第279話 玉座の間、犯人

 ハルモニア大陸の東端、ハルジア国の王城の玉座の間にて、勇者イリアたちと賢王グシャ・グロリアスが対峙する。


 グシャの両脇には当然のように王の双剣たる黒騎士アベリア、白騎士カイナスが控えており、さらにはアベリアの後ろにも頭部をすっぽりと覆うフルフェイスの甲冑を着た小柄な騎士が緊張を隠しきれずに構えていた。

 イリアとアゼルはその騎士に見覚えがあった。

 以前キャンバス村の墓にて手紙を手にしたときに、アベリアの後ろに控えていた騎士である。



「想定通り、とは一体どういうことでしょうか、賢王」

 そんな中、イリアは一歩前に出て堂々とグシャに聞き返す。

 既に彼女は聖剣アミスアテナに手をかけており、返答次第では戦闘も辞さない意志がありありとうかがえる。


「いやなに、これは言葉通りの意味でしかない。勇者イリアよ、正直な話、私は今日どのような理由でお前がここを訪れたかは知らない。ただどうあっても今日のこの日は避けられない、私が分かっていたのはその程度のことに過ぎない」

 賢王グシャは淡々と、余人には理解できない視点で物事を語る。


「意味が、わかりません。私はキャンバス村でこの手紙を手に入れました。そこにはこう書いてあります。“この村を滅ぼした犯人を知っています。最果てのハルジア、その王城の玉座の間にて真実を話しましょう”と。私は、私は真実を知るためにここに来たのです」

 イリアは手にした手紙がグシャにも見えるように掲げ、涙が滲むほどの熱い瞳で彼を睨みつける。


「ほう、なるほど。そういう流れであったか。アベリアよ、あの手紙を用意したのは貴様だな?」

 イリアが持つ手紙を見てグシャは納得したかのように頷き、そして背後に控えるアベリアへと問いを投げる。


「は、その通りでございます王よ。罰は、幾重にもお受けします。しかし私には、どうしてもこのまま黙っていることなどできませんでした。勇者があの手紙を妄言と捨てるならそれも良し。そして、彼女が真実を追いに来るのなら、それもまた、と」

 アベリアは僅かに唇を震わせながらも毅然とした態度でグシャに告げる。


「ふむ、そうであったか。いやなに構わん。お前の行動に関係なく、きっとこの状況に変わりはなかっただろうからな。それで勇者よ、その手紙を用意したのは我が剣たるアベリアということだが、何か言いたいことはあるか?」


「あるに決まってるじゃないですか!! この手紙に書いてある、キャンバス村を滅ぼした犯人とは誰のことですか!? 村を、私の村を焼き、みんなを皆殺しにした犯人は、いったいどこにいるんですか!!」

 賢王グシャのあまりに冷静な態度にイリアの感情は逆に燃え盛っていた。

 今にも聖剣アミスアテナを引き抜きたい気持ちを堪えながら、彼らの回答を待つ。


「勇者イリア、それは……」

 そのイリアの問いに黒騎士アベリアが答えようとしたその時、


「ああそれは私がしたことだ。私がアベリアに命令した。『キャンバス村の住人を皆殺しにしろ』とな」

 本当になんでもないことのように、賢王グシャはその言葉を口にした。


「あ、あなたが? みんな殺した? お、お前が、みんなを殺したの!?」

 瞬間、爆発でも起きたかのような速度でイリアは玉座に向かって駆けだした。

 当然アミスアテナは既に抜かれ、渾身の一振りを賢王グシャに向けて放つ。


 しかし、


「邪魔を、しないで。アベリア、カイナス!!」

 王の双剣たる二人がそのイリアの剣戟を同時に阻んでいた。


「そういうわけにもいくまい、勇者イリアよ。我らは王の剣、ただその使命を忠実に全うするのみだ」

 氷の聖剣を手に白騎士カイナスは冷静にイリアに向けてそう告げる。


「………………」

 そして炎の聖剣を手にする黒騎士アベリアは、黙したままイリアの一撃を迎え撃っていた。


「もう、このっ。ただの聖剣の出来損ないの使い手が調子に乗るなっての」

 アミスアテナにとってみれば格下の聖剣にやすやすと止められたことで、彼女は不愉快そうな言葉をあげる。


「そう言えば言葉を喋るのだったなその聖剣は。ふん、武器に人格など不要だ。ただ打ち払い、ただ打ち壊せればそれでいい!」

 カイナスの言葉に合わせるように、二人はイリアを強く後方へと弾き飛ばす。


「くっ」

 イリアは片手をついて受け身をとり、再び強い視線をアベリアとカイナスの奥、賢王グシャへと向ける。その瞳には強い憎しみが宿っていた。


「どうして、どうして村の人たちをみんな殺したんですか!? 何の罪もない人たちを、どうして!?」


「ほう、理由を問うか。何とも難しい問いだ。あまりに簡潔な答えしか返せぬが故に、それを飾りたてるのが難しい。よって、やはりこう答えるしかあるまい。『必要だったからだ』」

