第281話 落とし穴

「しくじったぁ、まさかの落とし穴とか信じらんない。一応周りにも気を配ってたのに、なまったかなぁ」

 エミルは自らが落ちてきた穴を見上げながら毒づく。


「それは拙者も同様でござる。まるでこちらの意識の間隙を縫うようなタイミング。あれはよほどの達人か、もしくは……」


「リノンと同じタイプの常識とは違うルールで動いてるやつだろうね。ま、さっきまでのやりとりと口ぶりからして超高精度の未来予知って感じはしたけど」

 エミルは賢王グシャの言動と行動を振り返って、直感的にそう感じ取っていた。


「ふむ、それならば納得でござる。『拙者たちが必ず落ちる』、その結果から逆算してあの瞬間に罠を張っていたというのなら理論上回避しようがない」


「まあ、どっちにしろ落ちてしまったならまた登るだけだけどね。この高さくらいアタシとシロナならちょっと気合い入れればいけるでしょ。…………ま、もちろん素直に行かせてくれる気はないんだろうけどさ」

 そういってエミルは自分たちが落ちた場所に待ち構えていた敵に目を向ける。


「キーヒヒヒヒィ、ようやくこちらに目を向けたかこの凡夫どもめ。まったく、落とし穴などという低俗な罠にかかる低能どもが性能試験の相手とは実に腹立たしい。キヒッ、だがまあ勇者の仲間というからにはそれなりの抵抗はしてくれると期待しよう」

 響く声はエミルたちの階上から。

 彼女たちが落とされた場所はとても広い部屋となっており、その一段上の踊り場のような場所からその声の主は二人を見下ろしていた。

 ギラついた目に眼鏡をかけ、白衣を着た痩せこけた男だった。


「誰だか知らないけどアンタ魔族でしょ? そんなのもあの王様は囲い込んでるわけ?」

 エミルは一目見て男の正体を看破する。


「ん? ああ、モルモットにも一応自己紹介をしておくかねぇ。私の名はジェロア・ホーキンス、一流の科学者である。キヒヒ、一応今回はお前たちの足止めも兼ねて私の実験をさせてもらおうか。まあ、私の崇高な研究は一通り終了しているわけであり、さっきも言った通り性能試験をするだけではあるのだが」

 そう言ってジェロアが指を鳴らすと踊り場に新たに多くの兵士たちが現れ、同様にエミルたちと同じフロアにも帯剣した兵士と多くのオートマタが出てくる。


「ま、そういう気配はしていたから驚きはしないけど、逆にこっちから聞いていい? ちゃんとコイツら、の相手になるわけ?」

 エミルは嬉しさを堪えられぬように口の端を釣り上げてジェロアを見上げる。

 そこには狂気すら孕んだ戦闘への飢えが表れていた。


「何を言うかと思えば、気が狂っているのかこの娘は。1000体に及ぶ特製オートマタとハルジアの精兵たちだぞ。キヒケヘッ、強がりにもほどほどがあるだろう」

 対するジェロアは抑えられないとばかりに奇声のような笑い声をあげて思わず顔を上げる。


「──ふむ、にしても無防備な首でござる。『直心一刀』」

 するとそこへ、超人的な跳躍をしたシロナがジェロアの目前に現れ、容赦なく彼の首に聖刀を叩きこんだ。


「グヒッ!?」

 まるでカエルのような声をあげてそのまま壁に叩きつけられるジェロア。

 本来であれば首と胴が別たれているはずだが、シロナの不殺の剣閃はその衝撃のみをジェロアに与えていた。


「あ~あ、シロナったら先走んないでよ。アタシの分がなくなっちゃうじゃん。まあ、シロナが魔族に反応しちゃうのは仕方ないか。今のシロナなら命までは取れないだろうし。…………さてと、一応聞いておくけどアンタたち、アタシとシロナが誰だかわかってかかってくんだよね?」

 気を失ったであろうジェロアに一瞬で興味を失ったエミルは、同じフロアに集まったハルジアの兵士たちに凄みのある声をかける。

 するとハルジアの兵たちの中の代表の一人が、一歩前に出て答える。


「当然である、我らは賢王グシャ・グロリアスに忠誠を誓うもの。今現在城下町に出ている末端の兵とは違う、王の真の精鋭。たとえそこの魔族に従えという命であろうと、我が王を信じ、王の言葉に従うのみ」

