第288話 最強の二人

 数多のオートマタ、魔奏騎士を前に威風堂々と立ち上がる影。


「魔力充填完了っと。さあ、最終ラウンド、始めよっか?」

 全身の魔奏紋を灼銀にたぎらせて、不敵な笑みを浮かべるエミル。


 魔力が満ちたとはいえ、今の彼女は満身創痍まんしんそういのギリギリの状態である。だがそんな彼女の笑い顔に、ハルジアの兵士たちはみな底知れぬ恐怖を感じていた。


「キ、キヒィ、何を死にぞこない一人に怯えているのだ人間の雑兵ぞうひょうどもぉ! いかに優れた個体だろうとも、その格差を覆すのが私の研究! 私の科学だ! 凡夫のキサマたちでも英傑を上回れることを証明して見せロォ!!」

 上階よりけたたましい声をあげるジェロア・ホーキンス。

 彼の言葉にハルジアの兵士たちの多くは顔をしかめるが、それとは対照的にエミルたちを囲む高機動オートマタたちは再び進軍を始めていた。


 先だって破壊されたオートマタを踏み越えて、魔法の効かない装甲をもって押し寄せる兵器たち。


 それを、

「葵八連」

 シロナの容赦ない斬撃が食い止める。


「役割分担でござるエミル。拙者がこのオートマタの相手をする。エミルは奴らを叩きのめす」

 シロナは軋みをあげる身体を無視して、なおも技を揮い続ける。


「…………シロナは、それでいいの?」

 そのシロナの限界を気遣うようにエミルは、いや彼女が気遣っていたのはむしろ、


「なに、エミルが拙者が同じオートマタと相対しないように気遣っていたことくらい承知している。だがそれはいらぬ心配でござる。いかに親父殿の手も入った機体であろうとオートマタはオートマタ。人形に命などないのだから、拙者の聖刀は鈍ることなくコヤツらを断つ」

 それをまるで行動で証明するかのように、シロナは10体、20体とオートマタを瞬時に切り裂いて処理していった。


「まったく、その発言は後でゲンコツもんだけど、任せたよシロナ」

 エミルは少しだけ寂しい笑みを残し、いよいよハルジアの兵士たちのもとへと駆けていった。


 そんな彼女に対して雨あられのように襲う魔法と魔弾の嵐。

 それを当然のようにいなし、躱し、エミルは傷だらけの肉体を強引に駆動させてまずは一人目の兵士を殴り飛ばした。


 冗談であるかのように宙に舞い上がる兵士。

 

 そこから先は本当に冗談のような壊滅戦だった。

 魔法で肉体を強化したエミルは片っ端から兵士たちに殴る蹴るの暴行を加える。


 そして時折思い出したかのように魔法を階上の魔法兵たちに撃ちこんで確実に相手の数を減らしていった。


 またシロナもエミルと変わらぬほどの猛威を振るって、1500体ものオートマタたちを木偶でくのように斬り倒していく。

 魔法に耐性を持ち、鍛え上げられた鋼で武装したオートマタも、シロナの純然たる剣技の前では何の意味もなさない。


「楓三連、直心一刀じきしんいっとう鵠心双閃こくしんそうせん!」

 シロナにとって命持つ者と認定されないオートマタたちは、その悉くが『物』として彼に斬り壊されていった。


 そんな光景をただ愕然がくぜんと見ている男が一人。


「何故? 何故? 何故なのだ! キヒヒヒヒ、意味が分からない、わけが分からない。なんであんな矮小な連中に私の研究の成果が打ち砕かれる? ハ、ハハハ、イヤ、イヤ、イヤダ!! 私が間違っていたなど、私の研究が間違っていたなど、認めん。認められんッ!!」

 ジェロアは瞳をギョロつかせて狂ったように痩せた頬を掻き毟っていた。


「よっ、と。これで人間の兵たちはあらかた片付いたかな? シロナよりちょっとだけ早かったっぽいね。んで、どうする? アンタも何か隠し玉持ってるなら、相手してあげるけど」

 この瞬く間に兵士たち全てを打倒したのであろうエミルは、狂乱するジェロアの前に悠然と立っていた。


 ここまでのわずかな時間に魔力を燃やし尽くしたのか、彼女からは既に灼銀の魔力のオーラは消えていた。その肉体も無理な酷使を続けたせいでガタガタと震えて彼女に限界を訴えている。


