第276話 魔城で小休止

「入るぞ」

 アゼルの声に反応するかのように豪快に開かれるアルトの魔城の扉。

 そこに待ち受けていたのは、


「いらっしゃいませ、お父様」

 大広間の中央に巨大なテーブルを用意して待ち構えるアルトの姿だった。

 今日の彼女は紫色の流麗な髪を上品にまとめ、紫紺のロングドレスで着飾っている。


「まったく、もう少しまともなコンタクトの取り方はなかったのかアルト?」

 そんな実娘を見て、やや嘆息しながらアゼルは言う。


「あら、あいにくとまともなやり方なんてものを父から教わる機会がなかったもので」

 だがアルトは痛烈なカウンターをアゼルに浴びせるのだった。


「ぐっ、それは悪かったな。で、何の用だよ」

 アゼルはボディに一発いいパンチをもらったような苦々しい顔ながら、アルトに用件を確認する。


「うふふ、玄関口で用を済まそうなんて無粋ですわよお父様。せっかくもてなしの準備をしたんですから、ゆっくりしていただかないと。─────イリア、貴女もいいでしょ?」

 アルトはゆっくりとした所作でテーブルをなで、アゼルの後ろに控えていたイリアへと視線を向ける。


「…………少しだけ、なら」

 そんなアルトに対し、イリアは渋々と頷く。


「?? 今日は少しご機嫌斜めなのかしら。まあいいわ、ちゃんと人数分用意してあるから他の仲間もお呼びなさないな」

 イリアの様子をいぶかしみながらも、アルトは他のメンバーもと促していく。


「ああ、いいのかい? いやぁ、魔王アゼルの御息女、次期魔王にご招待いただけるなんて光栄だなぁ」

 すると間髪入れずにリノンがいけしゃあしゃあと前に出てきてわざとらしく小刻みに頭を下げる。


「……貴様は外で草でもんでろ、と言いたいところじゃが、さすがにそれは城主としての器の小ささが知れるというもの。喜ぶのじゃ、特別に同席を許可する、─────心底イヤだけど」

 そう言ってリアルトはリノンへと苦虫を潰したような表情を向けていた。


「あはは、気のせいだとは思うんだけど、僕って毛嫌いされてるみたいだよねぇ。まあ気のせいだけど」

 だがリノンはそんなアルトの態度もどこ吹く風と言った様子でである。


「まったく、嫌われてる自覚があるなら少しは相手に合わせろっての。まあアタシは嫌われてまで参加する気はないけどさ」

 リノンの背中を蹴り上げながらエミルも大広間の中に入ってくる。


「ああ勘違いするな魔法使い。そこの賢者以外は賓客ひんきゃくとして妾はもてなすぞ。もちろん聖刀使いも含めてじゃ」

 アルトはエミルに続いて入ってきたシロナへも目を向ける。


「それは感謝でござる。リノンと同じ扱いをされていたら今日一日ヘコむところであった」

 そしてシロナも真顔でそんなことを言う。


「ん~、誰も僕がぞんざいに扱われることに対してフォローしてくれないんだねぇ。トホホ」


「トホホじゃねえだろ、わざとらしく傷ついたフリをするな。お前の場合本当普段の行いを見直せって話だよ」

 リノンの態度に思わずアゼルは突っ込みを入れる。


「え~、現在進行形で不貞を働いているキミには言われたくないな~」

 だが、リノンもすかさずアゼルへと反撃をするのだった。

 妻子がいるのも関わらず、うら若き乙女との交際を現在進行形で続けている魔王に対して。


「ぐ、テメェ」


「はいはい、こんなとこで時間とってもしょうがないでしょアゼル。テーブルに座らないと話が始まらないみたいだし早くいこ」

 リノンとのくだらないやりとりを始めたアゼルに、イリアは少し冷たい声をかけて彼の袖を引っ張っていく。


「お、おう」

 それにすごすごとついていくアゼル。


 その光景をなんとも言えない眼差しで見つめる者が一人。

「はあ──────────実の父が愛人の尻に敷かれている様子を見せられる憐れな私。まあいいのじゃ。皆とりあえず席についてくれ、茶と菓子を用意する」

 そう言ってアルトは全員がテーブルの席についたのを確認すると手を叩いて鳴らした。

 すると、広間の控えから銀色のトレイに紅茶のカップとソーサーを載せ、灰色がかった髪の青年ルシアが現れた。


「っておい、こいつは魔人の小僧じゃねえか。アルト、お前まさか」

 そのルシアを見て苦々しい表情になるアゼル。


「まさかもなにも、この者から私に雇い入れを申し込んできたのですよ、お父様。それが何か問題でも?」

 うふふ、と口もとを隠しながらアルトはアゼルに聞き返す。


「…………いや、別に、ないが」

 元々イリアに対して求愛していたルシアがアルトに近づいている状況をアゼルは内心複雑に思っているが、自分がまさにそのイリアと恋愛関係にある以上、彼女に対して強く言えないアゼルであった。


