第290話 開かずの門 始まりの聖剣クロノス
「ここは、一体どこに繋がっている?」
リノンに付き従うままに地下通路を進む中、アゼルは当然の疑問を口にする。
「いい質問だね魔王アゼル。だけど少し考えれば予想できることでもある。そもそもここはどこだい?」
いまだに目を覚まさないイリアを背中に抱えたまま、少しだけ楽しそうにリノンは問いを返した。
「ここって地下だろ、ハルジアの王城の」
「『
アゼルにおんぶされたままのエミルは、彼の背中から追加回答を行なう。
ちなみにシロナは彼らの
「その通りだねエミルくん。ここはハルモニア大陸の東の最果て。魔族が居城としている西のギルトアーヴァロンとは対極に位置する、ね」
「だから思わせぶりなことばっかり言ってんじゃねえよ。ギルトアーヴァロンの反対側にあるからって何だって言うんだ…………、ってもしかして『門』か?」
アゼルは思い至ったかのようにその単語を口にする。
「そう、キミにとっては忘れることのできないであろうソレだよ。西の果てにあるものが、東の果てにないだなんて思ってたかい?」
そう言ってリノンは地下通路の先にある扉を力強く開いた。
するとその先の部屋に待ち構えていたものは、
「うわ、でっか。これが『門』ってやつなの?」
城門よりもはるかに巨大な、未知の素材で構成された扉だった。
「実物を見るのは僕も初めてでね。エミルくんの問いは、魔王アゼルに聞いた方がいいんじゃないかな」
リノンは流し目でアゼルを見る。
「そうだ、間違いない。これは父上が守護している『門』と同じだ」
そしてアゼルは呆然とした顔で、巨大な扉を見つめていた。
「それで、なんでこんなところに『門』があるわけ? いや、これ質問がおかしかったや。
「さすがはエミルくん、目の付け所がいいね。さあ魔王アゼル、キミの知っている『門』と僕らが目の前にしている『門』、何か違いはないかな?」
「違いっていってもな。あっちは魔素に溢れていて、こっちはまったく魔素がないくらいしか。ん、魔素がない?」
そう口にして、アゼルは巨大な扉からすれば取るに足らないほどに小さな、一振りの剣が突き立っているのに気づく。
「あれって、もしかして『聖剣』か?」
「その通り、この『門』は聖剣によって封印されている。それも紛い物なんかじゃない、本物の聖剣でね」
リノンはそう言って躊躇うことなく地面に突き刺さる聖剣へと近づいていった。
すると、今まで口を閉ざしていたアミスアテナが口を開く。
「嘘っ、聖剣クロノス? トキノお姉さまの聖剣が何でここに!?」
「クロノス? ああ、あれか。オージュが作ってる聖剣のひとつか。湖の乙女の数に対して聖剣が一本足らないってシロナが言ってたな」
アゼルは神晶樹の森で以前シロナが口にした発言を思い出す。
「ああ、まさにそれだね。その聖剣をもってしてこの『門』を封印しているわけさ」
「何!? そんなことができるのか? 『門』を、封印、だと」
アゼルはリノンの言葉に一瞬希望を見出したかのように固まってしまう。
「オージュの作り出す真の聖剣は魔素を完全に拒絶する。つまりはこの聖剣クロノスは蓋の役割をしているのさ。あちら側の世界からいくら干渉しようとしたところで、魔素の流入を阻害されている以上何もできない。そういう仕組みだね」
「でも、それは、人間の都合でしょ? トキノ姉さまの聖剣がここにある理由にはならないわ」
リノンの説明に対し、アミスアテナはやはり納得がいかない様子である。
「そこはそれ、色々あったのさ。僕も直接現場にいたわけじゃないけどね。後からトキノから聞いた話だとこうだ。まず、西の果てから魔族が流入してきたとき、当時のハルジア王はさぞ恐怖しただろうね。何せこの東の果てにも、『門』は存在したのだから」
「あ~、そっか。こっちの門からも魔族が来るって普通思うよね」
「そうだねエミルくん。そして彼の王は魔を拒絶するという伝説を頼りに神晶樹の森へと、攻め込んだ」
「攻め込んだ、だと?」
「うん、そうさ。いかなる交渉においても武力を併用した方が話は早いからね。でもまあそれは、あくまで自分側の武力が相手より勝っている時に限るのだけど」
「ん、つまり。…………あ、まさか?」
「その通り、湖の乙女たちがいるあの神晶樹の湖には白鯨がいる。僕らがこの前あの森に行った時には大人しかったけど、アイツはあの湖に危害を加える連中に容赦なんかしない。当時のハルジア王が用意した兵士たちは全て、アイツに食べられてしまったよ」
「食べたって、マジかよ」
「マジも大マジさ。アイツは本来それくらい凶暴なんだよ。女の子の前じゃ猫を被るけどね」
「って、それだとその王様は聖剣を手に入れられてないじゃねえか」
「ああ、そこはなんともしょうもない結末でね。自分の兵士たちを皆食べられて悲嘆にくれる王様をみて憐れんだ湖の乙女トキノが自身と対になる聖剣クロノスを彼にあげたのさ」
「はぁっ!? なんだってそんなマネを」
「彼女は、本当に優しいからね。荒れ狂う白鯨も、悲しみにくれる人間も見ていたくはなかったのさ。かくして始まりの聖剣クロノスはこのハルジアへと渡り、『門』の封印という役割を背負うことになった」
「トキノ、姉さま」
「いや、待てよリノン。つまりは聖剣さえあれば『門』を封じられるんだろ? だったら俺たちの側の『門』だって───」
「封印できるよ。
かすかな希望に縋るかのようなアゼルに対し、リノンは意味深な口調で肯定した。
「本当? リノン。それで、アゼルは『門』を守るお役目から解放されるの?」
