち滅ぼせ、ロックリベリオン!!」

 魔法による巨大な炎が、降り注ぐ岩塊が生じ、里の者同士がお互いに魔法を打ち合って争う理解不能の光景。エミルが里を見渡すと、どこかしこでも同じように魔法が打ち乱れていた。


「ちょっと! アタシの話を聞けっての!!」

 エミルの風を纏った拳が彼女の目の前で行なわれる魔法の応酬を強引に打ち払う。


「みんな、何してんのさ! 何があったらこんなことになんの!?」

 彼女は当然の疑問を間近で争っていた里の者にぶつける。だが、


「!? お前はエミル!! まだ生きてたのかこの厄病神がぁ!!」

 争っていた二人の魔法使いの男はエミルの存在を知覚した瞬間、さらなる業火と岩塊を彼女に向けて放った。


「へ!? ウソ、いきなりなにすんのさ!」

 今度はエミルを直接狙う魔法を彼女は持ち前の身体能力で慌てて回避する。


「それはこちらのセリフじゃろうがエミル! 元はと言えばお前が突然狂ったのではないか。頭のおかしい娘だとは思っておったが、まさかいきなり長老を斬りつけるとは」

 


「ちょっと、待ってよ。アタシそんなの知らないって、さっき帰ってきたばっかなんだから」


「なにを今さら、狂った者の言葉など誰が信じるか。お前を皮切りに村の者たちは一人一人おかしくなっていった。たった半日でこのありさまだ!!」


「狂った? いったいどういうこと? これがリノンの言ってたことだとしたら原因は? それに、今の話だと、アタシより先に来てたアタシがいる?」

 まったくもって状況が分からないなかで、エミルは自身の頭の中で高速の思考を展開する。

 天性の魔法の才を持つ彼女が、あらゆる可能性を取捨選択してある答えに辿り着こうとしたその時、


「エミルお姉ちゃん!! 助けて!!」

 どこに隠れていたのか、里の子供たちが彼女にすがるように集まり始めた。


「アンタたち、よかった無事だったんだ。悪いんだけど、里がどうしてこうなったか分かるヤツいる?」


「わかんない、わかんないよぅ。みんなが突然おかしくなったの」


「エミル姉ちゃんだって、最初はおかしかったんだ。あんな乱暴を、いやいつも乱暴だけど、今日はなんか変だったんだよ」


「……やっぱり、もう一人アタシがいた? ねえもしかしてだけど、」


「助けて~ エミルお姉ちゃん助けて~」

 エミルが質問を続けようにも、彼女に抱き着くように集まる子供たちはとても話を聞けるような状態ではなかった。


「ったく、これじゃ身動きがとれないし」

 乱暴者ながらも面倒見の良いエミルはこの子供たちをどう引き剥がそうかと一瞬考える。

 そのわずかな意識の緩みを狙っていたかのように、


「痛っ、……ウソ、なんで?」

 エミルの腹部から生えるように鋭い剣が彼女を刺し貫いていた。

 あまりに突然の出来事に驚きで振り返るエミル。


「アハ、痛かったお姉ちゃん? 痛い? 痛いでしょ? ねえ痛いって言ってよ! アハハハハ!!」

 そこには、アンブレラの魔剣を手にした少女が邪悪な笑みを浮かべて立っていたのだった。

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