第277話 唐突の再会

「お前、クロムじゃねえか。どうしてアルトの城の中にいるんだよ!?」

 突然出てきたクロムに対してアゼルは当然の反応をする。


「なんでと言われてもなあ。一仕事終えてブラブラと寄り道しながらホーグロンに向けて帰ってたら、途中で嬢ちゃんと知り合ってな。聞けばそこの小僧を雇い入れたって話じゃねえか。それで色々と話を聞くうちに、前に小僧を世話した時の話を持ち出されてよ。主人として礼をしなければ気が済まねえらしい、もてなすからってことでちょっとだけ泊まらせてもらってたんだよ」

 クロムはゴツゴツした手で頭を搔きながら答える。


「ふん、オレは別にそこまでお前に世話になった覚えはないがな」

 対してルシアは不満げに呟く。


「そう言うなルシア。実際にクロムどのの知識がなければお前の身体は永く持たなかったのも事実。というかお前が浄水のストックを切らしているからわざわざ買い付けに来るハメになったのじゃろうが」

 態度の悪いルシアに対して、まるで母親のように叱りつけるアルト。


「うるさいな。…………まさかお前たちの所で浄水を売ってないとは思ってなかったからな」


「魔族だらけのアグニカルカに浄水が置いておるわけがないじゃろうが。まあ良い、このバカのことを抜きにしてもクロムどのには大きな借りがある。、二人のことでもな」

 アルトは転じて真剣な顔でクロムに目を向けた。


「その話はもういいって言っただろうが、アルトの嬢ちゃんよ。おれとしては二人が元気でいると聞かせて貰っただけでも十分だ」


「そうか、できるなら顔を会わせてやりたくもあったが、今はまだ親元で甘えさせておきたくての」


「それでいいんだよ。逆にもしもあいつらをこっちに連れて来てたらアンタを怒鳴ってたところだ。にしても魔王に勇者にシロナたちまで、こんな勢揃いでどうしたってんだ?」

 アルトと一通り挨拶を済ませたクロムは、改めてアゼルたちへと意識が向く。


「別にアルトに用があったわけじゃねえよ。たまたま近くを通りかかったらコイツに呼び出されただけだ」

 アゼルは少し不満げな顔でクロムの質問に返答する。


「呼び出された? お前は魔王だろうが、何を……っと。ふむ、よく見りゃアルトの嬢ちゃんと魔王の魔素は随分と気配が似てるな。………………兄妹か?」

 クロムはアゼルとアルトの顔を見比べてひとしきり悩んだあと、そう口にした。


「ちげえよ、親子だよ!」

 それにアゼルは反射的に答えてしまう。


「親子? だがお前はそこの勇者と、……………………ああ、そういうことか」

 クロムは何かに納得したかのように、明後日の方向を向いて気まずそうに頭を搔く。


「いや、お前何に納得したんだよ? 変な想像するんじゃねえよ!」


「ん? 魔王は結婚していて子供もいるが、勇者に手を出したんだろ? 別にその辺のことをあれこれと口出しするほどおれも若くはねえ。当人同士、まあこの場合はアルトの嬢ちゃんも含めてだが、互いに納得してればいいんじゃねえのか?」

 アゼルの予想に反して、クロムは実に正確にこの場の相関図を読み切っていた。


「おお、親父殿は思った以上に男女関係についてルーズでござった」


「うるせえよシロナ。他人の恋愛事に口出してもいいことは一つもねえってだけだ。で、お前らはどこかに行く途中だったってことか。だがこの先にあるのは……」


「ハルジアです。私たちはハルジア城へと行かなければいけないんです」

 クロムの言葉を遮ってイリアは硬い表情でそう告げた。


「…………そうか、ハルジアにか。なるほどなぁ、あの王が何を考えているかは知らんが、舞台が整ったということか。まさかあそこに招待されるのがお前たちだったとはな」

 一人納得したようにクロムは自分のあごを撫でる。


「ん? 何か知ってるのかクロム」


「まあ、隠すことのほどじゃねえし口止めもされてねえからな。おれはつい先日までハルジアからの依頼で仕事をしてた。それだけのことよ」


「親父殿が? すると聖刀でも作っていたでござるか?」

 シロナは少しだけ期待するような瞳でクロムを見る。


「あいにくと聖刀は打ってねえな。だがそれなりに充実した仕事だった。ま、後は見てのお楽しみってとこだ。おそらくアレらはお前たちに向けて用意された代物なんだろうよ」

 クロムは淡々と、イリアたちへの兵器造りに協力していたのだと告げる。


「へえ、それはそれは。ちなみにクロムどのが何の制作に関わったか聞かせてもらってもいいのかな?」

 ここまで黙って話を聞いていたリノンがここぞとばかりにクロムへと質問する、だが。


「お楽しみって言っただろ? 口止めされちゃいねえが、職人として丹精込めて手がけたもんの壊し方を自分で教えるってのも芸がねえ。せっかく作ったオモチャだ、楽しんでいけ」

