第300話 クレアの決断

「わかったか? これがこの国の、この世界の現状だ。今この世界はあの勇者の献身と怒り、ただそれだけに支えられている。お前たちキャンバス村の生き残りの存在は、その勇者が剣を収めてしまう理由になりかねない。だから生き残ってしまったのならせめて邪魔をするな。勇者にも、アベリアにもだ」

 白騎士カイナスは、勇者イリアの戦いを見て放心しているクレアにそう言い放った。


「帰り道は覚えているな? 後は一人で部屋に戻れ。もし勝手なマネをしていたらその時は殺す」


「アナタは、どこへ?」


「さすがに魔族どもも馬鹿じゃない。単身であれば数で押しきれると思った勇者がいっこうに沈まないのなら、別働部隊を出すのは当然だ。そろそろ賢王グシャが予測していた時間になる。俺は別門からそれを迎えうちに行く」

 そう告げるとカイナスはもはやクレアに興味がないとその場を去っていった。


 残されたのは打ちひしがれるクレアのみ。


 生きていることが邪魔だと言われ、キャンバス村の平和も世界から見れば余計なモノだと見せつけられた。


 突然多くのモノを奪われた自分にこれから生きる意味があるのかと彼女が悲嘆したその時、


「ああ、ここにいたのか。探したよ、部屋にいないものだから」

 息を切らしながら黒騎士アベリアがその場所に現れた。


「アナタは、どうして? これから別働隊との戦闘があるんじゃないですか?」

 クレアは瞳に涙をにじませながらアベリアを見る。


「誰からそれを、ってカイナスか。君をここに連れて来たものアイツだね。その様子だと何かイヤなことを言われたかもしれないけど、どうか許してやってほしい。何せこの状況だ、彼も普段よりずっと気が立ってしまってるんだ」

 アベリアは仕方ないなと頭をかきながら、カイナスが向かったであろう戦場へ目を向ける。


「ああ、それと今回の出陣に自分は含まれていない。賢王の予測だと明日の夜に南の森からヤツらの奇襲部隊がやってくる、私はそれの迎撃を命じられた。さっきの話はそれだったよ」


「え、魔族の奇襲のタイミングがなんで分かっているの?」


「ん、言われてみればおかしな話だ。だけど賢王グシャの命令は絶対だ、いや絶対に間違うことがないって言った方がいいかな。今までがそうだった、だから私もその臣下として迷わない」


「絶対に、間違わない。────それは私たちの村を滅ぼしたことも含めて、ですよね」

 感情の乗っていないクレアの発言。


「それ、は。今の私にはわからないことだ。正しかったのか、大きな罪を犯したのか。いや、あれが私の背負うべき罪であることに変わりはない。だがそれでも、あの王がこの国の為に間違ったことをしたとは思いたくない。…………すまない、君の前で口にするべきことではなかったな」


「いえ、いいです。アナタの考えはわかりました。それに、さっきまであの人につきつけられていた言葉よりは、幾分マシです」


「そう、か。カイナスには後日きつく言っておくよ。それからなんだが、君を連れて行きたい場所がある。構わないか?」


「─────連れて行きたい場所ってどこですか?」


「あの村の子供たちを保護している孤児院だ」

 

 アベリアのその言葉をクレアが断るはずもなく、彼女はその孤児院へと連れられていった。



「あ、クレアお姉ちゃんだ!!」

 クレアが孤児院を訪れると彼女の来訪に気付いたキャンバス村の子供たちがいっせいに駆け寄ってきた。

 クレアも体調が万全ではないものの、ぶつかるように抱き着いてくる子供らを気力で受け止める。


「良かった、良かったみんな、無事だったんだね」

 子供たち本当に生きていたことをその目で確かめ、感情のタガが外れたのかクレアの瞳からポタポタと涙が零れ落ちていく。


「お姉ちゃん! おとうさんが、おかあさんも、みんな死んだっておとなの人が言うの。ウソだよね、ウソなんでしょお姉ちゃん!」

 子供たちもクレアを見たことで安堵したのか、次々と大声で泣き始めていた。


「うん、うん、ごめんね。ごめんね、私になんの力もなくて。私じゃ、誰も守れなくて」

 再会の場で大粒の涙が流れ続ける。


「でも、リン、オルフェ、サイール、ルカ、ロイ、ミリア。みんな、生きていてくれてありがとう。本当に、良かった」

 子供たちを抱きしめながらクレアは泣き崩れる。

 その様子をアベリアはただ静かに見つめ続けるしかなかった。


 しばらくしてクレアと子供たちが落ち着くころに、アベリアは彼らを一室へと案内してゆっくりと話をする場所を用意した。そして彼自身は孤児院の管理者と話があると言って席を離れる。


 クレアと話をするうちに少しずつ明るさを取り戻す子供たちであったが、彼女は子供たちの様子に少しだけ違和感を感じるのだった。


「少しはゆっくりと話せたかい、クレア?」

 二人で孤児院から出たところでアベリアはクレアに尋ねる。


「はい、あの子たちが無事で良かった。でも、なんだか……」


「無理をしているように見えた、だろ?」

 アベリアは彼女の言いたいことが分かっていると言葉の先を継ぐ。


「男の子たちには新しい青アザ、女の子たちもどこか萎縮しているようだった。もちろん環境が変わったことによる影響もあるだろうけど、さっき孤児院の人に確認した。……もういじめが始まっているらしい」