 そんな中、ルシアは丁寧な所作でそれぞれの前にカップを置いて紅茶を注いでいく。

 それは今まで粗さの目立ったルシアからすると、見違える仕草だった。


 ルシアは紅茶を注ぎ終えると一礼して、アルトの後ろへと下がる。

「これで良かったのか、アルト」

 そして相変わらずの乱暴な口調で雇い主であるアルトへと確認する。


「人前では呼び捨てにするなと言ったではないか駄犬。……だが初めの時と比べれば随分と様になってきたぞ。褒めて遣わすのじゃ」

 アルトは後方のルシアに軽く目配せしながら王者の口調でそう言った。


(ムチの後にアメをあげるとは随分と優しい育成方針じゃないか、アルト嬢)

(ていうか、プライベートじゃ呼び捨て許してるんだ)

(ふむ、動きが以前よりも洗練されている。ルシア殿も良き主に巡り合えたようで何よりでござる)


 そんなルシアとアルトのやりとりを見ながら、賢者と魔法使いと剣士はアイコンタクトでゴシップ談義にふけっていた。



「それで、私たちを呼んだ用って何なの? アルト」

 掴みどころのないフワフワした空気の中、イリアが少し冷めたトーンで切り出す。


「?? 本当に機嫌が悪いみたいねイリア。それじゃあ無駄話はせずに本題に入りましょうか。今日は貴女と二人きりというわけじゃないし、ここからはこの城の主として話させてもらうぞ?」

 アルトは瞬時に自身の気配を切り替えて、魔王の娘から次期魔王、イリアの友人(自称)から魔城の主へと口調を変える。


「妾の一番の目的は情報交換じゃ。この前までイリアたちがいたヴァージン・レイク、そして神晶樹の森は妾の使い魔である魔鳥ハリスも侵入できぬ場所でな。とくに神晶樹の森に至っては上空を旋回することすら許されぬ。よって妾は知りたいのじゃ、あそこでそなた達が何を知って、……何を知らされたのかを」

 アルトは敢えて二度何を知ったのかを聞いた。

 それはアルトの知らない情報を何か知ったのかという意味と、彼女が既に把握している情報をどこまでイリアたちが手に入れたかの確認だった。


「神晶樹の森で知ったのは、聖剣の成り立ちと樹王オージュ・リトグラフの存在。そして私、がどんなきっかけで生まれることになったかということ。あとはセスナさんを通じて、魔族の世界がちゃんとあるということと、そこにとても恐ろしい存在がいるってことがわかった」

 イリアは冷めた口調ながらも神晶樹の森であったことをかいつまんで話した。


「ふむ、ふむふむ。オージュというとんでもない存在が聖剣を作り出し、その聖剣に付随して生まれた生命が自我をもって勇者を作り出した、流れとしてはそんなところか。そしてその恐ろしい存在とやらは我ら魔族の故郷たる世界に今もなおいて、近い内に間違いなく脅威となる、か。まあ妾がこれまでに手にした知識・情報と照らし合わせてもどこにもズレは生じないのう」

 アルトはイリアからの情報を真剣に見定めた上でそう口にした。


「そもそもお前はこっちの世界で生まれてるだろうが。なんでそんな情報持ってんだよ」

 そんなアルトに対してアゼルは突っ込みを入れる。


「それを言うなら父上も同じこちらの生まれじゃろうが。だが妾は口下手な父上とは違って聞き出し方は上手くての。父上よりは魔界、ディスコルドの情報を持っているつもりじゃ」


「ぐっ、そうかよ」

 娘にまさかのマウントを取られて悔しがるアゼル。


「それに妾はお祖父様ともちょくちょく話ができたからの」

 と、アルトは付け加える。


「は!? 何でお前が父う……親父と話をしてるんだ!?」

 アルトの発言に対してアゼルは思わず声を荒げてしまう。

 それは何よりも彼自身がその父、アグニカ・ヴァーミリオンと自由に話すことができなかったがゆえに。


「まあ直接の対話ではないがな。メモリーストーンを応用した文通みたいなものじゃ。さしものお祖父様も孫は可愛いと見える。色々と妾のことを気遣ってくれたわ。『父親がいなくて寂しい思いをしていないか?』とかの。…………まあ、妾もお祖父様に負担をかけたくなくて、本当のことは何も言えなんだが」

