第305話 魔王の寵愛
イリアに残された時間を思って悩み続けるアゼルの気持ちをよそに、彼らは魔族の村らしき場所に辿りついていた。
「砦を越えたからか、ちらほらと魔族の生活圏に入ったみたいだね。どうだろ魔王アゼル、日も落ちてきたことだし今日はこの村で一泊していかないか?」
「まあ別に構わんが、俺の城を出せとか言わないのはお前にしては珍しいな」
「僕だって一応それなりに分別のある大人だよ。魔王たるキミがアグニカルカで城を出せば、大騒ぎになって休むどころじゃなくなるのは容易に予想がつくさ」
「でもリノン、この村に立ち寄るのはわかったけど、みんなどこか暗くないかな?」
イリアは遠目から村の住人たちを眺めてそんな感想を抱いた。
「ふむ確かに、それにこういっては悪いがどこか生活も貧しい印象を受けるでござる」
「んん、そうか? 俺にはよくわからんが、確かに人間たちの大きな街と比べれば活気はないだろうさ。まあいい、とりあえず村の連中に声かけるからお前らは一応大人しくしてろよ」
アゼルはイリアたちを先導して村の中へと入っていく。
当然ながら、突然の来訪者であるアゼルたちに住人たちはすぐに気付き、村の中がざわつき始めた。
「驚かせて悪いが、この村で一番偉いヤツは誰だ? 俺は魔王アゼル・ヴァーミリオン、わけあって人間たちを連れてギルトアーヴァロンまで帰る途中だ。申し訳ないが一晩休める場所を貸して欲しい」
アゼルがそう発言すると、村の住人たちは非常に驚き、彼らは瞬く間にアゼルの前へと集まって恐れおののきながら平伏する。
「わ、私がこの村の長、グレグ・ダンブリンでございます。魔王さまはギルトアーヴァロンにて療養中とと聞いておりましたが、ご壮健のようでまことに嬉しく思います」
村長であるというグレグは声を震わせながら、まるで地面と会話するかのようにアゼルへと麗句を述べた。
「リノン、この人たちどうしたのかな? アゼルのことがそんなに怖いのかな?」
「違うよイリア、ここの住人は魔王アゼルを本当の意味で畏怖しているのさ。言うなれば、神様が突然の気まぐれで立ち寄ったようなものさ。彼らは何かのきっかけで魔王の不興を買うのが怖いし、それ以上に栄誉なことだとも思っている」
「栄誉?」
「お前ら、静かにしてろと言っただろ。まあいい……グレグ、さっきも言ったが俺たちは一晩世話になりたいだけだ。どこか適当な場所を用意してくれるだけでいい」
「はは、それでは私の家をお使いください。とても魔王さまをお招きするにあたって相応しい場所とはまいりませんが、それでもこの村においては最上の場所でございます」
「そうか、ではそこを使わせてくれ」
村長の申し出を当然のように受けるアゼル。それはまさに絶対的な王の振るまいだった。
「ところでグレグ、俺の供がお前たちに活気がないように見えると言っている。それは本当か?」
「そ、それは、魔王さま」
アゼルから予想外の質問を受けたグレグは、答えに窮してしまう。
「構わん、隠し事なく全部言ってみろ」
「わ、わかりました。それでは、我が村の事情を話す無礼をお許しください。実のところ、この村は貴族ギーニアス様の支配下にあります。そして見てわかるとおり、我らは下級魔族に過ぎず貴族様の庇護下になければ日々の生活もままならない状況にあります」
「庇護下? この地域にも十分に魔素が行き届いているはずだ。別に貴族程度の力に頼る必要もないだろ」
「いえ、魔王さま。畏れながら申し上げますと私どもは本当に最下級の魔族に位置する者どもです。自ら生み出せる魔素などごくわずか、大気から魔素を取り込む力すら十分ではありません。結果、上位の魔族の庇護下に入るか、もしくは人間たちのように農耕や狩猟をして日々を繋ぐしかないのです」
「なるほどな、それでこの村には畑があるのか。すまなかったな、俺の認識不足だった。しかしそれなら問題は解決しているはずだが、何故この村には活気がない?」
「それは……」
村長グレグは話して良いものかと口ごもってしまう。
「どうした、言ってみろ」
「ここ数年のことです。貴族ギーニアス様は我々の食事に興味を持ってしまわれ、ことあるごとにこの村から食糧を徴収してしまわれるのです。そのうえ、私たちへの魔素の供与もしぶられるようになり、去年も数名の死者が出る始末となっております」
「なに?」
アゼルはグレグの言葉を聞いて、怒りの表情に変わる。
「なんだそいつは、他に頼れる者はいなかったのか?」
「おりません、この村はアグニカルカにおいて辺境も辺境。そのような場所にまで気を回す貴族などいないのです。ゆえに、我々はギーニアス様に逆らうことはできません」
「そうか、わかった。……ところでグレグ、この村の住民は今集まっているので全員か?」
「はい、女子供含めて、ここにいるのが全てでございます」
「では全員少し目を瞑っていろ」
アゼルの命令に村の者たちは当然のようにしたがって目を閉じる。
するとアゼルは片手を伸ばし、自身の魔素を彼らに向けて放った。
「!?」
突然のことに驚き、目を見開く村の住民たち。
「ま、魔王さま、今のはまさか?」
「身体の調子はどうだ? 俺も『寵愛』なんて久しぶりだったからな、加減を間違ってなければいいが」
「と、とんでもありません。ありがとうございます、ありがとうございます!!」
アゼルの言葉に、村長グレグは涙を流しながら頭を下げた。
「え、なに? どうなったの?」
「わからないかいイリア。魔王アゼルが彼自身の魔素を与えたことによって、村の住人全員の魔族としての位階が上がったのさ」
「位階? 以前から気になってはいたが、魔族のその位階というのはどういった仕組みでござるか?」
「そうだね、彼らの上下関係は人間たちのように権力的な力の強さを意味しない。魔族にとって位階、階級が上がるということは文字通り肉体や能力の向上のみを指しているのさ」
「でもリノン様、それだけのことが特別な訓練もなく今の一瞬だけで起きたってことですか?」
「何を言うんだアミスアテナ、今さっきの魔王アゼルの行為は魔族において特別も特別、『魔王の寵愛』と呼ばれるものだよ。絶対者である魔王の魔素を内側に取り込むことは、魔族にとって一番の成長イベントだ。だからおいそれと魔王がその寵愛を振りまくことはない」
「うるさいぞ大賢者、別に俺は出し惜しみをしてるつもりはないが、他の貴族連中がうるさいからあまり気軽にするわけにはいかなかっただけだ。……それでどうだお前たち、今くらいの力があれば別に貴族程度の庇護がなくても問題はないだろ。これで宿代くらいにはなったか?」
「ま、魔王さま。ありがとうございます、本当にありがとうございます。私どもは生涯に渡り今日のことを忘れることはないでしょう」
止めどない涙を流し続ける村長グレグ。それは彼に限ったことではなく、この村の住人全てが同様に感涙にむせんでいた。
「なんだかすごいねアゼル、まるで本当に王様みたい」
「まるでじゃねえだろイリア、俺は本当に魔王だっての。それに、これも良いことばっかりじゃないしな」
こうしてイリアたちは立ち寄った魔族の寒村に宿泊することになったが、アゼルは何故か少しだけ後悔するように呟いていた。
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