 そう言って兵士は紋様の刻まれた剣を目前に掲げる。


「ふ~ん、まあ人の心情に口を出す気はないけどさ。にしてもその剣、初めて見るね。ここにいる全員が装備してるみたいだけど、刻まれてるのは魔積回路?」

 エミルは目新しい武器に目を凝らし、瞬時にその本質の解析に入っていた。


「敵である貴様らに多くを語る必要はない。だがそこの魔族の男が言っていたように此度の戦いにはハルジアの最新の研究成果が投入されている。であるからこそ、いかに最強の魔法使いといえどこれらの武器に対応はできまい!!」

 まるでその男の言葉が合図だったかのように、兵士たちは同時に抜剣して遥か遠い間合いからそれらの剣を全力で振るった。


 てんで的外れの素振りに過ぎない彼らの行為。


「!?」

 だが次の瞬間エミルは驚きに目を見開いた。

 空を切ったはずの彼らの剣から数多の属性の攻撃魔法が解き放たれてきたのだ。

 火、風、土、雷、光、闇。魔法の基本属性とされるもの全てが中級以上の威力をもってエミルに襲いかかる。


「何その魔法具、素人がただ振るだけで魔法を使えるとか、魔法使いの面目丸潰れなんだど」

 襲いくる魔法の束を前に冷静なコメントを残すエミル。そして、


「打ち砕かれよ事象の壁、我はその先に進むもの。不朽の老壁アダマンシフト

 彼女は迷うことなく最上級の防御魔法を瞬時に展開した。


 エミルの前方に5m四方で発生した紫紺の壁。

 そこに兵士たちが放った魔法が次々と衝突するが、そのどれ一つとして魔法の壁を突破することはなかった。


 だがエミルは間近で放たれた魔法を視認することで、それら全てが紛れもない本物であることを理解してしまう。


「ウソ、アンタたち普通の兵士でしょ? 魔法兵でもないのにいきなりこの精度の魔法を使うとか。しかも複数属性を同時だから上級魔法じゃないと対応できないし。今のでアタシの魔力結構減っちゃったんだけど」

 あまりに常識外れのできごとに、エミルもわずかながらに動揺を隠せないようだった。


 それもそのはずである。魔法とは魔奏紋と呼ばれる紋様を生まれつき身体に宿した者のみが扱える特別な能力であり、習熟には相応の修行が必要とされる。

 それ故に魔法使いと呼ばれる者たちの実数は非常に少なく、各国は戦力としての魔法使いを競って集めているのだ。


 それを魔法の鍛錬も積んでいない一般の兵士が魔法を扱えるとなると戦略の常識が大きく変わる。


「ったく、こんな装備が世に出回ったら魔法の価値なんてガタ落ちだろうね。里のじっちゃんたちがショック死するかも」

 エミルはあきれた顔で頬をポリポリと搔きながら兵士たちの持つ謎の剣を見つめていた。


「かの最強の魔法使いにそう言わしめるとは、この武器もなかなかに効果的なようだな。私も詳しい原理は知らないが、我らに与えられたこの魔奏剣は強く振ることで柄に込められた魔素が刀身に刻まれた魔積回路を走り単一の魔法を発動する、というものらしい」


「あ、そ、解説どうも。ってことは一本の剣につき一つの魔法って考えでいいんだ。それも正確には魔積回路を利用した現象だから魔法じゃないしね。ま、これだけ数が揃ったら結構な脅威だけどさ、『風纏ふうてん』」

 そう口にしながらもエミルはより一層戦いの昂揚感に包まれていた。

 彼女は自身の魔力を回して無詠唱でその身に風の魔法を纏っていく。


「これこれ、拙者もいるのだから、独り占めするのはズルいでござるよエミル。確かにあの武器は脅威だろうが、単純な魔法であれば拙者が斬る」

 そこへシロナが当然のようにエミルの背後へと降り立たった。


「ありがとシロナ、確かに魔法の無効化はシロナの専売特許だしね。にしてもこうやって背中を預け合うのなんて、前の大戦を思い出すじゃん」

 そう口にしてエミルは嬉しそうに二ヒヒと笑う。


 だが、そんな彼らに対して、今まで待機状態であったオートマタたちが一斉に押し寄せてくる。


「ヒ、ヒィ、人形風情が舐めたマネを! 殺されたと思ったじゃないかねぇ!! ならばもう容赦などしない、私が用意したのは魔奏剣だけじゃないぞ。お前たちはそのオートマタの物量に潰されるがいい!!」

