第298話 白騎士カイナス

 黒騎士アベリアが賢王グシャのもとへ行き、部屋に残されたのは少女クレアと白騎士カイナス。

 そしてカイナスはどうしてか、敵意のこもった瞳を彼女へと向けている。


「…………ちょっと、私たちは一応初対面ですよね? 睨みつけないでもらえますか」

 しかしクレアは毅然とした態度でカイナスと向き合う。

 村を滅ぼされた彼女はどう考えても被害者であり、何故彼が明確な敵意を見せてくるのかが彼女にはまったく理解できなかった。


「あ? ……ああ、すまん。つい思っていたことが顔に出ていたな。だが、お前が生きているという事実そのものがアイツにとっての重荷なのだ。俺がついその重荷を斬って捨ててしまいたくなっても仕方のないことだろう?」

 そう口にしたカイナスは酷薄な笑みを浮かべ、彼の腰に提げてある聖剣の柄へと手を伸ばす。


 その瞬間、クレアの顔は血の気が引いたように真っ青になっていた。

 敵意どころではない、目の前の男は彼女に対して明確な殺意を持ち、それを今まさに解放しようとしていると理解できてしまったからだ。


「え、な、なんで?」

 わけもわからず、ただクレアの口から言葉だけが漏れ出る。


「言っただろう、お前はアベリアの重荷だと。お前たちを助けたことでアイツは自身の立場を危うくしている。孤児出身の俺たちに確かな居場所などない。賢王の気まぐれで与えられたこの地位すら、何をきっかけに失ってしまうかわからないっていうのに」

 カイナスはまるで愚弟の判断ミスに呆れる兄のように小さくグチる。

 そして、それと同時に彼の手は聖剣から離れていた。


「ん、殺されると思ったか? まあ間違いではない。キャンバス村に出向いたのがアベリアではなく俺であったなら、迷うことなく皆殺しにしていただろうな。……女も子供も関係なく」

 白騎士カイナスは氷のような瞳で彼女に告げる。


「だが順序がずれた、今さらお前たちを殺したところでアベリアの立場は良くならん。さっきのは俺のちょっとしたうさ晴らしだ、許せ。まあ許さなくてもどっちでもいいが」

 突然カイナスは投げやりな態度で首をふる。


「いったい、いったい何なんですかアナタは? ……用がないなら、出て行ってください」

 目の前の白い騎士の殺気が消えたことでどうにかまともな思考が戻ってきたクレアは彼に対して気丈に言い放つ。

 しかし彼女の内心は白騎士への恐怖が渦巻いており、今からでもさっきの黒騎士が戻ってこないものかとすら思っていた。


「出ていけ? ああ、もちろん用が済んだならな。俺は今ちょうどアベリアが王に呼ばれて手が空いているところだ。────だから、今の内に教育でもしておこうと思ってな」

 そう口にするカイナスの瞳からは感情が読めず、彼は部屋に残ったまま一向に出ていこうとはしない。


「教育? いったい、何をするつもりですか?」

 クレアは身の危険を感じ、動かない身体ながらも少しでも彼から距離をとろうとベッドの端へとじりじりと逃げていく。


「言葉通りだ。今のうちに少しでもモノを知っておいてもらわなければ困る。お前を殺したところでアイツの立場は良くならないが、逆にお前の行動次第でアイツはどんどん追いつめられるからな」

 だが彼女の逃亡の努力の甲斐なく、カイナスは迷わずベッドを軋ませるように踏み込みクレアのあごを引き上げて強引に視線を合わせる。


「何の、つもりですか?」

 必死に虚勢を張るクレア。彼女にとって意外だったのは、先ほどは無感情に見えたその瞳に氷のような冷たさはなく、ただ真剣に友のことを思う怒りに満ちていたことだ。


「いいか、今この世界は魔族による大侵攻を受けて既に多くの人間が死んでいる。そしてかろうじて生き残った人々が最後に頼ったのがこのハルジアだ。この国が落ちることは、人間全ての終わりを意味している」

 カイナスは怒りに満ちた強い瞳でクレアに語る。


「だからどうしてもこの状況を逆転させる力が必要だった、という奇蹟がな。だがお前たちキャンバス村はその勇者を秘匿し、我が身可愛さで供出を拒み続けた」


「……だって、それは、だって」

 突然のカイナスの語り、そのあまりに一方的な言い分に戸惑うしかないクレア。


「わかっている、これは都合と都合のぶつかり合いだ。お互いに自分たちの命を最上とする以上、言葉では譲り合えない領域は存在する。────だったら結局は、いらない都合を殺しきるしか手段はないだろ?」


「そんな、そんな理由でアナタたちは私の村をっ」

 カイナスの言葉による結末を思い、彼女は怒りをあらわにする。


「お前、何か勘違いしているな。王の命令は村の襲撃じゃない、皆殺しだ。その命が俺に下っていたのなら、俺は間違いなくそうした。お前のような反論も、それを口にする人間がいないのなら最初からなかったのと一緒だ。だが、アベリアにはそれができなかった」

 カイナスの瞳に、一瞬だけ寂しさがよぎる。


「あの王はそれすら見越していたのか? アベリアが苦しむとわかっていながらこの人選を。いやいい、もはや終わったことだ。……ああ、とどのつまりお前が知っておかなければいけないのは、お前たちは死んでいないといけないはずの人間だってことだ」


「……それは、どういう?」

 クレアは彼の発言の意味が上手く飲み込めず、思わず聞き返していた。


「いいか、お前たちキャンバス村の人間は全て死んだことになっている、勇者イリアを除いてな。そんなお前らが堂々と街中を闊歩かっぽされちゃ困るんだよ」


「そ、そんな! そんなのアナタたちの勝手な都合じゃない!!」


「その通りだ、そしてその都合を覆せるほどの力はお前にはない。これが答えだ」

 カイナスの手はクレアからゆっくりと離れていく。これで話は終わりだと。


 この話が飲み込めないのなら、やはりこの場で殺すだけだと聖剣に手をかけて。


「─────」

 そんな白騎士に対し、クレアは精一杯の敵意を視線に込めた。

 ここで殺されるのなら、それまでだと受け入れて。


 数瞬、交錯する二つの視線。



 先に動いたのは、白騎士カイナスだった。


「─────ふん、やはりこのやり方では納得しないか。まあアイツのベッドを血で汚して恨まれるのもごめんだしな。女、ついてこい。今のこの国を見て、それでも考えが変わらないようなら、その時はこの剣で首を撥ねてやる」


「え、え?」

 突然の話の流れに付いていけないクレア。

 しかしそんな彼女の戸惑いを気にすることなく、カイナスはクレアを強引に立たせて、部屋の外へと連れ出していったのだった。

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