第282話 灼銀

 直視することすら困難な大魔法の暴威。

 本来屋内で放つべきではないはずの力の奔流は、エミルとシロナに逃げ場を与えなかった。


 だが、

天究絶無てんきゅうぜつむ。例えどんな威力の技であろうと、この領域を超えることはできぬでござる」

 神速の抜刀にて自身の眼前に虹の真円を作り出したシロナは無傷でそれらの魔法を凌いでいた。


「……だがエミルは魔力が相当に削られていたはずでござる。無事か!?」

 シロナはエミルがいるであろう方向に声をあげる。


「キヒャッ、無事なものか。先ほどの強力な防御魔法を使っていないことは確認した。まあそもそも個人レベルで大魔法を連続使用していることがおかしいのだからな、いかに優秀な魔法使いだろうと魔力が枯渇するに決まっている。オートマタを30体ほど巻き込んだのはもったいないが、聖鎧で威力は減衰しているから再利用は簡単だろう、キヒッ」

 高いところから状況を見ていたジェロアは非常に楽しそうに嗤い狂う。


「果たして原型を留めているものかね、ケヒッ。お前たちはできることなら解剖して研究したいのだからバラバラになってないといいのだが」

 ジェロアはしみじみと呟きながら、エミルがいたであろう場所を凝視する。


「そりゃ、良かったじゃん。アンタの望み通り、アタシはちゃんと、五体満足してるよ」

 そこにエミルの少し掠れた声が響いた。

 大魔法の破壊の余波による煙が晴れると、フラフラながらも地面に倒れ伏すことなく立ち続ける彼女の姿が現れる。


「何ぃ!? あれだけの魔法の直撃を受けて生きているだと!? ありえんぞ!!」


「はは、『武蓮金剛ぶれんこんごう』。残りの魔力でできた防御技だけど、さすがにそれだけじゃアタシも死んでたかもね。アンタたちの用意してくれたコイツらがなきゃ」

 そう言ってエミルは先ほどまで彼女が破壊したオートマタを片手で担ぎあげる。


「ちっ、聖鎧処理をしたオートマタを盾代わりにしたのか。ヌヌヌ、余計な機転をきかせおって。だが最早お前が虫の息なのは変わらんだろう。お前たち、狙いをそこの人形剣士に絞れ。その妙な剣術も数で押せば長くはもたんはずだ」


「うむ、なかなかに慧眼でござるな。さて、どうしたものか」

 シロナは自らの状態を確認して少しだけ思案する。

 『錬心万虹』と『天究絶無』、二つの極限奥義を使用したことで彼の身体も文字通り軋みをあげている。

 通常の戦闘に支障はなくても、これ以上奥義を使用することに彼のボディは耐えられそうになかった。


「──まあそれでも、仲間がいるのなら前を向かなくては、でござる」

 シロナはそう笑うと、跳躍してエミルの隣へと舞い戻る。


「はは、ありがと、シロナ。アタシに気を遣ってくれて。でも大丈夫、アイツらの魔法の仕組みは大体読めてきたから」

 エミルは今だに荒い呼吸のまま、不敵な笑みを浮かべて顔を上げる。


「読めてきただと? キヒッ、お前のような低能に私の研究成果の何が分かるというのだ!? バカにするなよこの凡俗が!!」


「わかるよ、そもそもこのオートマタの聖鎧とやらをこしらえたのってアンタじゃなくてクロムでしょ、流石に分かるっての。確かに理論を提唱したのはアンタかもしれないけど、そもそもクロムの技術がなければ成立しなかった机上の空論じゃん」


「クヒッ、ふざけるなふざけるな! あんな男がいなくてもきちんと時間をかけていれば私の手で完成したのだ!! 今回の時間制限さえなければワタシが!!」


「ふむ、だが納期を守るというのも一端いっぱしの職人であるのなら大事なことでござる。その辺りがしっかりしているのは、流石は親父殿といったところ」

 ジェロアの激昂も意に介さず、シロナはしみじみと頷いていた。


「もう、そういう親馬鹿、……じゃないや子供馬鹿みたいのはおいといてさ。聖鎧はクロムがいなきゃ成立せず、魔奏剣もどこからか引っ張ってきた魔積回路の詰め合わせ。てか、アタシが造った回路もいくつか混じってるしね。そしてアンタご自慢の魔法部隊、実は相当な無理をしてるでしょ?」

 エミルは満身創痍ながらも鋭い目線を頭上のジェロアへと向ける。


「本来魔法ってのはアタシたちみたいに生まれついて魔奏紋が身体になくちゃ話にならない。まあ、もうひとつは命懸けのギャンブルで無防備な肉体に魔素を取り込むかだけど、普通死ぬしね。そして見た感じ、アンタたちの魔奏紋は後者よりだよね。その紋様からは何一つ歴史を感じない」


