第278話 ハルジア突入

 イリアたちはいよいよハルジアの城下町へと辿り着いていた。


 以前エミルがハルジアへ入国する際に門兵を打ちのめし、挙句の果てに城下町の一部を破壊したことから入国にあたって厳しいチェックがあることが予想されたが、そのイリアたちの予想を裏切り、彼らは実にスムーズに城下町へと入ることができたのだ。


 いや、というよりはそもそもハルジアの門を守る兵士がどこにもいなかっただけの話なのだが。


「おいおい、これはどういうことだよ?」

 アゼルは大通りの中心で街並みを見渡して困惑していた。

 何故なら大勢の人々で賑わっているはずの城下町は人っ子一人いない状況なのである。いや、正確には一般の人々の代わりに大勢の兵士たちが街中を駆けずり回っている。


「う~ん、どういうことだろうね。見たところ街の人たちは家の中に引き籠ってるだけみたいだけど」

 リノンは周囲の建物を見渡してそう言った。

 彼の言葉通り、窓からは外の様子を覗き見る人々の様子が窺える。


「もしかすると、エミルがここに来たことが広まってのことでござるか? 奴隷大国アスキルドではエミルの来訪と同時に避難勧告が出されると聞いたが、まさかハルジアでも同様とは」


「失礼なこと言うなってのシロナ。第一検問さえまともに受けてないんだから、私が来たって知りようがないじゃん? それに兵士たちの様子もなんか変。探してるけど見つからない、見つからないモノを探してるような感じ?」

 エミルは街を駆け回る兵士たちの様子をそう評した。


「確かにな、なんか真剣なんだろうけど覇気がないような。こいつら一体何してるんだ?」

 そうアゼルが呟いていると、イリアたち一行に気付いた兵士の一人が駆け寄ってくる。


「おい、キミたちどうしたんだ? 今はこのハルジア城下町で外出自粛の命令が出てることを知らないのか?」

 兵士はあくまでも善意でイリアたちに声をかけたようだった。


「うんうん、まさに兵士くんの仰るとおり僕たちは今の状況が飲み込めてなくてね。何せついさっき門をくぐったばかりだから」

 声をかけてきた兵士に対してニコニコとした笑顔を浮かべながらリノンが前に出て情報を集めようと応対する。


「門をくぐった? ああそうか、今はそこの人員を回してでも捜索に当たれって命令だったか? まったく、入国門のみならずハルジア城門の門兵までも捜索に回せというのは、賢王は一体何をお考えなんだ?」

 兵士は現場の混乱に頭を抱える様子だった。


「おやおや、それは穏やかじゃないねぇ。それだけの大事がハルジアで起こっているのかな?」

 そこへすかさずリノンが問いを差し込む。


「ん? ああ、まあ大事と言えば大事なんだが。どうも王からの通達によれば魔族がこの街の中に紛れ込んでいるらしい」


「!?」

 兵士の何気ない言葉にイリアたちは思わず一瞬固まってしまう。

 今現在ハルジア国に紛れ込んだ魔族といえば何を隠そう魔王アゼルに他ならないからだ。


「まあそういうわけで街中を虱潰しらみつぶしに探してるわけだが、民衆も観光客もみんな屋内に籠っているからなぁ。その上、門の出入りも自由な状態で探しても意味はないと思うんだが、あの賢王の命令が間違っているわけもないし」

 ちょっとした愚痴を混ぜて兵士はブツブツと呟く。


「ああ、でも一応似顔絵も渡されてるから誤認逮捕はないから安心してくれ。……まあ一応キミらも顔くらいは確認しておくか」

 そう言って兵士は懐から一枚の似顔絵が描いてあるだろう紙を取り出して、似顔絵とイリアたちの顔を見比べ始める。


「いや、おいちょっと」

 突然始まった顔のチェックに戸惑いながらも、ここで怪しい素振そぶりをするわけにもいかずにアゼルは態度を決めかねる。


「ん~、違う、君も違う。違う、違う。てかキミらどっかで見た顔だなぁ。手配書とかに載ってないよね? ま、他人の空似だろうけどさ」

 そんなのんきなことを言いながら兵士はイリアからエミル、シロナ、リノンと顔を見合わせ、そしていよいよアゼルと似顔絵を見比べ始めた。


「─────」

 わずかに走る緊張。

 

(ここまでか?)

 アゼルは内心で、これから騒ぎになること受け入れる。だが、


「はい、大丈夫問題ないよ。だいたい魔族がこんな東の最果てまで単独でやってくるわけないのにさ。まあ賢王のお言葉に今まで間違いなんてなかったんだから、こうやって素直に聞いてますけどねぇ。キミらもそういうわけだから、どこかの宿に適当に入れてもらいなよ。あと数時間もすれば、さすがに王も命令を解除してくれるだろうしね」

 再び似顔絵を懐にしまった兵士は、適当に手を振りながらどこか別の場所へと去って行った。


「結局なんだったんだ? てっきり俺の手配書が出回っている罠かと思ったんだが」


「いやいや、良く考えなよ。それじゃあ罠にすらならないだろ? 魔王が来ることが分かっていてのこの対策なら杜撰ずさんという他ない。それよりもずっと重要な情報があったじゃないか。今は城門すら誰も守護していないらしい。ということは?」

 リノンはそう言って実に悪い笑みを浮かべていた。


「堂々と正面から会いに来いってことじゃない? 舐められたもんだけど、そっちが本命の罠ってことかもね。イリア、どうする?」

 頭の後ろで腕を組みながらエミルはイリアに聞く。


「たとえ何が待っていたとしても、私は問わずにはいられません。行きましょう」

 そう言ってイリアはハルジア城の玉座があるであろう場所を見つめ、聖剣アミスアテナの柄に手をかけて歩きだした。


「………………」

 その後ろ姿を無言で見つめるアゼル。

 彼の胸中には、ただ漠然とした不安だけが渦巻いているのだった。



 そしてリノンの予想通りかつ信じられないことに、ハルジアの城門から城内に至るまで誰一人としてイリアたちを阻む者はいなかった。

 よって何事もなく、彼らは玉座の間の扉の前に辿り着く。


「ここまで誰にも会わないとか逆に不吉だなぁ。城全部がもぬけの殻ってわけかい?」

 口ぶりとは裏腹に気楽な様子でリノンは笑う。


 そんな彼に構うことなく、イリアは自らの手で玉座の間の扉を押し開いた。

 かつて勇者の誉れとともに送り出されたはずのその扉を。


「ふむ、遅かったな。…………いや、これは言ってみたかっただけだ。やはり、残念と言わざるを得ないが、結局私の想定を超えることのない到来だったな」

 静かで荘厳な声が、玉座の間に響く。


 それは誰であろうハルジア国の賢王グシャ・グロリアス。

 玉座にて堂々と大剣を携え、勇者イリアの来訪を待ち構えていた。

 

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