第289話 玉座の親子

 ハルジアの玉座の間にて続く、賢王と魔人の戦い。


 魔人ルシアは自身がこれまでに手にしてきた全ての技量をもって賢王グシャに打ちかかる。


 しかし、魔聖剣オルタグラムによるいかなる斬撃も、魔銃ブラックスミスによる数多の銃弾も賢王の肉体を傷つけることはなかった。


 その全てを賢王グシャは見透かしたかのように凌いでいく。


「がはぁっ!」

 代わりに、鉄塊を打ちつけるような一撃がルシアの肩口を襲っていた。


「なるほど、戦いにおいて相手の状態を上手く把握できないというのは初めてのことだが、ふむ、ここまで支障がないとはな。お前以外の全ての情報を認識できれば、自然とお前の行動も逆算できる」

 賢王グシャはさもなんでもないと、ただ彼にとっての事実だけを述べて王剣グロリアスの剣先を床に下ろす。


「て、てめぇ! 何でさっきから剣筋を立てない!? 何度でもオレを斬る機会はあっただろうが!」

 床に膝をつくルシアは、強い憎しみを込めてグシャに叫んだ。


「機会? ふむ、それはどう言ったものか。まあ確かに、首を落とすだけならばいくらでも可能だろう。だが私の性分でな、不確定な何かに手を出すことは極力避けたい。まあつまりは、よく分からないナニカには蓋をしておきたいというところだ。というわけで、お前を気絶させて城の外に放り出したいところなのだが、これが意外と難しいな」

 本当にそれが難問であるというように、グシャはキョトンとした無感情な瞳でルシアを漠然と見ていた。ルシアの異常なほどのタフネスが、グシャの方針の難易度をとてつもなく跳ね上げていたのだ。


「ふざけやがって、こんなヤツの血を引いているだなんて最悪だな。どうせお前にたぶらかされた母親の方もロクでもない女に決まって……ガフッ!?」

 ルシアが最後まで言い終わる前に、グシャが王剣の腹で彼の横っ面を叩き飛ばしていた。


のことをお前ごときが口にするな」

 グシャの口から漏れ出た言葉。

 それは白騎士カイナスすら初めて耳にする、賢王の感情的な発言だった。


「はっ、何だよそりゃ。孤独な王でも少しは情がありましたってか? くだらねぇ、くだらねぇ、くだらねぇ! そんなものはオレみたいな残骸を世界に産み落とした時点で何の価値もねえんだよ」

 怒りとともに魔銃の銃口がグシャへと向けられる。


「価値、か。そのようなもの、ただの一度たりとも考えたことなどなかった。たった一度でもその思いに拘泥こうでいできたのなら、私も少しは何か変わったのだろうか」

 グシャは銃口を自身に付きつけられてなお、目前のルシアのことなど視界に入らないかのように自己の考えにふけっていた。


「ふざけるな、ふざけるな! オレを見ろ、オレを視ろ! お前の汚点、世界のシミ、どこにも受け入れられることのない不良品をちゃんと見ろ!!」

 ルシアは自身の感情を制御しきれないように、手にした魔銃を震わせながらグシャへと一歩一歩近づく。

 そんな彼に、賢王グシャは今気付いたと言わんばかりに、


「ふむ、そうか。我が身から出たさびだと言うのなら、私が削ぎ落とすのが道理か」

 王剣グロリアスを構え、次はルシアの命を絶たんと振りかぶる。


「いなくなれ、いなくなれ、いなくなれ!! 何もかもがいなくなれ!!」

 対するルシアも魔銃に有らん限りの魔素を流し込み、自身の限界を超えた力をもって目の前の王を殺そうとする。


 しかし、

「おやめください、王よ!」


「やめんか、この馬鹿モノ」


 二つの声が、賢王グシャと魔人ルシアのそれぞれを止める。


「どうしたカイナス。何故お前が私を止める?」

 不思議そうな眼をグシャはカイナスに向ける。


「この男がただの狼藉者ろうぜきものであるのなら王を止める理由などどこにもありません。ですが、本当に、本当にコイツがアナタの血を引いているというのなら。どうかおやめください。いえ、やめていただけないでしょうか? 親と子が殺し合うモノなのだと、私は、認めたくありません」

 カイナスは震える手で王剣を握るグシャの手を抑える。


「アルト! どうして邪魔をする。オレの銃から手を離せ!」

 対するルシアも、アルトによって魔銃の銃口を握られていた。

 彼の腕を内側から燃やしかねないほどの熱が、少しずつ引いていく。


「別に妾は親子の戦いを否定するほど野暮やぼではない。殺したいなら殺せばよかろう。憎しみで殺すのも愛しさで壊すのも同じことじゃ。じゃが、親の為に自身を殺すな。それは、あまりにも、不毛すぎる。お前の最後の一撃、自分の命を引き換えにするつもりじゃったろ。そういうのは、───妾の為にとっておけ」

 少しだけ寂しそうに語るアルト。


「あと、さっきの発言は許さんぞルシア。どこにも受け入れられない不良品? 馬鹿もの! 妾という最高の受け皿に拾われておいて、その言い草はないじゃろ。ちょっとだけ、悲しくなったわ」

 そういって銃口を抑える手とは別の手で、アルトは雑にルシアの髪を撫でる。


 ただそれだけ、ともすればより怒りが増しそうなその行為で、ルシアの目元がわずかに緩んだ。


「ふざけ、やがって。ずっと殺そうと思ってた親がこれだけ強いとか、ありかよ。せめて、あのクソ科学者くらいぶちのめさないと、オレの気は晴れねえ、っ!?」

 ルシアの気持ちが緩んだその瞬間、彼の肩を銃弾が鋭く貫く。

 

