第294話 もう一度、勇者として

 イリアとリノンは孤児院の外で待っていたアゼルたちと合流する。


「イリア! 大丈夫だったのか、その、なんていうか……」

 イリアを見つけて真っ先に駆けよるアゼル、しかし続く言葉が紡げない。


「大丈夫だよアゼル。キャンバス村の子供たちは生きていた。それに、クレアも、命は助かったみたい」

 嬉しそうに、儚げに、イリアは笑う。


「おいクレアってお前を殺そうとした女だろ!? 何で、それなのに笑えるんだよ」


「だってそれでも親友だもん。私とクレアの間で積み上げてきた時間はきっと嘘じゃない。ただ、それよりも大切なモノを、クレアは見つけただけ。私も逆の立場なら、同じことをしてたかも」


「ねえよ、お前がそんなことするわけないだろうが」

 わざとらしく悪い笑みを浮かべようとするイリアの頭を、アゼルは軽くはたいた。


「イタっ、もう、別に冗談じゃなかったのに。でもいいのアゼル、クレアと私はきっともう昔みたいに笑い合えないけど、多分あの頃以上に分かり合える。それで、いいの」


「…………なら、俺から言うことは何もねえよ」

 一人納得した様子のイリアに、アゼルは憮然とした態度で拗ねていた。


「まあまあ魔王アゼル、乙女心を無理に理解しようとするものじゃないさ。分かろうと分かるまいと、それに振り回されてしまうことには変わりない」


「アゼルはそれでいいんじゃない? 理解できないと割り切って踏み込もうとすらしないリノンよりはマシでしょ。それよりさ、これからどうするのさイリア。、続ける?」

 少しだけ気の抜けた空気を切り替えるように、エミルは切り出す。

 それに、イリアはほんの一瞬だけ目を閉じて、


「続け、ません」

 自らの内に燃える恩讐を断ち切った。


「キャンバス村のみんなを殺したあの人たちを赦すことはできません。ですが、彼らを手にかければ壊れゆく多くの幸せが存在するのもまた事実です。それを知った上で、もう一度彼らに剣を向けることは、私にはできない」

 拳を強く握りしめ、イリアは語った。

 大切なモノを壊された憎しみに終わりなどない。ただ必然たる合理をもって、それを心の棺に納めるのだと。


「───そう、イリアがそう言うのなら、そう思えるのなら、アタシから言うことはないよ」

 エミルはイリアの言葉を凪のように受け止めて小さく笑う。


「そして、みんなにお願いがあります」

 続けてイリアは切り出す。


「私は、みんなの幸せを守りたい。その上で、そんな世界に少しでも長く生きていたい。ですので、みんなの力を、貸してくれませんか?」

 世界の生贄たる勇者はその願いを告げた。『生きていたい』と。


「っ! 当たり前だろうが、力でもなんでも貸してやる。いいや、押し付けてやるから何でも言え!」

 イリアのその言葉がよほど嬉しかったのか、目尻に涙を浮かべてアゼルは言う。


「愚問でござる我が担い手よ。イリアの力になれるなら、イリアが望んでくれるなら、拙者は喜んでこの身命を預ける」

 シロナも自身の聖刀を前につきだし、文字通り身命を預けるのだと示した。


「少しはらしくなってきたじゃんイリア。うん、アンタがそうやって明日が欲しいって望めるんなら、このエミルさんも喜んで力になるさ」

 妹分の成長を心の内で噛み締めるように儚げに笑い、エミルもその言葉を告げる。


「うん、キミが生きたいと願うなら。この世界に在りたいと望むなら、微力ながらこの大賢者もその知力を尽くそう。たとえそれが一度は諦めた夢だとしても、やはりキミには笑顔が一番似合うんだから」

 リノンはイリアを通して遠い日の誰かを見つめるように目を細め、虚飾のない本当を口にした。


「ありがとう、みんな。えへへ、私って本当にいい仲間を持ってるよね」

 そしてイリアはいつぶりかの屈託のない笑顔を、その仲間たちに披露するのだった。

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