そこへ、彼の背中で目を覚ましたイリアが改めて問い質していた。
「ああイリア、目を覚ましたのかい。体調はどうかな? 問題ない? うん、門の封印の話ならキミの理解で正しいよイリア。仮に魔族側に存在する『門』に対して聖剣で封印を施せば、あそこを守護する必要はなくなる。まあ聖剣を勝手に抜かれないように目を見張る必要はあるけれどね」
「それじゃ、オージュに頼み込んで聖剣を一本貰えれば」
「うん、二つの『門』が封印されれば、あちらの世界ディスコルドとこちらハルモニアは完全に断絶され、人間たちの安寧は約束されるだろう」
「ん、人間たちの?」
「ああ、言葉の綾だよ魔王アゼル。だけどキミも少しは考えた方がいい。キミの父、大魔王は何故それをしないのか。彼が守ろうとしているものが何なのかを」
「あのさ、リノンこんなところで意地悪な問答を始めないでよね。シロナが後ろで頑張ってくれてるのに。そもそもここって完全に袋小路でしょ? その『門』が封印されてるってんならなおさらさ」
「え、ここってどこなんですか? エミルさん」
イリアは弱々しい声で問いを投げる。
「ハルジアの王城地下。イリアたちは私たちが落ちた地下に来て、そのまま上に上がらずに横道を潜ってきたわけ。イリアがどうしてそんな怪我したかはしらないけど、そのケガの影響で気を失ってたみたい」
「怪我、そっか」
イリアは自身の胸に手を伸ばし、そこを貫いた鋼の感覚を思い出す。
「ごめんリノン、ずっと背負わせて、もう自分で立てるから。ってエミルさん、どうしてアゼルの背中にべったりしてるんですか!?」
イリアはリノンに下ろしてもらうと、エミルがアゼルにおんぶされている光景をマジマジと目にしてしまう。
「あ~、ごめんごめん。ちょっとヤンチャし過ぎてね。魔力の回復も兼ねておぶってもらってたの。でもま、イリアが目を覚ましたなら潔く降りますかね」
あははと笑いながらエミルはアゼルの背から地面に降りた。
「それで、リノン。さっきの返答聞いてないよ。ここからどうやって脱出するのさ」
「ああ、それかい。それはもちろんこの『門』の機能を使うのさ」
「『門』を使う? 封印されてるんだろ?」
「あちらへ転移する機能がね。逆に言えばこの『門』はハルモニア側のどこへでも転移する機能を有しているということさ」
「本当だったら魔界、ディスコルドに飛ぶのに、そっちに蓋されてるもんだからその力が別方向に働くってこと? でもそんなの」
「そうだねエミルくん、本来まともに機能するわけがない。もし使おうとすれば文字通り
「おい、それって具体的にはどういう感じだよ?」
リノンの発言に不穏なモノを感じてアゼルは思わず聞き返す。
「う~ん、こちらから行き先の指定はできないってだけだよ。運が悪ければ数千m上空に放り出されるし、これまた運がなければハルモニアの地下数百mに閉じ込められることだってあるだろう」
「怖っ、そんな危ない機能誰が使うんだよ!?」
「まったくだよね。でもそれを当然のように使う男が一人いた。さっきまでキミらが戦ってた賢王グシャだよ」
「アイツが? でもそんな博打みたいな機能、」
「彼にとっては、博打でもなんでもなかったのさ。刹那の間に変わりゆく転移先。それを彼は正確に読み切って、僅かな狂いもなく使用した。完全に人を逸脱した演算処理能力を有する彼にだけできる裏技だね。これがあるから、彼は一方通行ではあるもののハルモニア大陸のどこにでも現れることができたわけさ」
「そんなの、反則じゃねえかよ。ここを起点にすればどんな場所にでも軍隊を出現させられるわけだろ?」
「さすがにそこまで都合よくはいかないさ。もし彼に同行しようとしても、僅かなタイミングのズレでヤバいところに飛ばされて死にかねない。これは彼単独でのみ成立する現象さ」
そうリノンが口にしたところで、この『門』のある部屋に気配が一つ増えた。
「遅れてすまないでござる。一通り彼らを押しとどめて、あと五分くらいは時間に猶予ができたはず」
「やあシロナ、お勤めご苦労様」
「うむ。おお、イリアも目を覚ましたでござるか。それは息災。……む、見たところ行き止まりのようだが、どうにかなるのかリノン?」
「ああもちろん、丁度それの説明をしていたところさ。さっきも言った通り現状この『門』には転移機能がある。もちろん普通に使おうとすれば高確率で死んでしまう相当なギャンブルさ、でもそんな普通のことを僕がすると思うかい?」
ニタリと笑ってリノンは皆へと振り向いた。
「あ、まさかテメエ」
「その通り、僕の『
「マジかよ。クソッ、腹立たしいがこういう時は本当役にたつな」
「あはは、お褒めに預り光栄だよ。それでどうする、イリア? ここからだったらハルモニアのどこにだって飛ぶことができる。あとはキミの希望次第だよ」
リノンは優しい声音でイリアへと希望を聞いた。
「そ、それじゃあリノン。私、今すぐに行きたい場所があるの。そこにしても、いいかな?」
イリアは遠慮がちに、だが確かな強い意志をもってリノンに確認する。
「ああ、もちろんだとも。それでどこに行きたいんだい?」
「あの、ね。─────、に行かせて欲しい」
そうしてイリアは希望の場所を口にした。
「……そうか、わかったよ。ではそこに飛ぶとしようか。みんな私に掴まってくれ」
リノンの言葉に従い彼に掴まるイリアたち一行。
そして彼が扉に触れた次の瞬間には、この王城の地下から彼らの姿は掻き消えていた。
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