第303話 魔王様がこんなところにいるはずが
砦に辿り着いたイリアたちに対し、厳戒態勢をとる百名以上の魔族の兵士たち。
「おいお前ら、警戒するのもわかるが俺は魔王、魔王アゼル・ヴァーミリオンだ。わけあって人間たちと同行しているが、こいつらとは敵対しているわけじゃない。だから素直にここを通せ」
そんな兵士たちに対し、アゼルは魔王として当然の威厳をもって命令する。
「おお、流石に魔王の風格があるねえ。それであちらさんの反応は?」
リノンがニヤニヤとしながら魔族の兵たちへと視線を向けると、
「魔王だと? ウソをつくな、こんなところに魔王様がいるはずがないだろ!!」
「ああ、これはきっと魔王様を騙る偽者に違いない!!」
「まったく、アルト様から通達があった通りだったな。ええい、この偽物を討ち取るぞ。ものどもかかれぇ!!」
口々に叫びながら、さらにぞろぞろと砦から兵士たちが飛び出してきた。
「おいおい、俺は本物だぞ! なんで信用しない?」
その予想外の光景にアゼルは困惑していた。
「まあまあ落ち着きなよ魔王アゼル、本物が本物であることを証明するのは意外と難しいものさ。むしろ言葉だけで誰かを信じさせられるヤツがいるとしたら、それはむしろ本物じゃなくて詐欺師を疑った方がいいね」
迫りくる兵士たちを前に唖然としているアゼルに、リノンはやれやれといった表情で自説を述べる。
「ホントお前とかがそうだよなクソ賢者! ええい、そんなことはどうでもいいんだよ。どうすんだよこの状況……ってアレはアルトの使い魔か?」
アゼルが頭上を見上げると1羽の大きな魔鳥が上空を旋回しており、その鳥が1枚の手紙をアゼルに向けてヒラヒラと落とした。
「また手紙かよ、嫌な予感しかしないんだが。え~、なになに?」
アゼルが慌てて手紙を読むと、
“拝啓お父様、この度はアグニカルカに足を運んで下さりまことにありがとうございます。つきましては、道すがらいずれ私の手足となる魔王軍の軍事教練でも行なっていただければ幸いです。四天王ルシュグルたちの蛮行によって低下した兵士の質も、適度に死ぬ思いをすれば格段に向上することと思います。ただし、将来の私の部下ですので決して再起不能にすることのないよう、細心の注意を払ってください。もしそれが守られぬようでしたら、お父様が言い訳をする前に私がお母様にイリアのことを何もかも話してしまうかも…………”
「なんてヤツだ、親の顔が見てみたいわ! って、ああ俺のことだよチクショウ!!」
アゼルは読み終わる前に手紙を握りつぶし、行き場のない感情を空に向かって吠えた。
「突然どうしたのアゼル? ボケた?」
隣にいたイリアはかわいそうなモノを見るような憐れみの視線をアゼルに向ける。
「そんな目を向けるなイリア、まだそんな歳じゃねえよ。つまりはだな、アルトの注文であの兵士たちを適度に鍛え上げて、かつ取り返しのつかないケガをさせるなだとさ。まったくアイツも無理難題を言いやがる」
「そうかい、それならイリアが前に出るわけにはいかないね。魔族の一般兵士くらいじゃイリアに触れただけで大ダメージを負いかねない。ちなみに僕もその手の面倒なことはしたくないので今回は観戦させてもらうよ」
「ちょっと待て、イリアはわかるがお前は仕事しろよ大賢者!」
「いやいや僕の出る幕なんてないだろ? キミにだって仕事が回ってくるかあやしいくらいだからね。……だってほら、あの二人はもう行ってしまったからさ」
「あの二人? って、ゲッ!?」
リノンに促されてアゼルが砦に視線を向けると、エミルとシロナが既に兵士たちを迎え撃つために走り出していた。
「シロナ、久々に勝負しようか」
喜々としてまず一人目の兵士を殴り飛ばすエミル
「乗ったでござるエミル。しかしこの一刀一刀、どの魔族にも怪我は負わせない」
シロナもエミルに呼応するように聖刀にて技を繰り出していく。
しかしシロナの斬撃を喰らっても、兵士たちは気絶するのみで切り傷ひとつ身体には見当たらない。
「うんうん、シロナの非殺傷性も発揮されていて何より。エミルくんだって不思議と命に関わるケガをさせることはないし、これなら安心して見ていられるだろ?」
手近な岩にのんきに座りながらリノンは本当に観戦を始めていた。
「いや、これは安心もなにも…………」
アゼルが呆然とするのもつかの間、
「直心一刀! 鵠心双閃!! 錬心万虹!!!」
「雷神の裁き《トール・ジャッジメント》!
シロナとエミルの繰り出す聖刀と魔法の連撃によって、わずか数分で数百名の兵士は戦闘不能となり、さらに砦は半壊するという大事態になっていた。
「いやぁ、アタシとシロナ二人でやってもまだカタチが残ってるとか魔族の砦は頑丈じゃん。もうちょっと壊しとこうかな」
「うむ、拙者も聖刀が冴えわたってきたところ。もう少し先の領域へ踏み込むでござる」
「いや待て! え~と、あのだな、エミルさん、シロナさん。もうそのくらいでやめておいてもらえると魔王としては嬉しいんだが」
目の前のあまりの光景に苦笑いで頬を引き攣らせながら、アゼルは自分の砦と兵をボコボコにした二人に申し出ていた。
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