第304話 リノンの予言
「「「「「「大変申し訳ありませんでした魔王様!!!!」」」」」
エミルとシロナの両名によって砦が陥落し、魔族の兵士たちはようやくアゼルが本物の魔王であることを知って平伏していた。
「いや、まあ分かってくれればいいが。というかむしろあんなバケモノどもをお前たちにぶつけてすまなかったな」
アゼルは地面に頭をこすりつけんばかりに謝り続ける魔族の兵士たちに対して頭をかきながら逆に申し訳なさそうな表情をしている。
「バケモノってのが誰のことかは知らないけど、アタシとシロナは気持ちよく身体を動かせたからまあいっか」
「む、それではまるで拙者がエミルのように暴れ回ったように聞こえるでござる。訂正が欲しいところ」
満足そうな表情のエミルに対し、シロナは彼女と一緒にされたことで不満そうな顔をしている。
「ったく、実際シロナもエミルと大して変わんねえよ。……まあ、お前らレベルの連中を相手に命の保証付きで戦闘の経験を積めたと思えばここの兵にとっても悪くはなかっただろうが」
「不甲斐ないところをお見せしてまことに申し訳ありません!!」
この砦の責任者であろう魔族がさらに深くアゼルに頭を下げる。
「勘違いするな、別にお前たちを責めているわけじゃない。それに最初にも言ったが俺たちはただここを通りたかっただけだ。色々と思うところはあるだろうが今はただ素直に通してくれ。アルトには俺から言っておく」
「いえ、私どもごときが魔王様に意見するなどありえるはずがありません。で、ですがアルト様にはなにとぞ我らの醜態はご内密にしていただけると」
責任者の魔族はブルブルと震えながら、さらに頭を地面につけてアゼルに懇願する。
「おいおい、どれだけアルトが怖いんだよ。まあいい、一応は黙っておく。だがもうここは通らせてもらうぞ」
そうしてアゼルたちは半分以上がガレキに埋もれた砦をどうにか抜けていった。
「ふ~、一時はどうなることかと思ったけど何事もなく通過できて何よりだよ」
清々しい笑顔を見せながら大賢者リノンはわざとらしく汗をぬぐう仕草をする。
「お前は本当に何もしてなかっただろうが!」
「いやいや、僕だってドキドキハラハラしてたさ。何せ僕のシステムブックで把握できる未来は虫食い状態だ。何がきっかけで道を踏み外すかわかったもんじゃないからね」
「既に人生の道を踏み外しているリノンが口にすると含蓄があるでござるな」
「シロナ、ダメだよ。本当のことでも言っていいことと悪いことがあるんだから」
シロナの発言に対し、イリアが姉のようにたしなめる。
「う~ん、イリアも何ひとつフォローしてくれてないけどね、とほほ」
「とほほじゃないっての。それで、リノンは今のとこどの程度未来を把握していられるわけ? 情報を共有できるならしときたいんだけど…………それだけの未来、まだ残ってる?」
「エミルくんは本当そういうとこ鋭いよね。それじゃあ正直に話そう、この前に賢王グシャに僕の能力の一つ
リノンは飄々とした表情でその事実を告げる。
「ふーん、具体的には?」
「ほぼ何も見えないと言った方が適切かな。今の僕に選択できるのは微かに点在する未来に向けてキミらを誘導することくらいさ。とはいえそれすら直前にならないとわからない未来ばかりだけれど、ね!?」
リノンの軽い口調が突然止まり、彼にしては珍しい真剣な表情へと変わっていく。
「どうしたのリノン? 何かマズイことでもあった」
そんなリノンを見て、さすがに心配そうな表情を見せるイリア。
「いや、これは、まさか」
しかしイリアの言葉が聞こえていないのか、リノンの表情は青ざめていく。
「言いなよリノン、アタシもちょっとだけ嫌な予感がしてきたからさ」
言葉とは裏腹に、エミルは動じない顔でリノンに続きを促した。
「まったく、こんな虫の報せみたいなモノを知覚できるなんて、エミルくんキミの方がよっぽどチートだよ。だけど正直言葉を選んでる場合じゃないね。今まさに
「え、リノンそれって」