 シロナの一撃から意識を取り戻したジェロアは、這いつくばりながらも何らかの手段でオートマタに指令を出していた。

 オートマタたちは剣や槍で武装し逃げる隙間などないほどに密集してエミルたちを囲い込もうとする。


「む、まだ意識があったとはさすがに魔族だけあってしぶとい。だが、この程度の物量で潰れるほど拙者もエミルもヤワではないでござる」

 シロナは再び二振りの聖刀を構えて迫りくるオートマタを迎え撃とうとする。


「フヒッ、誰がそんな単純な作戦を組むものか。魔奏剣部隊、放て!」

 階上のジェロア・ホーキンスからの命令が響くと同時に、再度エミルたちに向けて魔法の剣が振るわれ、大量の雷や炎が降り注ぐ。


「前衛に足止めをさせてそこを味方ごと魔法で薙ぎ払うとか、昔魔法国エミリアが使ってた手法じゃん。それが巡り巡ってアタシに使われるとか、これも因果応報ってやつかな」

 迫りくる魔法とオートマタを眺めながら、エミルは暢気のんきに呟く。


「感慨にふけってどうするエミル。上からくる魔法は拙者に任せるでござる」

 するとシロナはすかさず飛び上がって、空中で腰だめに聖刀を構える。


「いかな魔法もそのかなめたるジンを斬ってしまえば無に帰るでござる。いざ、『錬心万虹れんしんばんこう』」

 シロナが聖刀を振り抜く度に放たれる幾条もの虹のような斬撃が、魔奏剣から放たれた魔法の波をことごとく搔き消していく。


「お、流石はシロナ。それじゃアタシも本気で行こうかな。シロナがそっちの相手をしてくれるなら、アタシはこのオートマタどもを一掃しますかね。『この五指に集いし永劫の覇者、汝の裁きをここに示す。五条の光クィンテッド・エレメント×2』」

 エミルは両手を対極に構えそれぞれの指からまるでレーザー砲のほうなエネルギーをほとばしらせて、迫りくるオートマタへと容赦なく撃ち込んだ。

 都合10秒にわたる力の奔流は床や天井を焦がして、周囲に薄く煙が立ち昇る。


「な、なんだコイツは。話には聞いていたが、まさか単独でこれだけの魔法を行使するとは、まるで化け物じゃないか」

 目の前の光景が信じられぬと、ハルジアの兵士たちは恐れおののく。


 しかし、


「キーヒヒヒヒヒ、何を恐れているのだ、兵士諸君。よく見るがいい!」

 ジェロアが欄干らんかんに立ち上がって、エミルが魔法で再起不能にしたはずのオートマタへと注意を促す。


 すると煙の中から、当然のようにオートマタは立ち上がって再びエミルたちへの接近を開始しはじめたではないか。それも先ほどまでとは違い、駆け抜けるように早い速度で。


「!? ウソ、今のに耐えるとかオートマタじゃあり得ないでしょ」

 あまりに予想外の光景に驚くエミル。


「キヒヒ、ああもちろん普通じゃあありえない。本来複数人で使用するはずの最上級魔法クィンテッド・エレメント。それを単独で行使する貴様は十分に怪物だが、こちらも当然ながら対策はキチンとしている。ああ、聞いて驚くがいい!! キヒッ、そこのオートマタたち全てにはな、がなされている」


「聖鎧、処理? いきなり新しい単語使われても困るって。ちょっと手短に説明してくんない?」

 エミルは襲いくるオートマタたちを、自身を強化した上で体術を駆使してさばいていた。そしてシロナは、続けざまに魔奏剣を振るい続ける兵士たちへの対処を余儀なくされてしまう。


「キケケ、私はこの手のサービスはかかさんからねぇ。ゆっくりと丁寧に説明してやるから殺されながら聞くといい。まずは聖刀については貴様らもよく知っているだろう。聖剣に次ぐ対魔族の武器。それはもちろん魔族に限らず魔法にも有効な能力を有している。キヒッ、そこの人形剣士が魔奏剣の魔法を打ち消しているようにな」


「…………」

 ジェロアの語りをシロナも戦いながら耳を立てて聞いていた。


「その聖刀は熟練の聖刀鍛冶師が創作するわけだが、どうだ貴様ら。もしも、それだけの性能を身を守る鎧に付与することができるとしたら? が出来上がるのではないかね? キケケッ」

 気味の悪い笑いを浮かべながら、ジェロアは語る。


「そうだ! それが貴様らが相手にしているものだよ! そこにいる高機動オートマタの外装、そして兵士たちが装備している鎧も全てが聖鎧だ。キケケケケ、さあどうだ最強の魔法使いよ、この状況で貴様の魔法に一体どれだけの意味があるのかな? キヒヒッ」

