第283話 邂逅・旧友

 玉座の間、賢王グシャを前にして、


「く、くそっ、何でだよ……」

 魔王アゼルと勇者イリアは息を荒げて膝をついていた。


「ハァ、ハァッ、攻撃が、当たらないっ」

 真紅の花嫁衣裳を纏ったイリアは、悔し気にグシャを強く睨みつける。

 対するグシャはほんのわずかな切り傷が見受けられるのみで、呼吸も整ったままだった。


「何故も何もない、そうすべきタイミングでそうすべきことを為しているだけだが。むしろお前たちの方こそ、それだけの力を有していながらどうしてそうも無駄が多いのか」

 賢王グシャは決して侮るようにではなく、本当に純粋な疑問を抱くかのようにそう言った。


 イリアの身を削るようにして生み出される爆発的な剣撃、アゼルの魔素の絶対量に物を言わせた攻撃にもグシャはまるでその手段でしかありえない最適解で常に応え続けていた。


「ふむ、とは言ってもこのまま続ければ私の身体の限界が先に来るのも事実、お前たちが相手をしているのが私だけであれば敗北は必定だったな」

 そのグシャの言葉に呼応するように、今まで気を失っていた黒騎士アベリアと白騎士カイナスが目を覚まして立ち上がる。そして黒騎士アベリアの方には彼を支えるようにして小柄な騎士が寄り添っていた。


「ちっ、こいつらの回復まで織り込み済みってわけかよ。だったら、お前ら一人一人の息の根を確実に止めるしか手段はねえよな」

 覚悟を決めたアゼルの言葉。イリアの耳にも確実に届いているはずだが、彼女もそれを咎めようとはしなかった。


「その方法が正解だろう魔王アゼル。だが、それは初手ですべきことであった。もはやその機会は与えんよ」

 グシャがそう口にするや否や、黒騎士アベリアがイリアに向かって突撃していた。


「勇者イリア! 殺すのなら、私を殺せ!! あの日の罪は、全て私のモノだ」

 聖剣イグニスに赤い火を灯しながら、アベリアはイリアにその剣を叩きつける。


「何を、今さら! アナタに言われずとも、そうしますよ! アナタたちは村のみんなに手をかけた。それでなお私に力を求めた。そんなの、許せるわけがないでしょ!!」

 アベリアの剣をイリアはアミスアテナにて受け止め、彼女の想いを反映するように聖剣の刀身がイリアの血でより紅く染まっていく。


 その光景に嫌な予感を覚えるアゼルはすぐさまイリアのもとへ駆けつけようとするが、それを白騎士カイナスがすかさず阻む。


「どけ! 白騎士」

 苛立ちを隠さずに薙ぎ払うアゼルの魔剣。

 それをカイナスは躱すことなく、鎧で受け止めて魔剣を掴む。


「行かせるわけには、いかない。アイツなりにけじめをつけなければ、アベリアは前に進めないからな。ハハッ、流石はクロムどのによって手を加えられた鎧だ。まさか魔王の一撃すら堪えてみせるとは」

 カイナスは口から血をこぼしながら、それでも微かに笑ってアゼルを抑えていた。


 しかし、その間もイリアとアベリアの戦いは止まらない。


「アベリア、アナタがキャンバス村の人たちに手をかけたというのなら、何故? どうしてそんなことをしたんですか!?」


「…………それは、王が告げたはずだ。必要だった、それだけのこと」


「何が、必要だったって言うんですか!!」

 アベリアの口からもグシャと同じ返答しか返ってこず、イリアは怒りを抑えきれずに信じられない力で彼を再び壁に向けて弾き飛ばす。


「あの日、どんな必要があって、みんなは殺されなければいけなかったの? 必要があれば、一体なんの権限があってみんなを殺して良かったっていうの? わからない、わからない。私には何も分からない!! 分からないなら、教えてくれないなら、せめて死んでよ」

 イリアは血の涙を流しながら、壁にもたれかかるアベリアに向けて一歩一歩近づいていく。


「あの日、村の人間が、全て死ななければ、お前は勇者になることはなかった。世界を救う旅になど、出なかった。だから、必要だったのだ……」

 アベリアは呼吸もままらなぬまま、それでもイリアに向けてそう口にした。


「何を、言うの? 私は勇者になる為にあの村に生まれたの。いつか勇者として世界に巣立つためにあそこで育ったの。そんな世迷言を口にされるくらいなら…………」

 死んでしまえ、その言葉を自らの剣に乗せ、イリアはアベリアの喉元に狙いを定めて突き貫こうとした。


 その時、まさに横槍を入れるかのようにアベリアに付き従っていたフルフェイスの鎧の騎士がイリアの刺突を防いだ。


「!?」

 今まで傍観していた騎士の突然の乱入に一瞬驚くイリア。しかし今の彼女はすぐにその騎士を敵と認識して迷うことなく斬りかかる。


「……っ」

 そのイリアの一撃を騎士は当然のように最善・最良のタイミングと軌道で手にした剣をもって迎え撃つ。それは賢王グシャの未来を読むかのような予知予測ではなく、まるで昔からイリアの動きを知っているかのような本当に自然な動きだった。

 騎士としてはやや小柄、イリアとほぼ同じくらいの体格の者に自身の聖剣を受け止められて彼女は一瞬困惑するが、イリアの身体は彼女の意識を置き去りにして、彼女の頭を守るように聖剣を斜めに構えていた。


「くっ」

 そしてイリアが構えた場所へ向けて正確に放たれる小さな騎士の一撃。

 まるで何度も剣を交えたが故に、相手の手の内を全て見透かしているかのような感覚。

 イリアはその感覚にあり得ない可能性を幻視し、そしてやはりそんなことはあり得ないとその考えを振り払う。


 だが、


「もうやめて、イリア。これ以上戦っても、何の意味もないよ!」

 その騎士はまるでイリアの旧知の友のように、仮面の奥から訴えてきた。


「何の意味も、ない? そんなこと、何の関係もない他人に言われたくなんかない!」

 小さな騎士の言葉はイリアの逆鱗に触れ、彼女はこれ以上ない強烈な一撃を兜へと打ちつける。


 金属の割れる激しい音。

 イリアが叩きつけた聖剣によって、騎士の顔を覆っていた兜は見事に割れ、その奥の素顔が露わになる。


「───────え、何で?」

 その現れた素顔に、イリアは驚きを隠せない。


「…………イリア、久しぶり、だね」

 兜が割れて現れたのはイリアの白銀に近い美しい髪色。姉妹と言ってもいいほどに似通った顔立ちだった。


「何、で? 生きてたの、クレア?」

 そう、イリアの前に現れたのは、死んだはずの彼女の親友だった。

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