第307話 アンブレラの魔剣
エミル・ハルカゼの故郷、魔法使いの隠れ里はいつもと変わりない日常の中にあった。
かつて魔法国エミリアを築き上げ、魔法使いが特権階級だったのも過去のこと。
彼らは敗北し、人間も魔族も寄り付かない辺境に逃げて隠れ住むようになり既に100年ほどが過ぎていた。
魔法使いたちはかつての野心など忘れたように質素ながら穏やかな暮らしを送っている。
子供たちは朝早くから小さな学校に通って魔法を勉強・実践し、大人たちは鍛え上げた魔法を活かして日々の生活を回していく。
裕福ではないからこそ小さなトラブルを数えだせばキリがないが、それでも死に直結するような大きな問題とは無縁の、ある意味で幸福な里の営み。
そんな中、
「たっだいま~、みんな元気にしてたぁ?」
明るくのんきな声が村中に響いた。
声の主はまだ子供かと見間違うほどの幼い容姿、しかし魔法使いの里において一人前以上の達人の証である黒金のローブをまとった女性だった。
「あ、エミルお姉ちゃん、久しぶり~」
「元気にしてた、じゃねえよエミル姉ちゃん。最近ちっとも里に帰ってこなかったくせに」
「エミル~、また新しい魔法教えてよ。あ、格闘技はナシで」
里に帰郷したエミル・ハルカゼに気付いた子供たちは大いに喜んで彼女へと駆け寄っていく。
「あれ~、アタシってそんなに帰ってなかったっけ? まあいいじゃんそんなことさ」
エミルは寄ってくる子供たちを軽くあしらいながら里の中を進んでいく。
すると、周りの大人たちもエミルの存在に気付いて次々と声をかけてきた。
「あんまり長く里を空けるものじゃないぞエミル。いずれお前がこの里長になるんだからもう少し責任感をだな」
「本当よエミルちゃん。あなたはは初代のエミリア様と同じだけの才能を持っているんだから、ちょっとくらいハメを外すのはいいけど少しはお淑やかにしてくれたって」
「ああもう、うるさいうるさい! どうしようとアタシの勝手でしょ。里長とか、気が向いたらなってあげるからさ」
畳み掛けるように言葉をかけてくる大人たちをうっとうしそうに追い払いながら、それでも彼女は里の中を進んでいく。
「おお、聞いたか皆の衆。珍しくエミルが長になるのに前向きな返事をしたぞい」
「なんと、そりゃ素晴らしい。あの気難しい娘がようやくか。今夜は祝いの酒でも皆で飲むとするかな、アハハ」
エミルの投げやりな発言を真に受け、里の住民は勝手に盛り上がり始めていた。
「ちっ、まずったかな。気安く返事するんじゃなかった」
里の者たちの予想外の反応を見て、エミルは小さく愚痴る。
「そう言うなよエミル、みんなそれだけ嬉しいのさ。それよりも今日は何か用事があったのか? お前が急に帰ってくるのはいつものことだが」
周囲の様子に辟易した様子の彼女に、気の良さそうな青年が話かける。
だがエミルがその問いに答える前に、里の外から大慌てでやってくる人がいた。
「おおい、誰か聞いてくれぇ! 里の結界が壊れてるぞ!」
「本当か!? それは大変じゃないか!」
「なんだってまた結界が、近くで魔獣でも暴れていたのか?」
「いやいや、そんな簡単に壊れるようなモノじゃないぞ。よほどの災害でもないと」
結界の破損という一大事に対して、里の大人たちは次々に考えを口に出す。
そこへ、
「あはは、もうバレちゃったんだ。それやったのアタシだね」
明るく悪びれた様子もなくエミルがその罪を告白した。
「なんじゃと!? またお前かエミル! まったくお前は帰るたびに色々と物を壊していく。しかもよりによって結界を壊すとは何事じゃ。あれはワシらの生命線じゃぞ」
すると老人の男性が厳しい口調でエミルを責める。
「いやだって、この隠れ里が危ないって風のウワサで耳にしちゃったからさ。慌てて帰ってきたからつい壊しちゃっただけだし」
「ついじゃないだろついじゃ。……にしても里が危ないだと? 見ての通りみんなピンピンしとるぞ。まあ長老どのは最近は元気がないようであまり表に出てこないがな」
「ふ~ん、それは心配だね。里になにもなくて良かったけど、せっかく帰ってきたんだし長老様の見舞いくらいしていこうかな」
「おお、エミルがそんな殊勝なことを言い出すとはな。それにいつもじい様と言っているのにちゃんと長老様と呼ぶのも珍しい。お前どこかで頭でもぶつけてこんかったか?」
「失礼な、アタシがエミル・ハルカゼ以外の何に見えるってのさ」
「まあ確かにな。ん、エミルよ、なんじゃその剣は? 武術だけに飽き足らず、最近は剣まで扱いだしたのか? いいかエミルよ、我々魔法使いは純粋に魔法の道を究めてこそだな…………」
「ああもう、本当うるさいね。さっさと長のとこに案内しなよジジイども。─────そしたらみんな一緒に地獄に叩きこんでやるからさ」
老魔法使いの小言を聞きながらエミル、いや彼女に魔剣の力で化けたカッサンドーラ・アンブレラは小さく呟いていた。
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