「キヒッ、そうのような雑な考えと私の高尚な研究を一緒にしないで欲しい。私が実際に行なったのは緻密にプログラミングされた魔石核を心臓に埋め込み、人為的に魔奏紋を発現させるという画期的なもの。その調整にあの賢王の力を借りたのはしゃくでしかないが、どうだねこやつらの魔法の威力は! クケッ、わずかひと月程度で歴戦の魔法使いと変わらぬレベルの魔法を習得しているのだぞ」


「ははっ、それを聞いたら本当にウチの里のじっちゃんが怒りで卒倒するよ。で、その埋め込んだっていう魔石核の方に魔素の制御を任せることで魔法の使用を可能にしている感じかな。天才を量産するって言えば聞こえはいいけど、あくまで応用の効かない画一的な天才でしかない。それに、その実験に付き合わされてるそこの人らの身体は大丈夫? なんかヤバそうだけど」

 エミルの言葉通り、魔石核を埋め込まれたという魔法兵たちはどこか正気ではない形相をしていた。


「キヒヒッ、その心配はいらないとも。キチンと数ヶ月は運用できるだけの耐久性を有している。まあその先に廃人となる可能性が非常に高いのが難点だが」


「うわぁ、ヒドイヒドイ。その人らはそれで納得してんの?」


「……あ、侮るなよ魔法使いの娘。我らは望んで志願して今ここに、いる。我らを拾って下さった賢王に報いるため、この身を捧げるのは当然のこと。あの方の命令に、お言葉に間違いなどないのだから。ならば、我らはただ忠を尽くすのみ!」

 エミルの言葉に魔法兵の一人が言葉をつかえながらもそう答えた。


「あ、そう、『忠を尽くす』か。どうにもその感覚はアタシには理解できないんだよね。第一、そのレベルで信頼とか信用されるとか、される側も結構な迷惑だと思うんだけど」

 

「あ、遊び半分で放浪するだけの小娘に、我らの想いが理解できるはずもなし。それも結構、我らはただ王の命を果たすだけだ。『塵は塵に、我らが為す徒労を裁定されよ。風塵の砂礫エア・スクランブル』」

 魔法兵の詠唱とともに、エミル達の周囲から暴風と砂塵が生じて彼らを圧搾しようとする。


「キヒヒッ、もう魔力もまともに残っていないキサマに為す術などあるまい。ここで我が研究の贄となるがいい!」

 ジェロア・ホーキンスは奇妙な笑い声を上げながらこれから潰されようとするエミル達を見ていた。


「……あのさ、今は隣にシロナがいるの忘れてない?」

 エミルが呆れたように呟くと、シロナは以心伝心したかのように二振りの聖刀を抜刀していた。


「!? いかん、あの人形剣士に何もさせるな! 魔奏剣を全て撃ちこめ!!」

 号令と同時にシロナに向けて多量の疑似魔法が放たれる。


「アタシの仲間を舐めるなっての、


「うむ、エミルに頼られるとは今日は良き日でござる。たったひとつの星を斬り砕くその道程、全てのジンを無に帰す『錬心万虹れんしんばんこう』」

 シロナは心を静かにその技を振るう。

 その身体がさらなる軋みをあげることを笑って受け入れて。

 彼の一太刀一太刀が虹のような輝きをもって迫りくる魔法を切り裂き、その全てがまるで最初からなかったかのように立ち消えていく。


「キ、キヒッ? まさかあれだけの魔法を本当にただの剣技で掻き消しただと?」


「それだけじゃないよ。シロナが斬ってるのはジンだけだからその燃料である魔素や魔力は消えることなくそのまま空気中に霧散する。じゃあそれ、?」

 ニタリとエミルは笑い、大きく息を吸ってシロナが魔法を掻き消したことによって霧散した魔素と魔力を全て体内に取り込んでいく。


「いやぁ、魔力のことだけがアタシにとって問題だったんだよね。そっちは補給を用意してるんだろうけどさ、アタシはいくら予備の魔石を持ってたところで一瞬で使いきっちゃうし。────ああでも良かった、いい補給手段、アタシも見つけたよ」

 そう口にするエミルの身体中には灼銀に輝く魔奏紋が浮かび上がり、彼女の髪も同じ灼銀に染め上がっていた。


「キ、キキヒィ。いや待て、それはおかしいだろう!? 喰ったのか、こちらの魔法を!? そんな異常は、そんなイレギュラーは私の研究に紛れ込んでいいものではない!」


「そりゃ当然じゃん、これは研究じゃなくて実戦だよ。ああ、ちなみにアタシのもう一つの通り名知ってる? 『歩く災害』っていうんだけど、それがどんなものか、体験してみる?」

 エミルはまるで悪人のように凄惨せいさんな笑みを浮かべて、その身からほとばしる暴威を今まさに撒き散らそうとしていた。

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