第296話 全てに決着を

「さて、と。色々と吹っ切れたみたいだけど、具体的にイリアにこれからの考えはあるの?」

 あっさりと気持ちを切り替えて、魔法使いエミルは今後のことについて切り出す。


「私の身体のことについてはさっぱり。少なくとも人間領域の中にはもう答えはないのかもしれません。もしあればリノンが黙ってないでしょうし」

 イリアはそう言ってリノンを流し見る。


「うん、まあ残念なことにね。だからまあ僕の知識の外、僕の発想の外側にこそ可能性はあるのかもしれないけど」


「ということらしいです。でも、あるかないかわらかない可能性を模索するより、今の時点ではっきりしていることから手を着けていくのがいいと考えます」

 リノンの言葉は半ば分かっていたと、イリアは冷静に話を進める。


「はっきりしていることってなんだよイリア」

 イリアの身体、寿命のことについて後回しになったようで少しふてくされるアゼル。


「門と聖剣です。今回ハルジアの地下の奥にあった巨大な扉、あれが魔界……ディスコルドとこちらハルモニアを繋ぐ門であることが分かりました。そしてそれを始まりの聖剣クロノスが封印していることも。それなら、魔族領域にある門も同じようにして聖剣で封じられると思うんです」

 イリアは聖剣アミスアテナの柄に手をかけてそう言った。


「ふ~ん、そりゃ原理が同じならできなくもないんだろうけど。あとはあそこに刺さってた聖剣にアミスアテナが劣ってなければいいんじゃない。その辺どうなのリノン?」


「答えから言うと可能だよ。オージュが造り出した聖剣は全て同質だ。始まりが完璧であるが故に、その後に打ち出される聖剣も同じように完璧である、そうでないと無垢結晶とは呼べないからね。そして効果も保証しよう。もし仮に聖剣アミスアテナをあちらの門の前に突き立てたのなら、それにより門の渡航機能は制限されてディスコルドとハルモニアは分断される」


「やっぱり! だったらそれで解決だよね。そうすればあっちとこっちは移動する手段がなくなって、ディスコルドの脅威から門を守る役目だってなくなるよね」

 イリアは的を得たとばかりにアゼルに向かって笑顔を見せる。


「あ、ああ。というかそんなことで本当にいいのか? そんなことで、本当に、門を守る必要が…………、ってそれは俺の問題じゃねえか。イリアの身体の話はどこ言ったんだよ」


「ぶぶ~、アゼルの問題は私の問題でもあります~。いいじゃん、それが終わったらゆっくり探そ? アゼルの国まで幅を広げれば、何か方法があるかもしれないんだし」


「いやそれは、そうかもしれないけどよ」


「というか、さっきから黙ってるけどアミスアテナ自体は何か言うことないの? アンタを封印に使うって話をしてるんだけど」


「…………別に、ないわよ。それで世界が平和になるなら、それも私の望んだことなんだし」


「あ、ごめんアミスアテナ、勝手に話を進めちゃって。でも、ホントにいいの?」


「いいわよイリア。勝手に貴女をそんな身体にしたんだし。それも一つの正しい結末でしょ」

 イリアの声かけに対して諦観的な言葉を口にするアミスアテナ。


「もう、その話をぶり返さないでよアミスアテナ。せっかく気にしないようにしてたのに。というか、死にかけて、クレアたちが生きてること知って、なんか本当にどうでもよくなっちゃった。だからアミスアテナ、私はもう気にしないよ」


「イリア、貴女がそうだとしても、私は……」


「まあまあその辺りでいいじゃないかイリア。自分の中で早々に整理をつけてしまうのはキミの悪いクセだよ。とりあえず今後の方針をまとめると、魔族領域の奥にある門に向かいそこに聖剣アミスアテナを突き立てて封印する、そういうことだね」

 リノンは大仰に両手を広げてイリアの考えをまとめた。


「…………ついに、か」

 誰にも聞こえない小さな声で、アゼルは呟く。


 そうして今後の方針が明確に示されたその時、今まで口を閉ざしていたシロナが、

「ふむ、しかし聖剣を特定の場所に突き立てるというある意味単純な話、何故リノンは今まで実行しなかったでござるか?」

 まるで物事の核心を突くように、人形剣士はそう言った。


「──────────たまたまだよシロナ。僕にはそこまでのことをするモチベーションがなかっただけの話。キミらも知ってると思うけど僕は人でなしのロクデナシ。世の中の平和よりも個々人の悲喜こもごもを眺めてる方が楽しいだけの非人間だ」

 シロナの問いに大賢者はそう答えた。

 まるで能面のような作り笑いを浮かべて。


「ま、リノンがロクデナシの非人間なのは周知の事実だし、どうせ何か隠してるのは分かってるしね。結局その時にならなければ口を割らないんだから今はスルーしておくしかないんじゃない?」

 頭の後ろで手を組みながらエミルは言う。

 ただその瞳は、その時になってロクでもないことを口にしたら暴力の限りを尽くしてボコボコにする、とも語っていたが。


「もう、せっかくまとまりかけたのにギスギスしないでよみんな~」

 イリアはさっそくいつもの雰囲気になる仲間たちを見て怒ったような顔をして、やっぱり笑っていた。


 このハルジアを起点として始まった「勇者イリア」の旅。

 それは魔法使い、人形剣士、大賢者を仲間に加え、さらには魔王までをも旅の供とし、ついに魔族領アグニカルカ、その主城たるギルトアーヴァロンに向けて動きだそうとしていた。




 だが、




「…………なんだよリノン、こんなところに呼び出して。何か俺に用があるのかよ」

 リノンに一人呼び出されて憮然とした態度のアゼル。


「いやなに、大したことではないけれど一応キミに報告しておこうと思ってね」

 対する大賢者リノンはアゼルの態度を気にすることもなく、涼し気に語る。


「今回イリアは賢王グシャとの戦いにおいてまた無茶をした。自らの出血を省みずに武器とするあの荒技だね。それに加えて一度は致命傷までをも負った。傷は事前に用意していた無垢結晶によって塞がれているけど、いや無垢結晶によって塞いだからこそ、彼女の内なる結晶化は進行した」

 涼し気に軽やかに、リノンはその決定的な言葉を告げた。


「は!? なんだって、でもイリアはあんなに普通に……」


「死に向かう人間が誰しも苦痛を抱えているとは限らない。気付いたら眠るように死んでいたなんてことはいくらでもある。まあそれはそれとして、今のイリアが日常的に内側の苦痛と向き合っているのも確かだ。日常的であるが故に周りが気付くのは難しいけどね。ま、キミがイリアとの接触における苦痛を全て無視しているのと同じと考えるといい」


「うるさい! 聞きたいのはそんなことじゃねえよ。イリアは、イリアの残りの時間は……」


「以前、彼女は20歳はたちを越えられないと言ったね。それが少しだけ早まった。今のイリアは17歳。あの子は


 大賢者は真摯に、誠実に、嘘偽りのない『本当』を口にしたのだった。

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