かつてキャンバス村が燃え滅びた経験があるイリアは不安そうな表情となる。
「その場所とはエミルくん、キミの故郷。魔法使いの隠れ里だよ」
「…………そう、原因は?」
「すまないけど、そこは虫食いでわからなかった。前後の状況はほぼ不明、ただ分かっているのは3日後には確実に手遅れだということだけだ」
「うん、それだけわかれば十分かな。イリア、ちょっと悪いんだけど先に行っててくれる? 後から追いつくからさ」
そう言ってエミルは魔法使いの隠れ里があるであろう方向へ視線を向けていた。
「エミルさん!? まさか一人で行くつもりですか? 私たちも一緒に行きます」
「イリアの言う通りだ。今まで散々お前の力を借りたんだ、迷惑をかけられたこともないわけじゃないが、こういう時はお互い様だろ。俺たちにも協力させろよ」
「イリアにアゼル、気持ちは嬉しいけどそれは無理じゃない? 二人とも分かってるんでしょ、アンタ達に寄り道してる時間はないって」
エミルは少しだけ嬉しそうな、少しだけ寂しそうな表情を二人に向けていた。
「エミル、さん」
「これでもイリアよりはちょっとだけお姉さんだからね、アタシの心配よりも自分の心配をしなさいって思っちゃう。残された時間はそう多くないんだから、後悔しないように使いなよ」
突き放すような、優しく頭をなでるような言葉でエミルはイリアたちの助力を拒絶し、彼女は既に移動の準備を始めていた。
周囲の魔素がエミルに向かって収束していき、彼女の肉体に刻まれた魔奏紋の内部で高密度の魔力に変換されていく。
「それに、どっちにしろ全員で移動してたんじゃ絶対に間に合わない。ここからウチの里まではどんなに急いでも10日はかかるんだし」
「な、それじゃお前がどうやったところで……」
「慌てないでよアゼル、それは普通に移動したらの話。リノンじゃないけどさ、アタシが普通の手段なんて使うわけがないじゃん」
そうエミルが口にした瞬間、風が彼女の内側から溢れだす。
「残念だけどエミルくんの言う通りだ。この場所からの最短距離を魔法の連続行使で駆け抜ける。間に合う可能性があるとしたらそれしかない」
悔しそうに歯噛みしながらリノンは語る。
「エミルくん、身勝手な願いで申し訳ないが、どうか間に合ってくれ。昔のトラウマでね、誰かの故郷が燃えるところを見るのはもうイヤなんだ」
「リノンがそんな顔するなんて珍し、よっぽどヤな思い出があんだね。ま、アタシの知ったことじゃないけどさ、元凶がいるならぶっ飛ばしてくる、ただそれだけだよ。……猛き風『エアリアル』」
エミルが魔法を唱えた瞬間、彼女は風に巻き上げられて上空20mまで上昇し、さらなる豪風をその背に受けてアグニカルカの空へと飛翔してイリアたちの前から消えていった。
「うぬ、しまった声をかけそびれたでござる」
「心配ないでしょシロナ。あの子のことだもの問題なんて一瞬で片付けて、どうせ頭の痛い問題を抱えて笑いながら帰ってくるわよ」
残念そうな表情のシロナにアミスアテナが苦笑しながら声をかける。
「確かにな、それよりも問題は……」
そういってアゼルの言葉が止まり、彼の中でエミルの言葉が繰り返される。
『二人とも分かってるんでしょ、アンタ達に寄り道してる時間はないって』
それは既にリノンにも忠告されたことでもあった。結晶化の進行したイリアが18歳を越えることはないと。
「アゼル?」
思い悩むアゼルを心配するように、イリアは彼の顔を覗きこむ。
「いや、なんでもねえよ。わざわざあのエミルが気を遣ってくれたんだ、俺たちも先を急ごう」
そんなイリアの心配を振り払うように、嫌な未来へと焦点を合わせないように、アゼルはアグニカルカの主城を目指して歩きだした。
(わかってる、時間が足りないことも、俺の力だけじゃ解決しない問題だってことも。でも、それなら、イリアの誕生日までの残された時間で、俺にできることっていったい何なんだ?)
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