第303話 アグニカルカ入国
ハルモニア大陸において魔族領と人間領を隔てる『大境界』を勇者イリアたち一行は悠々と進んでいた。
「またここに来ることになるとはな。ちっ、あの英雄ラクスに殺されかけたのを思い出す」
魔王アゼルは自身の首を撫でながら、今まさに通り過ぎたばかりの巨大な飛竜の亡骸を振り返る。
「ああそうか、キミたちは僕と再会する前にあそこで彼女と死闘を繰り広げたんだっけ? いやぁ、その場に僕が居合わせていればみんなをそんな危険な目には合わせなかったのになぁ」
そう言って大賢者リノンはわざとらしく頭を搔く。
「何言ってんのさリノン。この前そのラクスと対面した時、思い切り逃げ腰になってたくせに。アレでしょ、ラクスの持ち物の中にリノンも殺せる武器とか入ってるんじゃない?」
そんなリノンの背中を隣を歩いている魔法使いエミルが小突く。
「さて、それは僕にだって分からないよ。ただその可能性は否定できないからねぇ。昔の彼女ならともかく、今のラクス嬢にちょっかいを出せば僕だってうっかりで殺されかねない」
「だったら一度殺されておけよ。曲がった性根が少しは直るかもしれんぞ」
「そいつはゴメンだよ魔王アゼル。命もこの性根もそれなりに大事にしてるからね。まあそれにしてもわざわざ徒歩で行かないといけないあたり魔族領に行くのは本当めんどくさいなぁ。あ、魔族領じゃなくて正式にはアグニカルカだっけ?」
「どっちでもいいし、いちいち文句を言うなヘタレ賢者。馬車なんかで魔素の充満した土地に乗り込んだら馬がすぐに死んでしまうだろうが」
アゼルの言葉通り、彼らがこれまで使ってきた馬車は大境界の直前にある街フロンタークで売却していた。
「違うよ~、僕が言ってるのはそれならそれで魔族用の乗り物とかないのかってことさ」
「むぅ、なくは、ないがな。手ごろな魔獣を従えれば乗り物の代わりにはなる。だが、移動用に育ててるわけじゃないから乗り心地は最悪だし、御者が力不足だと普通に襲ってくることもあるしであんまり実用的じゃねえんだよ。逆に人間たちは馬車馬とかをよくあそこまで躾けられるものだと感心するくらいだぞ」
「そうかいそうかい、生命の強さは人間よりはるかに優れているのにその辺りの融通がきかないんだねキミらは。にしても魔王ほどの力量なら魔獣に舐められるなんてことはないだろ?」
「そりゃな、だけどこの前のラクスとの戦いで俺の城の中の魔獣はみんな倒されてるからな。今の俺の手持ちはいないし、それに……」
少し鬱陶しそうにリノンと話していたアゼルの言葉が一瞬途切れる。
「……それに、私が乗れないからでしょ? 変に気を遣わなくていいよアゼル」
そんなアゼルの言葉をイリアが継いで繋げる。
「別にイリアに気を遣ったわけじゃねえよ。このバカ賢者がしつこく聞いてくるからだな」
「ははは、ごめんごめん。確かにイリアとアミスアテナの前では、魔獣も魔物も触れるどこらか近づくだけで命を失いかねない。いやはや、これは僕の失言だったね」
「問題ないでござるよ。リノンの失言をいちいち数えていたらキリがない」
リノンの言葉を涼風のように流しながら、人形剣士シロナは淀みない歩みで進んでいく。
「シロナってば僕に厳しいなぁ。まあなんにせよだ、逆に言えばイリアとアミスアテナがいれば魔獣たちに下手に襲われることもないわけだし、のんびりと散策気分で魔王の領地に乗り込むとしよう」
「あのな、魔王同伴でやってくる冒険者がどこにいんだよ、…………ここにいるけどよ。それはともかくイリアとエミルは問題ないとして、シロナとリノンはここから先大丈夫なのかよ、身体は」
「ん、僕らの身体かい? ああ、魔素による浸食のことだね」
「拙者は問題ない。むしろ動力の関係上、多少は魔素があった方が調子が良いくらいでござる」
「そういうことらしいよ。そして僕はというとね、─────
「ああもうわかった、
「おや、随分と僕のことを理解してくれるじゃないか。まあ
リノンは人差し指を立てながらのんきに笑う。
「まったく、『不死』に一本、『不老』に一本、片手の指五本分しかない権利をよくもまあ保身の為に使うもんだよな」
そんなリノンを見て呆れるアゼル。
「いやいや、そもそも不老に近いキミには言われたくないよ魔王アゼル。僕が世界を検分する為には途方もない時間が必要なんだから仕方ないだろ? ま、不老と不死以外ならいくらでも
「そんなバカなこと言ってる間にもう領域に入ってますよ、リノンさ…………リノン様。ここからはいつ魔族と接触するか分からないんですから、少しは気を引き締めてください」
少しだけ緊張した声で、イリアの腰に差してある聖剣アミスアテナがリノンを注意する。
「ああ、ごめんよごめん。ここから先は、キミとっても特別な場所だったね。一応聞くけど、この先はどんな風になってるんだい、魔王アゼル?」
「どんな、って言われてもな。本来であれば浮遊城ジークロンドが大境界には布陣してあったから、ここから先は中継点となる砦があるくらいだよ。まあそれも10年前の話だからな、それからどんな風に配置をいじってあるかは知らん」
「なるほど、ハルモニア大陸を分断する魔素の境界こそが天然の防壁であり、人間たちが容易に侵入できるわけがないしね。そこまで防御拠点に力を入れる必要がないわけか」
「まあそれでもいくつかの城は点在している。これはなんというか、防備のためというよりは一部の貴族連中の希望を叶えたカタチだ。ギルトアーヴァロンから離れて自身の支配権を確立したい奴は少なからずいてな。俺が魔王になる前からの有力者たちだから無碍にもできなくてな」
少しだけアゼルは苦々しい顔をしている。
「ふ~ん、案外魔族も一枚岩じゃないってこと? でも今の話を聞いて思い出したけど、その手の魔族の城ってアタシが
「それはほとんど全部だよ! 何してくれてんだよエミルてめえ」
「だって城破りしてればどこかで魔王にでもぶつかるかなって思ってたからさ。まさか勇者に手なずけられてるとか思わないじゃん」
「なんて理由で城落としをやってくれてんだよ。それに俺は別に勇者に手なずけられてなんかいねえよ」
「……あっそ、アンタたちみたいに仲良く手を繋いでちゃ説得力もなにもないけどね」
エミルは呆れるように魔王と勇者を見て嘆息した。
「そんなことを言ってる間に見えてきたでござるよ」
「ああ本当だね。魔王アゼル、あれが魔族の砦で間違いないかい?」
「ん、そうだな。どうやらこの辺りは俺の記憶とそんなに変わりないらしい」
「それでどうするのアゼル? 普通に通してくれるのかな」
イリアは少しだけ心配そうにアゼルに尋ねる。
「問題ねえよ、俺を誰だと思ってる。魔王が自分の領地に帰還するのに追い返されるわけないだろうが」
そう楽観的にアゼルが口にしたその瞬間。
「そこの怪しい連中、止まれ!!」
砦の見張り台から厳しい声が響く。
「今現在このパシバル砦は厳戒態勢にある。大人しく投降すればよし、抵抗するようなら死を覚悟せよ」
その宣言に続くように次々と魔族の兵士たちが現れた。
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