 真剣な口調でアベリアはそう言った。


「いじめ!? なんでそんな」


「そうか、一つの完成した村、閉じられたコミュニティしか知らない君にとっては理解しにくいだろうね。孤児院ってのは当然孤児の集まりだ。孤児になった背景もバラバラの連中が一つの閉鎖的な空間に押し込まれる。それだけでも相当なストレスだけど、一応時間をかければそれなりに歯車がかみ合ってそれこそ小さな村のようになる」


「?? それなら時間が経つのを待つしかないってこと?」


「いやそうじゃない。キャンバス村の子供たち、あの子らは元々いた孤児たちからすればよその村の集団でしかない。つまりは敵なんだよ。別のグループの子供たちが入ってきたことで食事も場所もあらゆるモノを分けあわなければいけない。でもそれは元々いた子供たちからすれば新しい連中に強引に奪われることと変わりないんだ」


「そんな、あの子たちがあそこにいるのも仕方ないことなのに!!」


「ああ、その通りだ。でもそんな理屈は子供らには通じない。あの孤児院には今回多めに寄付をして便宜を図ってもらっているが、それだけでは解決しないだろう。孤児の死生観は大人よりもシビアだ。敵は排除する、徹底的にいじめてでもね。物語のように手と手を取り合ってとはいかないのさ」

 寂しそうな諦観の瞳でアベリアはそう言い切った。


「僕も、君を部屋から連れ出したカイナスも孤児でね。二人だけでどうにか子供時代を生き延びたけど、それは逆を言えばどのグループにも属せなかったってことでもある。自分を、自分たちを守るので精一杯、そういう世界もあるんだよ」


「それじゃ、あの子たちがいじめられて追い出されるのを黙って見てろってこと」


「そうは言わないさ。僕、いや私には責任がある。近い内に新しい孤児院を建てる。近衛騎士に振り分けられている土地で、未使用の区画があってね。元々いずれ孤児院を作る計画を立ててたんだけど、それを前倒しにする」


「そんな、なんでそこまで」


「責任、だと言っただろ。私の独断で彼らの手を取った以上、最後まで握り続けるよ。もちろん魔族に攻め込まれているこの状況を先にどうにかしないといけないけど。それに……」


「それに?」


「君らを今、勇者に会わせるわけにはいかないから。勇者イリア・キャンバスが君たちの生存を知れば、必ず刃が鈍る」


「そんな、ことは。イリアは世界を救うために、ずっと修行をしてきた。私たちが生き残っていることを知ったからって」


「無理だ。そんな漠然とした思いで戦い続けられる人間なんていない。今彼女が、戦闘経験もロクにないあの少女が不眠不休で戦っていられるのは、自分の故郷を滅ぼされたという炎のような憎しみがあるからだ。少しだけでも彼女の側で戦ったのならわかる。あの女の子の本質はどこにでもいる優しい少女だ。その勇者が戦うための原動力を失えば、苛烈さは消えて一瞬で魔族に飲み込まれてしまう」


「それは、」

 クレアはそれ以上何もアベリアに言い返せなかった。

 それはクレアも知っていたから。イリアが本当は誰も傷つけたくない優しい女の子だということを。ただ勇者の素質をもって生まれてしまっただけの、世界の生贄でしかないことを。


「だからクレア、君にも約束して欲しい。勇者イリアの前に現れないと。今彼女の火が消えれば、この国の人間は全て死ぬことになる。その代わり君たちの安全は僕が必ず守る」


「私たちの村を滅ぼしたアナタを、私たちの親を殺したアナタの言葉を、信じろって言うの?」


「……そうだ、君たちの仇の言葉をどうか今だけは信じて欲しい。償いはいずれ、この命をもって払おう」


「その言葉、忘れないで。それに、身の安全の保障は子供たちの分だけでいいです。イリアがたった一人で戦っているのに、守られてばかりじゃいられない」


「では、君はどうするんだい?」


「明日は、魔族の奇襲の撃退に行くんですよね。私も手伝います、私もあの子たちを守るためなら何でもしてみせる」


「それは、受け入れられないな。そもそも軍属ではない君を作戦には加えられない。そうでなくったって君を戦場に出したくはない。命の危険の意味でも、君の素性がばれる意味でも」


「だったら私をアナタの部下にでもすればいいじゃない。なんだってやってやるわよ。もしそこで私が犬死にするのならむしろ好都合でしょう! ……あの時、私を殺さずにこの手を取ったのなら、最後まで離さないでよ」

 クレアは語気を強めてアベリアの手を両手で力いっぱい握りしめて詰め寄った。

 それは昏睡から今日目覚めたばかりとは思えないほどの強い力だった。


「これは、僕の負けなのかな。……了承した、君を内々に僕の部隊に加える。作戦時は顔を兜で隠すように、そして監視のため絶対に私の側から離れるな。その条件が飲めるのなら同行を許可しよう」


「それで結構です。あの子たちを守るって約束を忘れないで、アナタが約束を果たせないと判断したら必ず私がその首を落とすから」



 こうしてクレアはアベリアの部隊に組み込まれることとなった。


 後日この話を聞いたカイナスはこう嘆いたという。

「馬鹿が、余計な荷物ばかり増やしやがって。それじゃあどんな結末であっても、お前が涙するしかないだろうが」

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