 クロムは自信満々の顔でそう告げる。

 そう、彼には自信があった。自分程度が関わった障害など、彼らは難なく越えていくだろうという自信が。


「そだよリノン、余計なことするなっての。せっかく面白いことになってきてんだからさ。誰かは知らないけど準備万端で待ち構えているってことでしょ? 俄然がぜんやる気が出てきたし」

 エミルはクロムの話を聞いて本当に嬉しそうな表情をしていた。


「お前は本当に人生楽しそうでいいよな。まあ、クロムに話す気がないってんならそれでいい。セスナやラクスとかのレベルの奴らがいるならともかく、今のハルジアで俺たちに勝てる連中がいるとも思えん。アルト、色々と時間がないこともわかった以上、ここでのんびりと過ごすわけにもいかん。そろそろ俺たちは行くぞ」

 そう言ってアゼルは立ち上がり、城主であるアルトへと退出を告げる。


「まあ、仕方ないじゃろうな父上よ。ゆっくりと歓待したくもあったが、今のイリアの心持ちではそうはいくまい。見事悩みの種を解決してから、もう一度この城に招きたいものじゃ」

 アルトも同様に席から立ち上がり、少しだけ残念そうにしながらもアゼルたちを送り出そうとする。


 アゼルに続いてイリアたちも次々と城から出ていく中、一人リノンだけが少し立ち止まってアルトへと近づいた。


「なんじゃ、胡散臭い賢者よ。妾はあまり貴様と関わりたくはないのじゃが」

 そんなリノンの行動に、実に嫌そうな顔をするアルト。


「まあまあ、そんな器の小さいことを言うものじゃないさ次代の魔王。一応キミに伝えておきたいことがあってね」

 リノンは彼を煙たがるアルトの態度を気にすることもなく、彼女の後ろに控えるルシアに目配せしながら話を続ける。


「キミの従者、魔人ルシアと言ったね。彼に初めて会った時から気になってはいたんだ。彼の持つ蒼い瞳、他人を見透かすかのような力は今も健在かな?」

 リノンはルシアの灰色の髪に隠れた方の瞳についてアルトに問う。


「ああ、その眼のことか。まあ不思議な能力だとは思うが、それも込みで妾はこやつを評価しておる。他に類を見ない希少性、妾の側に仕えるに相応しいじゃろ」

 そう言ってアルトは自慢げに胸を張っていた。


「まあキミのコレクション癖については口を出さないけど、キミは気にならないのかい? 彼の両親について」


「なんじゃ、貴様は知っておるのか?」


「いいや知らない。『深淵解読システム・ブック』で調べることはできるけど、僕は信条で他人の親元を遡ることだけはしないことにしている。だって自分がされたくないからね。というわけで、今から話すことは決して確定的な情報じゃない。だけどキミが耳にする価値はきっとあるだろうさ」


「なんじゃもったいぶるな、さっさと話さぬか」


「ああ、すまないいつものクセでね。まあ言葉にすればさほどのことはない。ハルモニアのある王族は代々不思議な力を受け継いでいるそうだ。そう、他者の人物背景や経験などを見透かしてしまう、蒼い瞳をね」

 リノンはアルトの耳元でその言葉を伝える。

 情報にしては具体性のかけた、漠然とした彼の言葉。


「…………」

 だがアルトは、それだけの情報で何かに気付いたように彼女の瞳が見開く。


「まあ、ただそれだけさ。この情報をどう扱うかはキミが決めればいい。僕も誰彼と気を回していられるほど暇じゃなくてね。一番の推しが酷い目に会わないようにするだけで手一杯だからさ」

 言うべきことを口にして気が済んだのか、リノンはヒラヒラと手を振りながら彼らが載ってきた馬車へと戻っていく。


「なあ、アルト。今のは何の話だったんだ?」

 目の前で行なわれたアルトとリノンの会話が気になったのかルシアは彼女に問いかけてきた。


「だから、様をつけろと。─────まあいいわ、お父様たちが出立したら話してあげる。その後のことは、ルシア貴方が決めなさい」

 アルトは深く嘆息しながらルシアに答える。

 その瞳は、イリアたちが向かう先、ハルジアに向けられていた。

 

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