 だがそれでも、ジェロアには目の前にいる少女のカタチをした生き物が、理解のできない怪物にしか思えなかった。


「ヒィ、ヒヒィ、ヒィィィィィッィィィ!!!!」

 そしてジェロアは恐怖に思考を鈍らせながら、エミルの前から逃走するという生命としての至極全うな結論に辿り着いた。


「あぁ、逃げるんだ。こっちに向かってくるなら楽だったんだけどな」

 そんなジェロアの背中を眺め、エミルは仕方ないなと壊れかけの脚に力を込めようとする。


「って、あれ。誰か落ちてくる?」

 その瞬間、エミルの並外れた知覚に新たな存在の反応があった。


 彼女が振り返って天井を見上げると、彼女たちが落ちたはずの穴からイリアを抱えたリノンとアゼルが舞い降りてきたのだった。


「いやはや、多少は手伝いもいるかと思ったけど、二人だけで既に片付いているとはね」

 ふわりと床に着地したリノンは、やれやれと言った様子で呆れていた。


「ちっ、これだけの敵が控えてるとか罠にも本腰が入ってるじゃなねえかよ。てかリノン、イリアをこっちに渡せ!」

 イリアを抱えたままのリノンに対し、アゼルは不満そうな顔でリノンへと詰め寄る。


「ダメだよ魔王アゼル、キミに触れているとイリアの回復が遅れる。それにキミ自身にもダメージがあるだろうに、どうしてくっつきたがるんだか」


「こんなところまできて女を取り合うなっての。というかどうしたのさイリアは?」

 エミルも彼らのもとへと降り立ち、今だに意識を失っているイリアを気にする。


「まあ、あれこれあってさ、胸を刺された。治療は一応終わってるのだけどね」


「なんと、イリアがそこまでの深手を負うとは予想していなかったでござる」


「リノンとアゼルが付いていたのにね。まったく二人とも何してたんだか」


「いや、あれは。ちっ、俺の力不足だよ」

 一瞬だけ弁明を口にしようとしたアゼルだが、すんでのところでそれを止めてしまう。


「いやはや、僕も耳が痛い。ま、何はともあれイリアの命に別条がないところまでは持ちこんだんだ、そこは褒めて欲しいね。そしてどこか落ち着く場所にでも移動したいのだけど」

 リノンはそう言って辺りを見渡す。


 するとエミルに殴り飛ばされたハルジア兵たちの一部が、ゆっくりと立ち上がり始めていた。


「うそっ、まだ戦う元気のあるヤツいるんだ。さすがはハルジアの正規兵」


「……王命を、果たさなければ。王の言葉は絶対なのだ。王の為すことは正しいのだ。そうやってこの国は繁栄し、我らの家族も守られてきた」

 兵士たちは意識の定まらない瞳で、それでもなお手にした剣に力を込めて立とうとする。


「信頼もそこまでいくと信仰と一緒じゃん、個人的にはあまりいいことだとは思わないけど。それにやっぱり、そんな信頼をぶつけられる方もたまったもんじゃないだろうし」

 エミルは彼らを見て、少しだけ呆れた声をこぼす。


「う~む、拙者が斬り損ねたオートマタもまだいくらかいるでござる。流石は親父殿、一体一体の完成度が並ではない」


「ってオイ、こんなところにクロムも噛んでるのかよ。つ~か、アルトの城で言ってたことってコイツラのことだな。まあいい、俺が一掃する。お前らは下がってろ」

 そう言ってアゼルは魔剣へと魔素を回していく。


「いや、ちょっと待つんだ魔王アゼル。ここでの戦闘に時間を使いたくない。どちらにしろ僕らは上に逃げるつもりはないんだ。牽制しながらさらに奥に進もうじゃないか」

 しかしリノンはアゼルを止め、この地下室の入り口とは反対側の扉へと指さす。


「ああ? だったら別にこの連中を大人しくさせてからでもいいだろ」


「キミがここで魔素を撒き散らせば少なからず死傷者が出る。先のことを考えると、一方的にこのハルジアの戦力を削るのは避けたい」

 リノンは少しだけ真剣な口調でそう告げ、そしてイリアを抱えたまま先の扉へと向かっていった。


「ここはリノンの言葉に従うでござるよアゼル。エミルとて消耗が激しい、避けられるなら戦闘は避けるべきだ」


「ちっ、シロナがそこまで言うなら、っておいエミル! 俺に抱き着くな!」

 アゼルが渋々同意しようとしたところで、エミルが彼の背中へと強引に抱き着いていた。


「アタシもちょっと疲れたからおんぶしてよアゼル。魔力は回復できるし体力は温存できるし一石二鳥じゃん」

 

「お前なぁ、俺は手を貸さんぞ。…………しがみつくなら勝手にしてろ」

 アゼルは一度彼女を強く突き放そうとして、それをやめる。

 エミルの脚、いや彼女の肉体全体が、まともに立っていられるのが不思議なほどにダメージを受けているのが目に見て明らかだったからだ。


「シロナ、牽制役を頼む」


「任せるでござるリノン」


 こうして彼らは、ハルジアの王城の地下、さらにその奥へと潜りこんでいくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る