「キヒッ、キヒ、キヒヒヒ、当たった、当たったぞ。しかし照準がズレたな。頭に当たれば一発だったものを、キヒッ」

 玉座の間の影、恐らくは地下との隠し通路があるであろう場所から、ジェロア・ホーキンスがルシアが手にしているものと同じ魔銃を構えていた。


「何奴!」

 ルシアが撃たれたことに気付いたアルトはすぐさま彼を抱えて後方へと飛び距離をとる。


「キヒ、キヒヒヒ、まさかソイツが、ルシアがここまで辿り着くとは思いもしなかった。まさにかつてそこの賢王が口にした通りだったな。だがなんとも無様な隙を晒したものだ。私とて事前に準備さえすればこの魔銃は扱えるのだからな」

 キヒヒと奇妙な笑い声をジェロアは上げ続ける。


「ジェロア・ホーキンスか。お前がここに上がってきたということは勇者の仲間たちは…………いや、それを問うまい。お前の敗北は初めから分かっていたことだ」

 突如現れたジェロアに、賢王グシャは一瞥だけしてすぐに興味をなくした。


「ジェロア、ホーキンス? そういえば、父上の治世の中で突如行方不明になった研究者の名前がそれだったような。ほう、状況を見るにこの人間の国で匿われていたわけじゃな。我ら同族に対する酷い裏切りもあったものじゃ」


「キヒヒヒヒ、何を小娘が知ったような口を。魔王アゼルのもとではいかなる研究も認められなかった。私であれば人間どもを効率よく殺す手段などいくらでも提案できたというのにな。であれば、私は私をもっとも上手に使う人物を王にするまで。研究ができるのであれば、人間か魔族かなどと些細なことよ。キヒヒッ」


「人間と魔族の違いが些細とな? ふむ、まさかお前のような気狂いがそのような結論に辿り着くとは興味深い。だが、妾の側使えを傷つけた罪は思いぞ。とりあえず死んでおけ」

 アルトはそう言って空いていた片手を無造作に振るう。

 すると魔素によって構成された五爪の斬撃がジェロアを襲った。


「キヒィ!」

 弾き飛ばされ、ボロぞうきんのようにズタズタになる、と思われたジェロアはいまだその肉体を保っていた。


「ほう、鍛冶師クロムの作った鎧を貴様も着込んでいたか。彼を敵視していたようで、思いのほか抜け目ない」

 グシャはジェロアが未だ生存している理由を一瞬で見抜く。


「キヒキヒキヒッ!? 何だ今の一撃は? 並の魔族ではないぞ。だが、ま、ま、待つがいい。私にかかりきりになるうちにそこの男の命が尽きてしまうかもしれんぞ?」


「何? おい、ルシアどうしたのじゃ? 大丈夫か?」

 アルトは抱えているルシアの息遣いが荒くなっていることに気付く。


「ヒヒッ、先ほど撃ち込んだ魔弾は私の魔素で構成されている。上位の魔族の魔素を下位の魔族が取り込めばどうなるか、魔族ならば分かるだろう。それにソイツは人間と魔族との間に生まれた出来損ない。いつショック死してもおかしくない」


「…………気にするな、アルト。そいつの言葉などデタラメ、だ。それよりも、オレにアイツを殺させて、くれ。──こふっ」

 ルシアは口から血を零しながらもアルトにそう伝える。


「───馬鹿モノ、ゴミの命よりもそなたの身の安全の方が優先じゃ。真偽はどうあれ、この場に長居は無用。妾につかまっておれ、安全な場所まで引くぞ」

 そう言うや否や、アルトはルシアを抱えたまま実に鮮やかに玉座の間を去っていった。


「キヒ、キヒヒヒ、─────なんとか引き下がってくれて助かった。アレの母親は私よりも上位の魔族、やすやすとは死んでくれんだろうからな」

 ジェロア・ホーキンスは九死に一生を得たかのように額に浮き出た汗を拭う。

 だが、それもつかの間、彼の首筋に白騎士カイナスの聖剣が付きつけられていた。


「ヒッ!? な、人間風情が何のマネだ? 賢王グシャよ、コイツをすぐに下がらせろ!」


「何のマネだ、はこちらのセリフだなジェロアよ。私はかつて言ったはずだ、に何かあれば私に知らせろと。まさか子を産み落としていたことを秘していたとはな」

 賢王グシャは感情の見えない蒼い瞳でジェロアを捉える。


「キヒッ、キヒヒヒ、まさか、な。まさか本当にお前が気付かないでいたとは思わなかった。てっきり知った上で興味もないものばかりとな。それとも、まるで全てを見通すかのようなお前の眼が、あの女と小僧のことだけは知覚できなかったと? ヒヒッ、それは笑いぐさだ! そこまでしてアレはお前にとって遠ざけたいコトだったのか!? キヒヒヒヒ」

 ジェロアは聖剣が付きつけられているにも関わらず、笑いが止まらないと腹を抱えて笑い続けた。


「──────失せよ。それ以上は求めん」

 そんなジェロアに対し、賢王グシャはただそれだけの言葉を残し、玉座にて瞳を閉じた。


「王の言葉である。命は取らんが二度とここには戻ってくるな」

 そして白騎士カイナスはいまだ笑い転げるジェロアの首根っこを掴まえて、玉座の間から彼を放り出した。


 閉じる扉。


 残されたのは賢王グシャと白騎士カイナスのみ。


 玉座にて無防備に瞳を閉じた賢王と、聖剣を手にした白騎士のみ、であった。

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