第275話 ハルジアに向かうイリアたち、そして

 淡い陽光が大地を照らす中、イリアたちを乗せた馬車は悠々とハルジアを目指していた。

 

 キャンバス村の跡地、村人たちの墓の前にて手に入れた手紙に書かれてあった言葉、


“この村を滅ぼした犯人を知っています。

 最果てのハルジア、その王城の玉座の間にて真実を話しましょう”


 その真意を確かめるために。


 揺れる馬車の中で座りながら眠っていたイリアはをゆっくりとまぶたを開ける。


「───あれ? 私、寝てた?」

 夢から覚めたばかりの虚ろな瞳で彼女は呟く。何か尊い想い出が遠くに消えてしまったかのような哀しい声で。

 

「少しだけな、色々と気を張ることが続いてたんだ。もう少し寝ててもいいんだぞ」

 イリアの隣に座り、彼女の枕代わりになっていたアゼルは優しい声を彼女にかける。


「ありがとアゼル、でも今ので十分眠れたよ。次はもうハルジアに着いて真実を確かめるまでは眠らないから」

 イリアは意識を完全に覚醒させて、今現在の自らの最大の目標を頭の中で再確認する。


 彼女の幸せの象徴たるキャンバス村を滅ぼした。いや、その住人を皆殺しにした犯人へ必ず復讐を遂げることを。


「──────、」

 その隣で、瞳の中に赤い復讐の火を灯すイリアを痛ましく思いながらアゼルは彼女を心配していた。


 このまま本当に復讐の相手が見つかったとしたら、イリアはどうなってしまうのか。

 もし彼女が復讐の本懐を成し遂げた時、そのままどこかへ消え去ってしまうのではないか。


 そんな言い知れぬ不安がアゼルの胸中を襲っていた。


 だが彼がイリアにかけられる言葉があるはずもない。

 イリアと同じ立場だったとしたら、そう考えてしまえば彼女を止められるはずなどないのだから。

 同胞を、家族を皆殺しにされた人間に、復讐をするななどと、いったい誰が言えるだろう。


 アゼルが自分にできることに限界を感じている間にも、馬車は順調に進んでいく。


 だが、


「おやおやぁ、進路上に何か建物が見えるよぉ? おかしいなぁ、こんなところに建物なんてなかったはずなのになぁ?」

 御者台から大賢者リノンの実にわざとらしい独り言が聞こえてくるのだった。


「あ? 知るかよ。何が建ってようと今は関係ないだろうが、無視して進めよ」

 そんな彼の独り言に対してアゼルは律儀に反応する。


「え~、本当かい? 僕はそれでもいいけど、本当にいいのかなぁ~」

 しかしリノンの謎に思わせぶりな発言は止まらなかった。


「ええい鬱陶うっとうしい、だから何を見つけたってんだよ…………って、げっ!?」

 リノンのウザさに根負けしたアゼルは面倒くさそうに御者台に顔を出したところで衝撃的な建造物を目撃する。


 平原の街道沿いに脈絡もなく建つ謎の城。それは紫とピンクを基色とした豪奢ごうしゃな魔城だった。アゼルのそれよりも一回りは小さいその城の持ち主は、言わずと知れた彼の娘アルトのはずである。


「…………無視だ。無視をしろリノン」

 その城の存在を認識した上でアゼルはリノンにそう言った。


「ん~? いいのかな魔王アゼル、実の娘を無視するなんて後がコワイよ~?」


「うるさい、だいたい人の行き先を先回りしたように城を置いておくとか娘ながら怖すぎるわ! 急ぎの連絡の方法なら他にいくらでもやりようはあるし、アルト本人が来てるとしたら絶対ロクでもない用事に決まってるだろ」

 そう言いながらアゼルは額に脂汗をかいていた。

 自身の選択が本当に正しいのか迷いながら。


 そんなところへ、一羽の大きな黒い鳥がアゼルのもとへ羽ばたいてきた。


「ん? こいつはアルトの使い魔か?」

 額にアルトの魔石メモリーストーンが備え付けられた魔鳥は、一枚の手紙をフワリとアゼルの前に舞い落として去っていく。


「……………………」

 その手紙を思わず手に取ってしまい、じっと見つめるアゼル。


「どうしたんだい、読まないのかい?」

 リノンは隣でニヤニヤとアゼルの様子を見ていた。


「いや、俺の本能が危険を訴えててな。……だがまあ、読むしか、ないよな」

 アゼルは渋々、本当に嫌々といった様子で手紙を開ける。


 すると中には、


“親愛なるお父様、元気にお過ごしでしょうか?

 しばらく前にセスナがお父様を探しに城を出ていきまして、もしかしたらお父様が彼女に見つかってヒドイことをされるのではないかと心配をしておりました。

 彼女がお父様の動向を知るはずもないので遭遇するとも思いませんが、もしお父様がセスナと顔を会わせることになっていたとしても、私は何にも関係ありませんのでご承知くださいね。

 それはそうと私も気晴らしと療養を兼ねてハルジアへと足をのばしてみました。

 もしかしたら偶然にもお父様の旅の進路と重なるかもしれませんが、私の魔城を見かけた際はぜひ一度お立ち寄りください。



 ありえないことだとは思いますが、もし、もしも仮に私の魔城を見つけながらも無視していかれた際は……………………


 お父様とイリアのイチャイチャを撮り貯めておいたメモリーストーンをお母様とご一緒に鑑賞することになるので、あしからず”


「……………………」

 アゼルはじっと手紙の文面を見つめ続け、


「よしっ、リノン。──────この城でちょっと休憩しよう」

 と爽やかな顔で言い出した。


「はは、それはいいや。…………イリアにもいい小休止になる。それにしても、」

 リノンは馬車をアルトの魔城近くに止め、自己主張の激しい極彩色の城を見上げ、


「『ご休憩』でいいのかい? べつに『ご宿泊』でもいいと僕は思うけどね」

 などとのたまった。


「うるさいんだよ! とっとと行くぞ」

 リノンの発言でより不機嫌になったアゼルは早々に馬車を降りて実の娘アルト・ヴァーミリオンの待つ魔城へと向かっていった。

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