第266話 アゼル対セスナ

 神晶樹の湖のほとりにて向き合う二人の戦士。


 かたや百年以上もの間、人間たちとの戦いの前線に立ち続けた歴戦の魔王アゼル。


 しかしもう一方も、その魔王が生まれる以前から大魔王に仕え続けた歴戦の猛者である。


 両者ともに魔素が常に浄化されていく神晶樹の森の中においてなお、視覚化できるほどの魔素を放出していた。


「へえ~、この森の中においてここまでの出力を出せるなんて予想外だなぁ。ま、僕としては魔王アゼルはともかくとして、あのセスナ殿の白い魔素とやらが気になるところだけどねぇ」

 二人の対決を安全なところに離れて見守る大賢者リノン。


「ふむ、やはりアレは魔素なのでござるかリノン。あまりの白さゆえに拙者も判別しかねた」

 そのリノンの隣でシロナは一人納得していた。


「ああそれでか、シロナが彼女に斬りかからなかったのは。彼女のその曖昧あいまいさがシロナの魔族センサーに引っかからなかったんだね。まあだけどそれが正解だったかもしれない。もし彼女に斬りかかっていたら返り討ちにあっていたかもね、ほらこんな風に」

 リノンが促すと同時に猛烈な速度で魔王アゼルが彼らの足元に向けて吹き飛ばされてきた。


「がはぁっ!」

 地面に打ちつけられると同時にその衝撃で少量の吐血をするアゼル。


「どうしたんだい魔王アゼル、まだ開始10秒も経ってないよ?」

 そんなアゼルを心配することなく、むしろ煽るような言葉をかけるリノン。


「う、うるさい馬鹿賢者。お前らに封印されてなければ…………、もうちょっと上手に受け身が取れたんだよ」

 セスナを前に、アゼルは悔し文句でも勝つと言い切れなかった。


「いやアゼル、それはちょっとカッコ悪いでござるよ」


「仕方ねえだろシロナ。セスナは俺が生まれるずっと前から戦い続けて、今もなお全盛期の怪物だ。アグニカルカじゃ魔王に並ぶ実力なんて言われているが、実際の力の差はこれほど明確だ。だから、セスナに本当に勝ちたければ戦いの形を取る前に制さないとダメなんだ」


「ふ~ん、確かに頭が固そうだもんね彼女。ま、彼女が今もなお全盛期という言葉には引っかかるものがあるけど、それが分かってるならどうして彼女とまともに戦おうと思ったんだい? 僕にお願いしてくれたらいくらでもからめ手を用意したよ」

 ニヤリと口の端を上げながら、甘美な誘惑をする悪魔のようにリノンは言う。


「けっ、そんなの決まってるだろうが。正面からぶつからなきゃ、何も伝えられないからだよ!」

 アゼルはそう言って身体に活を入れて再びセスナに向けて駆けだしていった。


「あ、そう。……十分キミも頭が固いよ。そういう意味ではお似合いの師弟だ」

 少しだけ残念そうにリノンはアゼルを見送り、再びその師弟の対決をシロナとともに観戦する。


「少し撫でただけであそこまで吹き飛ぶとは、アゼルお前かなり弱くなっていないか?」

 魔剣ホワイトスワンを軽く振って自身の調子を確認しながらセスナはアゼルに問いかける。


「は、文字通り弱くなってるよ。そこの馬鹿賢者の差し金でな」


「おいおい人聞きが悪いなぁ。勇者の誕生に僕が関わっているといったって、キミを封印したのはアミスアテナだろ? まあ彼女の要望に合わせて聖剣アテナに封印機能を取り付けたのも僕だけど」


「じゃあやっぱりお前が諸悪の根源なんじゃねえか!!」


「……ふむ、経緯はよく分からんがどちらにせよ不覚をとったお前が悪いのだろうアゼル。魔王ともあろうものが情けない!」

 そういってセスナは再びアゼルの目前に踏み込んで彼を全力で弾き飛ばす。


「くっ」

 だがアゼルも、好きなように何度もされまいとその剣筋を自らの魔剣で迎え撃ってその場に踏みとどまった。


「ほう、今ので飛ばされないとはな。出力は格段に落ちてはいるが、随分と目端が利くようになったな」


「そりゃな、セスナよりもずっと剣の腕が上の奴が身近にいるからな。嫌でも上達するさっ」

 アゼルはせめぎ合う魔剣同士を弾くようにしてセスナと距離をとった。


「そいつには腕どころか首さえも落とされたんだ。それに比べればセスナの剣筋なんぞ止まって見えるぜ」

 そう言ってアゼルはセスナに向けて魔剣の切っ先を向ける。


「おや、褒められてるじゃないかシロナ。にしてもアレだね、昔なじみに会ったからか随分と魔王アゼルも少年らしい」


「同意でござる。おそらくはアレが、アゼルが今までの人生で取りこぼしたモノなのかもしれぬな」

 アゼルとセスナの対峙をニヤニヤと見守るリノンの発言にシロナも少し微笑みながら同意する。


 だが、そんな二人とは対照的にセスナにはアゼルのその態度がそのまま挑発に映る。


「アゼルっ、いい覚悟だ。そこまで言うのなら手は抜かん!」

 その言葉と同時にセスナから白い魔素が上昇気流のように立ち昇る。


「はっ、抜かせ。元々手加減なんてできる性質たちじゃないだろうが!」

 対するアゼルも覚悟を決めたように、全力で自身の内の魔素炉心を回して自己の臨界を目指していく。


 本来魔素を拒絶するはずの神晶樹の森において、かつてないほどの二つの巨大な魔素が衝突しようとしていた。


 だがそこに、


「何者ですか貴方は!!」

 純白なる花嫁衣裳、奇蹟の絶対防御礼装『レーネス・ヴァイス』を身にまとったイリアが飛び込んできた。


 アゼルとセスナの間に現れ、迷いなくセスナを睨みつけるイリア。


「……何者とはご挨拶な。お前こそ何者だ小娘」

 セスナは愛弟子との対峙を邪魔されたことも相まって、見る者によっては呼吸を止めてしまいかねないほどの冷たい視線をイリアに向ける。


 しかしイリアはそれに臆することなく、


「私は、そこにいる魔王アゼル・ヴァーミリオンのイリア・キャンバスです!」

 自らをセスナに向けて紹介した。


「あ、そこの紹介は勇者じゃないのねイリア」

 そしてそんなイリアに向けて、アミスアテナの少し寂しそうなツッコミが入るのだった。

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