 賢王グシャはあごに軽く手を当ててわずかに考えるそぶりをしたあと、さもなんでもないことのようにイリアへとその返答をした。


「必要? 必要ってどうして? みんながあんな風に殺される必要がどこにあったっていうんです!!」

 賢王の言葉はイリアの心に燃え上がる憎しみの火にさらに薪をくべてしまう。

 イリアは、血が滲むほどに聖剣アミスアテナを強く握りしめ、憎悪に燃えた瞳でグシャを睨みつける。


「さて、どうやら私と剣を交えるまでは勇者イリアは止まってはくれぬらしい。アベリア、カイナス、下がっていろ」

 グシャは玉座からゆったりと立ち上がり、美しい大剣を手にイリアへと近づく。


「しかし王よ、相手は歴戦の勇者。いかに貴方様でも……」

 止めようとするカイナスの声に構うことなく、グシャはいよいよイリアの間合いへと入っていた。


「確かにな、多くの魔族を斬り伏せた勇者イリアと私ではレベルに大きな差があるだろうよ」

 グシャは正面に剣を構え、その蒼い瞳でイリアを見据える。

 その瞳は彼我の戦力差を誰よりも正確に見抜いていただろう。


 だが、

「勇者イリアよ、憎いと言うのなら私を斬ってみるがよかろう」

 賢王グシャは勇者イリアとの対峙をやめようとはしない。


「────斬りますよ、だってこの気持ちを抑えられるわけがない!!」

 グシャの挑発に乗るように、イリアは再び爆発的な速度で聖剣を振るう。

 長き修行、数多の戦いの中で磨き上げられたイリアの剣閃。


 わずか1秒の間に繰り出された12の斬撃を、


「ふむ、こんなところか」

 賢王グシャは呼吸ひとつ乱すことなく、捌ききっていた。

 彼はイリアの聖剣をあるいは紙一重で躱し、あるいは手にした大剣で防いだ。それはまるで事前にイリアの攻撃を予習してきたかのような完璧さであった。


 そして攻撃直後のイリアの隙だらけの身体に向けて大剣を薙ぐ。


「ぐっ、レーネス・ヴァイス!!」

 だがイリアも攻撃を受ける瞬間に彼女の絶対防御である白き衣を纏って、彼の一撃に耐えていた。


「まだ、この!!」

 イリアは胴に受ける大剣の衝撃で一瞬息が止まるのも構わず、再びグシャへと強引に斬りかかっていく。


 だがその剣撃も空を斬るばかりで、賢王グシャに対して掠り傷ひとつ付けられないでいた。

 全力の一撃を何度も躱され続け、イリアの息が瞬く間にあがっていく。


「はぁ、はぁ、何で?」

 呼吸を乱しながら当然に疑問を口にするイリア。

 日常的に戦闘をこなしてきたイリアと、本来戦闘者たりえないグシャ。

 そこになぜここまでの技量の差があるのかと。


「そんなに不思議なことか勇者イリアよ。我が身に危害を加える一撃であるからこそ、当たらないように工夫する。誰でもしていることだろう、まあその聖剣が当たったところで、いかほどの侵襲になるかははなはだ疑問だが」

 賢王グシャはイリアの手にする聖剣の刀身をみてそう呟く。

 そこへ、


「アルス・ノワール!!」

 アゼルの魔剣の一撃、魔素の奔流がイリアごとグシャへと襲いかかる。


 それはイリアには通じないと承知しているからこそのアゼルの援護。

 溜めの時間が短かったとはいえ、賢王グシャを包むには十分な攻撃だった。


 だが、

「ふむ、さすがは魔王の一撃、と言えばいいのか。用意しておいた浄水が今の一瞬で蒸発してしまうとはな」

 グシャは当然のように、アゼルのアルス・ノワールの中から現れる。


「ちっ、まさか今のを読んでたのかよ」

 悔しげなアゼルの舌打ち。

 自身の技からグシャが生還してきたことは意外ではなかった。

 速さを意識したことと、何よりもイリアを間に挟んでいることもあり、殺傷性は極端に低くなっていたからだ。ただそれでも普通の人間であれば気絶は免れないほどの魔素の侵食はあったはずなのだ。


 それをグシャはまるで予め読んでいたかのように自身の身に浄水を浴びて魔素のダメージを回避していた。


「アゼル、ありがとう、でも……」


「分かってる、できるなら一人でやりたいんだろ? でもどう見たって、アイツはなんかおかしい。だから一人で突っ走るな。俺らもいるんだからよ」

 心定まらぬイリアの側に、アゼルはそう言って魔剣を手に駆けよる。


「魔王アゼル・ヴァーミリオンか。貴殿がこの場でもっとも力ある生命であることに違いはあるまい。そなたが思うままに力を振るえば我らどころかこの城さえも容易く潰えるだろう。だが、人間というものを甘く見てもらっても困る。アベリア、カイナス」