 下卑た笑い声をあげながら上機嫌にジェロアは解説を終えた。


「ふ~ん、そういうこと。なかなかに面白いことしれくれるじゃん。あ、勘違いしないで欲しいんだけど、これって悔し文句じゃなくて、アタシ今ホントに面白いんだよ、っと!」

 ジェロアの解説に対してエミルは実に楽しそうな笑みを浮かべながら、迫りくるオートマタの攻撃を器用に回避する。


「キケッ、何を負け惜しみを」


「アタシは別に楽に勝ちたいわけじゃないからさ。ただたまたま結果としてそうなってしまうことが多かっただけ。だからさぁ、こうやって死ぬかもしれない状況の中で戦えるとか、そんなのご褒美でしかないじゃん!」

 そう言ってエミルは強化した拳を目前のオートマタの胸部に向けて放つ。


「ヒヒ、いくら強がりを言ったところで、そいつらの装甲は破れ、ケヒッ!?」

 ジェロアがそう言いかかけたところでエミルの攻撃した箇所が爆発するように大破する。


「ふうっ、さっきの聖鎧処理ってのは表面だけのコーティングでしょ? だったら内側にまで浸透するように打撃を打ち込めばいい。もしアタシが魔法だけの奴だと思われてたんなら心外だな、っと!」

 再びエミルはオートマタの攻撃を躱して同時にコアを打ち砕く。


「おお、流石はエミルでござる。そして先ほどから放たれる魔奏剣とやら。威力が徐々に弱まっている様子。おそらくはつかに魔素を補充しないと威力を保てないのだろう」

 シロナはオートマタを足場にしながら自身とエミルへ向けて放たれる魔奏剣からの攻撃を処理し続けていた。


「ふうん、そしたらアタシらとアンタらのどっちがジリ貧なんだろねっ!」

 エミルはさらに続けて2体のオートマタを破壊して、さらに次の機体と対峙する。


「なんだよあれは。いくらなんでも怪物すぎるだろ!?」

 二人のあまりの鬼神ぶりに、ハルジアの兵士たちの中に動揺する者たちが現れ始めた。


「クヒッ、クキッ、クケケケケケケッ!! 面白い、あまりにも面白いぞ貴様ら! だが勘違いするなよ、これは負け惜しみでもなんでもない。力の底を見せたのはお前たちの方だと知るがいい!」

 狂ったように笑うジェロアの合図とともに、彼と同じ欄干伝いに数十名の兵士たちが現れる。彼らはみな杖や指輪を装備しており、その瞳はどこか尋常ではない様子だった。


「それに、そこの兵士どもも何を呆けている。魔奏剣の威力が落ちたならカートリッジを変えるがいい。魔石部分さえ取り換えれば半永久的にその剣は機能し続けるのだから」

 ジェロアの指摘により、魔奏剣を手にした兵士たちはその柄に装着してある、黒い石、おそらくは魔石の部分を予備の物と取り換え始めた。


「むむ、なにやら雲行きが怪しい様子でござる」


「いいんじゃない? 相手がまだまだ手強くなるならアタシは歓迎だけど。といってもあの場所に現れたところで魔法を使うくらいしかできることはないだろうけど、魔奏剣を持っているわけでもないし何をするつもりだろ?」


 1秒に1体のペースでオートマタを破壊し続けるエミルは、冷静に推測を立てていく。

 ここハルジアは奴隷大国アスキルドとは違い魔法使いの絶対数が少ない。その上で新たに現れた連中は彼女の見立てではとても正規の魔法使いには見えなかったのだ。


 しかし、


「「「我ら五人の腕に集いし永劫の覇者、」」」

「「「蒼天に響く神鳴り、大地に蠢く、恵みを忘れし愚者たち」」」


 エミルの予想は大きく外れ、彼らは二つのグループに分かれてそれぞれに魔法の詠唱を開始ししていた。


「げっ、何アレ、あの詠唱は全部大魔法の奴じゃん!? シロナ、こっち来れる!?」

 唱えられている魔法の規模を真っ先に理解したエミルは、シロナへと声をかける。


「む、すまないエミル。こちらもあの魔奏剣を抑えるので手一杯でござる」

 だがシロナは再び威力を増した魔奏剣の対処に追われていた。


「だったらこっちに来なくていいからとにかく自分の身を守ってシロナ。今から来る魔法は本気でヤバいから」

 エミルの真剣な声がシロナに届いたその瞬間、


「「「汝の裁きをここに示す。五条の光クィンテッド・エレメント!!!」」」

「「「雷神の怒りと慈悲をもって、その裁きを示し給え。雷神の裁きトール・ジャッジメント!!!」」」


 極大の魔光と暴雷がエミルとシロナに向けて降り注いだ。


 

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