第280話 王剣グロリア
イリアを前に、美しい大剣を担ぎ上げるように構える賢王グシャ。
彼らはお互いの間合いギリギリで対峙しており、そこに援護に入ろうとするアゼルに対しては黒騎士アベリアと白騎士カイナスが全力で牽制をしてその隙を与えなかった。
「イリア、気をつけなさいよ。見たところ聖剣じゃないみたいだけど、逆に何が仕込んであるかわからないんだから」
イリアの手にする聖剣アミスアテナが助言を入れる。
「ふむ、誤解があるようなので一応言っておくか。この剣は王剣グロリア。我が王家に伝わる、美しく、そしてただ頑丈であるだけの大剣だ。あいにくと、それ以外の特別さは持ち合わせてはいない」
アミスアテナの言葉に律儀にグシャが反応する。
「へえ、先に自身の手の内を明かそうってわけ?」
「そうだ、ましてや自ら意志をもって会話をするなどの機能もついていない。まあ、人間相手にまともな刃物の役目を果たさない貴殿の剣よりは幾分マシかもしれんが」
賢王グシャは皮肉でもなんでもなく、ただの事実としてそう述べた。
「ぐっ、それを言われると。でもそれでいいのよ、私の刃では人間は殺せない。それはイリアが人間に手をかけることはないってことなんだから」
だから人間としての一線を越えることはないと、アミスアテナは言う。
「………………」
しかしイリアはアミスアテナの言葉に何の反応も示さなかった。
それは肯定の沈黙か、それとも……
「最後に、もう一度聞きます。キャンバス村の人たちを殺したのは何故ですか? 何故それが必要だったのですか?」
うつむくイリアからの最後通告。
ここで返答を誤れば、行き着くところまで行くという覚悟の宣告。
それに対してグシャは、
「…………何故もなにもない。
何の感情を乗せることなく、ただそう口にした。
「そう、ですか。ならその結果として、どんな殺され方をしても文句はありませんよね?」
玉座の間の気温が数度は下がるかというイリアの冷たい声音。
「その問いにどれだけの意味があるというのか。疑問は行動で晴らせイリア・キャンバス。それ以外は何を言っても、私には石の戯れ言にしか聞こえぬ」
イリアの問いに対する、賢王グシャの冷めた言葉。
だがその言葉に、イリアよりも先にアゼルが反応する。
「
アゼルは我も忘れて賢王グシャへ斬りかかろうとする、しかしそれをアベリアとカイナスが二振りの聖剣で彼の胴を貫き、その場に縫いとめる。
「てめえら、どけぇ!」
自らの傷などに構わずに前に進もうとするアゼル。
「どくわけにはいかない。我らがどうなろうとも、あの方の命は絶対だ」
だが、アゼルは彼らを振りほどこうとするも、またしても行動を読まれたかのようにそれを躱されてしまう。
「我らに告げられた残り38手、命が潰えようとも時間を稼いで見せる」
結局、アゼルはイリアのもとへ赴くことはできず、彼らはそれぞれの対峙を強いられていた。
そして、イリアにも変化が顕れる。
「アミスアテナ、ごめんね。私は今日、初めて。
イリアの手のひらから滲みだす赤い血液。
それは重力に従うように聖剣の刀身を伝い、アミスアテナを紅く染めていく。
いや、それだけではなく、イリアの纏う絶対礼装レーネス・ヴァイスの白き衣も、赤く、朱く染まっていった。
イリアの白き無垢なる花嫁衣裳が、真っ赤なドレスへと様変わりする。
「ほう、禍々しくも美しい姿だが。それで何か変わるのか?」
「私、気づいちゃったんです。貴方はさっき私を石と言ったけど、それはきっと正しい。私は、人間の形に、人間の肉体のルールに従う必要がなかった。私は
紅き衣を纏うことで変化するイリアの気配。
その変化は彼女の瞳にも現れ、美しい白銀の瞳は、赤く燃え上がる憎悪の色に染まっていた。
「その赤は自身の血を外側に顕したモノか。ふむ、無垢結晶たる貴殿であれば通常の人間のように失血死することはないのだろう。だがそれで、っ!!」
グシャが言葉を言い終わる前に、イリアの姿は紅き閃光を残して消え、次の瞬間には彼の胴へと赤い聖剣を叩きこんでいた。
「がはっ!」
自身の玉座へ向けて弾き飛ばされるグシャ。
「ちょっと、初めてのことでタイミングが合いませんでしたね。本当だったら、今ので胴体
飛ばされたグシャへ向けて、イリアは冷めた言葉を放つ。
「イリア! 無茶はやめなさい。英雄ラクスと戦った時以上の無茶をして、もし今死ぬことはないとしても、貴方の寿命を削ることに変わりはないのよ!?」
そんなイリアに対して聖剣アミスアテナは必死の忠告を送る。
「うるさいよアミスアテナ。今この人を殺さなかったら、私は笑って死ねない。みんなのところに、『ただいま』って笑っていけない」
アミスアテナの言葉に耳を貸さず、イリアは一歩一歩グシャへと近づく。
そこへ、
「行かせはしない勇者イリア!」
黒騎士アベリアと白騎士カイナスが彼女の前に立ちはだかる。
二人は魔王アゼルを止めることを放棄し、賢王の壁としての役目を果たそうとする。
「邪魔しないで!」
だが、そんな二人をイリアは僅か一瞬の挙動で両脇の壁へとそれぞれを弾き飛ばしていた。
それは英雄ラクスとの戦闘で編み出した戦法、聖剣アミスアテナと勇者イリア、そしてその血液を三重に反応させることで爆発的なエネルギーを生み出す自傷を
「待て、イリア! それ以上そんな力を使えば死んでしまうぞ」
アベリアとカイナスを退けてなお進もうとするイリアの肩にアゼルは手をかけて彼女を止めようとする。
「アゼルも、邪魔するの? 嫌だよ、そんなの」
イリアの言葉にどんな感情が乗っているのかアゼルには分からない。しかし、彼が彼女を止める理由は誰よりも明確だった。
「違うだろ、そうじゃねえよ。アイツらがどうなろうと知ったことじゃない。だが、その為にお前が傷つくのを見過ごせるわけねえだろ」
「別にこんなの痛くもなんともないよ。あの日、みんなが受けた苦しみに比べれば、こんなの、全然」
しかし、イリアはアゼルの制止すらも聞くことなく再びグシャへと歩みを進めようとする。
「──良いではないか、魔王アゼル・ヴァーミリオン。勇者が、その手で、悪逆たる王を討ち取りたいというのだ。その結末がいかなるものだとしても、それを尊重するべきではないのか?」
玉座に打ちつけられていたグシャは、どうにか身を起こして王剣グロリアを再び手に取る。
「ちっ、上手く衝撃を殺してたのか。ふざけるなよ人間の王。この女の命は、てめえなんぞと同じ天秤にかけていいものじゃねえんだ」
「構わん、それならばお前たち二人がかりでもいい。それぞれが為したいように成せばいい。人生とはきっと、そのようなものだろう?」
賢王グシャはふらつく身体を強引に抑え込み、勇者イリアと魔王アゼルを蒼い瞳で見据えて言い放った。
「来い、ここが我が人生で最大の難所。お前たちを越えて私は明日へ行く」
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