 賢王グシャの言葉とともに黒騎士と白騎士の二人は迷うことなく魔王アゼルに狙いを定めて斬りかかっていく。


「は、甘く見るなだと? いくら聖剣騎士と言っても俺の相手になるわけがないだろう、が!?」

 アゼルは襲いくる二つの聖剣を自らの魔剣で迎え打とうとするが、まるでアゼルの剣筋が読めていたかのように二人の剣閃は突然に軌道を変えて彼の肉体を切り裂いていった。


 アゼルの肉体に走る灼熱と極寒の衝撃。

 アベリアとカイナスの聖剣に内包された炎と氷のジンが、アゼル自身の魔素と反応することで彼の内側からダメージを与えていく。


「アゼル!?」

 予想外のことにそちらへと注意が向くイリア。


「そんなに驚くほどのことでもないだろう勇者イリア。お前たちが来ることは事前に予測できていたのだ。であれば、魔王の太刀筋を二人に事前に教え込んでおくことも容易い」


「え、あの王様何なの? まるで未来が見えてるみたいなこと言ってるけど。でもまあいいや、イリアが満足するまでは様子を見ておこうと思ったけど。乱戦上等ってんならアタシも参加しよっ……ん? どうしたのリノン?」

 エミルは強敵の気配に口の端を釣り上げて喜んでいたが、同時に隣にいる大賢者リノンの様子のおかしさにも気づいてしまう。


「いや、まさか。だけどこれは、マズイぞ」

 それもそのはず、普段であれば飄々ひょうひょうとどんな状況でもどこ吹く風の彼の表情が徐々に青ざめてしまっているのだ。


「マズイ? 一体何がでござるか?」


「あの王様、賢王グシャを前にしているだけで僕の『未来知アナザービュー』、未来の選択肢が少しずつ黒く塗りつぶされていく」


「未来が? ん、それってつまり」

 リノンの言葉でエミルが何かに気付きかけるその時。


「さて、お前たちは邪魔だな」

 賢王グシャの言葉が響くと同時に、突然エミルたちの足元が消失する。


「え、ちょ、ウソ、落とし穴!?」

 玉座の間という場所において通常考えられない単純な罠に虚を突かれたエミル、そしてシロナはそのまま落下していく。


「これでバランスは整ったが、やはり大賢者、貴様は難を逃れたか」

 グシャは直前にこの未来を読んで足元の落とし穴を回避していたリノンへと目を向ける。


「まさかこんな古典的な手を賢王が用意しているとはね。それもエミルくんやシロナに気取られることのない完璧な発動のタイミング。まるで数多の可能性の中から、罠が成功するパターンだけを選び取ったかのような完全さだ」

 この瞬間、大賢者リノンは賢王グシャを自身の天敵と認識した。

 

「ふむ、その中には大賢者リノン、貴様も含まれていたのだが。やはり貴様は私と同類らしい」


「おい、リノン! さっきからいいようにされてるけど、コイツは一体何なんだ?」

 アゼルはアベリアとカイナスに斬られた傷を瞬く間に回復させて二人と応戦しながら背後の状況を確認する。


「あは、彼にはどうやら本当に未来が見えているらしい。それもリアルタイムでね。というか、どうやら物凄い情報量を頭の中で処理して未来の可能性を予測、制限しているようだね。量子演算器を相手にしているって言ったらわかるかな? あ、わからない?」

 リノンはすかさずあらゆる情報が記載されている『深淵解読システム・ブック』を手にして、目の前の賢王グシャの性質を読み解こうとする。


「ほう、その書の中に大賢者の『知』の源泉があるわけか」

 しかしその様子をグシャは蒼い瞳で冷静に見つめていた。


「あ、やっぱりヤバい。彼に僕の能力を認識されることで、僕の認知できる未来がすごい勢いで減っていってる。ちょ、ちょっと僕は一時退散するよ!」

 リノンは止まらない冷や汗を拭って物凄い勢いで玉座の間から退避していった。


「げ、アイツ本当に逃げやがった」


「身を隠したか。まあいい、それでは続きといこうか勇者イリアよ。私としては貴殿が引き下がってくれることがもっとも効率的で望ましいのだが」

 グシャはそう言ってイリアを凝視する。

 その、まるで全てを見通すような蒼い瞳は、イリアの知らない何かまでをも覗きみるようであった。


「でも、私は、私は!」

 だがイリアは、そんな底知れぬ怪物のような男を前に、一歩だって引き下がるつもりはなかった。


「アナタが一体何者であろうと、あの日の絶望を、この恨みを、今ここで晴らしてみせる!!」


 かつてこの玉座の間において『勇者』と呼ばれた少女は、まぎれもない復讐者として王へとその剣を向けた。

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