 一度はアゼルのマウントをとって上機嫌のアルトだったが、祖父アグニカ・ヴァーミリオンの話に触れるとなると途端に声のトーンが落ちてしまう。


「それで父う、……親父の様子はどうだった?」

 おずおずと、アゼルは自身の父親の状態を窺う。

 

「それを貴方が聞かれるか、父上。そんなこと、妾が答えずともわかっているじゃろうに。だが敢えて言葉にするのなら、酷いものじゃ。イリアがさっき、妾が何の用でここに来たのか聞いたの」

 静かに場を制するようにアルトは全員の顔を見渡す。


「一番大事な要件はただひとつ、そろそろ時間切れだと伝えにきたのじゃ」


「────時間切れ、だと?」


「大魔王アグニカ・ヴァーミリオンの限界は近い。妾の予想ではあと数ヶ月、お祖父様にお熱のセスナならあと1ヵ月程度と見立てているじゃろう。つまりは父上が自由にしていられる時間も同じくらいというわけじゃな。ま、それも妾が役目を引き継げば済む話じゃが」


「ん、役目? アルト、お前は何の話をしてるんだ?」

 アルトの言葉がふと気になったのか、近くに控えていたルシアが思わず口を挟む。


「…………呼び捨てはやめろと言ったじゃろルシア。まあそうじゃな、拾われて早々主人をなくすというのも酷じゃ。貰い手くらいは探しておいてやるか」


「???」

 アルトの謎の呟きに、ルシアは一層疑問符を頭に浮かべていた。


「早まるなアルト、そっちも俺がどうにかする。イリアの要件が片付いたらすぐにでもアグニカルカに向かう。だから、─────待て」

 アゼルは苦しくも絞り出すようにその言葉を口にする。

 自分自身で、口にした言葉の困難さを理解しているがために。


「はぁ、あっちもどうにかする、こっちもどうにかする。お父様は世界を救う勇者様か何かなのかしら」

 そんなアゼルを見てアルトは口調を戻し、一人の娘として嘆息する。


「あれも欲しい、これも欲しいじゃ子供と一緒よお父様。そんなに世界が救いたいのなら、まずはそこにいる女の子から救ってみなさいな。きっと世界を救うのと同じくらい、難しいわよ」

 アルトは同情と憐憫れんびんと、そして友愛が混ざった視線をイリアに送る。


 そしてイリアはその視線に応えるように、

「ごめんねアルト。本当はアゼルを貴女に返してあげたい。そっちの問題を一緒になって解決してあげたい。……………………でもそんなの嘘。『』はアゼルを誰にも渡したくないし、アゼルを誰の犠牲にもさせない。私の救いは、そこにあるから」

 真っ直ぐと、偽りのない自分自身の気持ちを口にした。


「分かってたし、…………分かってるわよイリア。どっちの気持ちもね。でもまあ、そういうのを口にするのはほどほどにしておかないと重い女って思われるから注意ね」


「いや、お前らな」

 イリアとアルトの二人のやりとりを目の前で見せられて、アゼルは何と口にしたものか非常に困っていた。


「アゼル、私って重い?」

 そこにイリアは、純粋な瞳でアゼルに聞いてきた。


「………………ああ、重いよ。世界と同じくらいにはな。だったら、背負ってみせるさ」

 イリアの問いにアゼルは一瞬だけ天を見上げ、そして真っ直ぐにイリアへと答えを返した。


「ふむ、とりあえず妾のおもだった用はこれで終わりじゃ。あとはここで好きにくつろいで、出立したい時に出ていくが良い。ご休憩でもご宿泊でも、どちらでも構わんぞ」

 アルトはご満悦した表情でイリアとアゼルのやりとりを見て、そんな風に言うのだった。


 だがその時、フロアの階上から重々しい足音が聞こえてきて、そこから筋骨隆々の大男が現れる。

「アルトの嬢ちゃん、世話になったな。おれにはもったいないほどの寝床だった。……ん? なんだ客がいたのか。そりゃ邪魔したな、ってシロナじゃねえか!?」

 

「親父殿!? 何故ここにいるでござる?」

 そしてその人物と同様にシロナも驚く。

 そう、現れたのは魔人にして稀代の鍛冶師、それになによりもシロナの生みの親であるクロムその人であった。

 

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